3.両翼の白と黒





 ノワールと蒼真は偽りの楽園を目指す。


 そこは、無味無臭で色の無い、音さえも聞こえない世界へ成り果てていた。

 空だけがやけに蒼く晴れ渡っている。


 異様に静かで、異常に清潔な世界だ。



「うふふ、はじめましてブルー。ブロンだよ」




 透明なガラスを連想する子供のように澄んだ赤い瞳。

 正反対の大人びて歪んだ口元。

 流れ続ける血液。

 不安定で未成熟な白い髪。


 蒼真を待ち構えていたのは、ブロンの残骸。

 不均一なコピーだった。





「本体はどこだ?」


「知らないよ。あのね。ブロンはね、許せないって考えちゃったんだ」


 子供達の中に機密事項を隠したD国も、それを平気で葬った自分達も。


 消えればいい。


 性懲りも無く過激なテロを繰り返す灰色も。



 ブロンは、限りなく白く、凄烈そうぜつ潔癖けっぺきに、その性質を変えた。





「ブロン、人間にだって他の生物と同じで生きる権利はある。お前は神ではない。制裁をあたえる存在ではない」


 無垢な天使よりもあどけない瞳の壊れた人形のような姿。


「神が制裁を下すまでなんて待てないでしょ。子供は、すぐに大人になリ汚れていく。汚い人間なんていらないでしょう? 害でしかない」




 ノワールはブロンに走りより、襟首を掴んだ。


 瞳からは涙があふれ頬を濡らす。

 聞いていられない。




「ブロン、二人で海の近くで穏やかに暮らしていたよね。僕はブロンが少しずつ元気を取り戻すのが嬉しくて。外の世界を二人で覗いて楽しかったし。僕はそれで幸せだった。優しい綺麗な事だって、たくさん、たくさん、あったじゃないか。どうしてこんな事するんだよ」



 

 狂った病的な無垢さが暴れているのが、その表情に透けて見える。

 ブロンは顔を歪めて吐き捨てた。



「随分と甘くなったね。子供達を平気で殺したくせに」


 ブロンはノワールを突き飛ばす。

 うずくまったノワールの涙と血液は、地面の乾いた砂に吸い込まれ消えていく。


 生まれた時は真っ黒な悪意の塊だったかもしれないが、ブロンと過ごすうちに変化した。


 蒼真も15歳から大人になった。


 変わらないはずが無いんだ。



 ブロンはノワールでさえも拒んでいる。

 もう誰も受け付けないだろう。



 破壊は本当に救いなのだろうか。



 15歳の剥き出しの不満を取り出して人格を創る。

 成長して自分達の利害に合わないと切り捨て、新しい人格を創る。


 そんな事を繰り返すのか。



「許せない、を何だと思っているんだ」



 蒼真は身体中の血液が沸騰して、吹き出すような怒りを覚えた。

 だから二人は血を流したのか。

 同じ怒り。

 だから、だからこそ同じ轍を踏む事はできない。

 冷まさなければ。冷静に、氷のように。




「悪いがお前たちを消す。分析は終わった。もうプログラムは走っている。ネットの世界がどんなに広がっても、永久に消し続ける。もう、終わりだ」




 蒼真は胸ポケットから、青い羽を取り出し空に放つ。

 羽の形をした追跡プログラムは複数に分離し、羽の一枚が目の前のブランに向かって翔び、胸に吸い込まれた。





「だけど、お前達の怒りは俺が引き受けた」





 ブロンの残骸は、一瞬驚いた顔する。

 すぐに光となり消えていった。





 コピーが消える間際に、本物のブロンの声が空から聞こえた気がする。




 ノワールは空を見上げ耳を澄ませた。


 青空から一雫の血液がノワールの前にこぼれ、糸のように垂れ下がる。

 糸の先は空に浮かぶ大きな繭に繋がっていた。


 白い繭はブロンがつくった牢獄。

 贖罪しょくざいを閉じ込めた壊れた器。



 辺りの風景にノイズが走る。

 白と黒のブロンノワールがブレって重なった。

 ノワールが囁く。ブロンからのメッセージを。




「僕らの生き抜く術は、最初から人殺しの片棒だった。それが使命だと納得し、何も気付かない振りをしてた。それでは心が痛いんだ。蝕まれてしまう。がんじがらめの良心が僕達の心を殺す。ただ、都合の良い救いを待っていた」





