世、妖(あやかし)おらず ー骨抜き井戸ー

銀満ノ錦平

骨抜き井戸


 今、わたくしはこの古く襤褸襤褸で、誰も近寄ることのない井戸の前におります。


 この井戸は、昔々のそのまた昔…与田としか思えない言い伝えが残っておりまして…。


『昔々、ある者がこの地にやってきた。

 しかし田畑は枯れ、井戸は湧かず、家畜も死に絶え、農村の民は絶望していたという。

 そこでその者は、ある約束をする代わりにこの地を豊富な土地にしてみせようと言った。

 いきなり知らぬ者がこの死にゆく土地を蘇らせようなどと宣ったとそれはもう怪訝としか言いようのない表情で民は見ていたが、民の長が「よかろう。但し、もしそれが嘘偽りだった時、さらし首にして肥料にしてやる。」と。

 余所者は「いいでしょう。但し、こちらも…もしこの土地が嘘偽りなく豊かになった場合、約束としてこの土地の半分を頂きたく思います。」と。

 長はその者に猶予を与え、住まわせることにした。その者は枯れた土地を回すと小さな袋から粉を摘み、それを田畑に撒いたという。

 するとその田んぼから稲が、畑からは野菜が成長しだしたのだという。次に湧かずの井戸にも同じく粉を摘んで下に落としたという。

 するととたんに水が溢れ出し、それはもう天然由来の綺麗で透き通った水だったという。

 次は元気もなく今にも死にそうな家畜の群れに向かい、その絶え絶えとした息を発している口にその粉を与えた途端、死にかけていた家畜が急に元気になり次の日には赤子を沢山産み始めたと。

 土地は瞬く間に肥沃で清らかな素晴らしい村になり、暮らしも豊かになっという。

 そしてその者が「約束通り、この土地の半分を頂きたい。」と申したが長を始め、その土地の民は「貴様のその怪しき呪い、もしや魑魅魍魎の類!その様な者に土地など与えるものか!」とその者をあろう事かその場で痛めつけ、その者は咄嗟に井戸の方に逃げ出したのだという。窮地に追われ、土地の民が囲いこんだ。

 その者は、井戸の前に立ちこう叫んだのだと言う。

「後悔しても知らぬぞ!!私は、この土地を恵ませ住み着きたかっただけなのだ!なのにこの仕打ちは卑怯だ!私はこの粉と共にこの井戸に散る!しかし忘れるな!月日が巡ろうともこの晩の丑の3つ時!私は貴様らの中から順に食べ尽くしていくであろう!そして貴様らの骨だけを残しこの土地を人住まわずの流れ村として永遠に刻んでやろうぞ!」

 そしてその者はその井戸に身投げしたという。』


 これがこの土地に伝わる言い伝えだという。


 実はこの先にも話はあると言いますが今の若者は知りません。


 お年寄りは知っている方もおられるのですが頑なにお話してくれません。


 これは忌まわしき言い伝えだと。


 なので絶対に風潮してはならぬと。


 そう言われ育てられました。


 確かにこの土地はとても豊かなのです。


 他の土地の話を聞いていると、やはりひもじいだの貧しいだのと同じ国と近い土地に住んでるとは思えないような声ばかりです。


 わたくしは何不自由無くこの豊かな土地に産まれました。


 人も良く、土地も良く、湧き出る水も美味しい。


 けど何故か絶対にあの襤褸襤褸の井戸には近付いては行けないと…キツく言われたものです。


 そこの井戸はもう生活に使う水が湧き出ないというのです。


 汚くドロドロで…。


 わたくしは、最初この言い伝えは与田話と思い込んでました。


 そんな摩訶不思議な粉などこの世に存在などしません。


 魑魅魍魎が跋扈しているなどと世間は慌てふためいているのを見てると滑稽で仕方ありません。


 川には河童などいるわけないのです。


 山に天狗が空を飛んでいるわけがないのです。


 道に鬼が蠢いて人を食らうワケがないのです。


 そんなものが世に存在したら…わたくしは、今にも天に両手を合わせ「南無南無…」と恐怖で声を殺しながら

 叫び続けるでしょう。


 ありえないのです。


 いないのですから。


 だから今、わたくしはその様な与田も与田…恐らく周りから疎まれてしまった為に立てられた噂…。


 元々豊かな土地だったこの村を妬んだ外の方達に向けてこの様な言い伝えがあるので昔はそれはひもじい土地だったのですと話を立てたということなのでしょう。


 そんな与太事を確かめるためにその日の丑三つ時に井戸の前に来ております。


 確かに襤褸襤褸だか別に何の変哲もない井戸でした。


 そしてわたくしはその井戸の下を覗きました。


 暗い暗い闇が永遠に奥深くに続いていて、見てるこっちが呑み込まれるかと直ぐに視界を外しました。


 ……何も起きない。


 やはり世迷い言…ただの言い伝え、この村の謙遜話だったというわけでした。


 …ガリッ…ガリッ…ガリッ…


 井戸の中から何か削る音が聞こえます。


 わたくしは気味が悪くその場を離れようとしました。


 そしたらその井戸から声が聞こえたのです。


「今日は貴様か、麗しい女子(おなご)だ。約束通り頂く。」


 わたくしはその瞬間、井戸の口が動き出しわたくしの身体を呑み込んだのです。


 わたくしはそのまま井戸の中に入ってしまいました。


 そしてわたくしはドロドロの液体に沈んでいきました。


 苦しく、もがいてももがいても…身体はどんどん動かしにくくなり、体力も尽きて、もう後は身に任せてしまいました。


 ふと目を開くと何故か痛くなく周りを見ることが出来たのです。


 ……人骨でした。


 人骨が井戸の表面にくっついていました。


 腕の骨、足の骨、肋骨、鎖骨、首…そして無数の頭が…。


 この井戸はもしかしたら人の骨を合わせて作られたのではないかと…。


 あの与太話はほんとはもっと…もっと怖ろしい話だったのではないかと…世の右往左往してる魑魅魍魎が起こした現象じゃないかと…。


 わたくしは腕を見ました。


 皮膚が溶け、骨が見えていました。


 しかし不思議と痛くありませんでした。


 そして腕の骨が取れ、


 その井戸の表面にくっつきました。


 徐々に取り込まれているのを見ることしか出来ません。


 そして次に足の骨が、肋骨が、腸骨が、首が…段々と取り込まれ、最終的にわたくしの頭が表面にくっつきました。


 痛くもないし不思議と恐くもありません。


 井戸の奥底は寒居はずなのに人肌の暖かさが伝わってきて淋しくもありません。


 わたくしはその意識のある頭で周りをみたのです。


 皆さんの頭蓋骨がわたくしを見ていました。


 怖くありません。


 寧ろ仲間だと歓迎されてるように感じました。


 わたくしはきっとこの日の為に生きてきたような気がします。


 わたくしは彼等の目線を感じながらこの表面の暖かみに溺れました。






『ねぇねぇ!知ってる?あの井戸には噂があってさ、何でもいかにも井戸に向かいそうな人を嘘の言い伝えを聞かせて焚き付けて、その井戸に向かった人を生贄として差し出すんだって。

 その井戸自体が何かの儀式に使われていたものでこの土地が豊かなのもその生贄がこの井戸の下で骨だけを残して残りの養分がこの土地に染み付いて豊かにしてるんだって。で、ついた名前が『骨抜きの井戸』怖いよねえ。今じゃ水も湧かないただのカラカラな井戸なのにね。』


























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世、妖(あやかし)おらず ー骨抜き井戸ー 銀満ノ錦平 @ginnmani

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