 蒼真は手探りでそこに無いはずの、VRゴーグルを外す。

 そして、床に投げ捨てた。

 ここはもう現実の世界。

 モニターに白い文字が詠唱のように流れている。



「自らの心を守る壁が、分身すら拒む牢獄となっている。そんなに苦しいなら、最後に檻を壊すのは、であるこの俺だ」


「俺が救ってやる」



 蒼真はキーボードでコマンドを叩く。


 *********************************************

 copy /A/Z blancnoir***‥

 1個のファイルをテキスト形式でコピーしました。

 rmdir /S SolitudeParadis@.@

 .......PASSWORD PLEASE

 *********************************************



「パスワードが求められた。元々は俺なんだ考えろ」



 *********************************************

 merbleue.......error

 bleuciel..........error

 *********************************************


 「二人は俺に助けを求めた。なら、救助の暗号」


 *********************************************

 Plumes bleues du paradis(楽園の青い羽)

 ファイルはすべて削除されました。

 実行中のコマンドはありません。

 *********************************************




 さよなら、俺の分身。

 破壊が宿命のブロンノワール。




 ――――ブロンのテロ計画は止まった。

 そして、全てがDeleteされ二人はもう居ない。








 ***












 1ヵ月後、蒼真はサイパンに来ていた。

 ホテルのプールサイドでトロピカルジュースを飲んでいる。

 麦わら帽子、サングラス、アロハシャツ、短パン姿だ。


 椅子に座り、外耳のデバイスで何も無い空間に映像を映す。

 サングラスをずらし瞳を覗かせた。


「Bonjour Ailes blanc noir両翼の白と黒


「「Oui」」



「蒼真、あの時は、よく僕たちを連れ出せたね」


 空中に結ばれる画像は、8歳の子供の姿をしたブロンノワール。





「ふん、俺を誰だと思ってる。お前達は生まれたばかりの人工知能だ。もう俺の分身じゃない。知識に関しては捨てた。記憶は残した。1から学習して仕事を手伝って貰うぞ」




「人使いの荒い鬼畜。僕はイヤだよー。無茶振りの蒼真なんか嫌いだ」


 ノワールは口を尖らせる。


「まあまあ。ブロンはねぇ、蒼真の事が好き。恩人だし」


 フニャっと笑うブロン。


「ところで、モノクロームはどうなったの?」


「A国が殲滅させた。長いテロの活動で恨みも蓄積してたみたいだな」


 最も、徹底的に調べ上げA国に情報を流して壊滅に導いたのは蒼真だが。


「報酬も入ったからここに来てる。お前達は海が好きだろう。VRの素材を集めてやるよ」


「最初はふざけてるのかと思ってたけど、慣れたら畳と茅葺き屋根の日本家屋も僕は気に入ってるよ」


「日本の良さを知って貰おうと思ってな。庭の竹林を抜けたら海にしてやる」


 蒼真は、青天のようにニッコリ笑う。


「「ヤッターーーー」」


 AI用のデータも回収できたし、仕事の相棒もできた。

 なかなかに上々だ。


 蒼真は眩しさに目を細め、蒼い空と碧い海を眺めた。





 了




 ----------------

 ブロンノワール、作者もほしいです。可愛い男の子と女の子の双子がいいな。

 そして、音声入力やマウスに頼らない、キーボーダー様は割と好きです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

楽園の青い羽-Plumes bleues du paradis-~生きるためにハッカーになった俺。悪の組織に勝手にクローンAIを創られた。捨てられたAIは助けを求める~ 麻生燈利@カクコンは応援のみ @to_ri-aso0928

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