第5話 幻のラーメン屋よ永遠に

 気がつけば、路地裏にはただの静寂が広がっていた。俺は歩道に座り込み、深く息を吐いた。異界のラーメン屋は完全に消え失せ、そこには何の痕跡も残っていない。


 (本当に消えたのか?)


 呟いたところで、誰かに答えが返ってくるわけではない。そんなことは分かっているが、ふと自分の目を疑いたくなった。


 背後から足音が近づいてくる。振り向くと、そこには曖昧な表情を浮かべた数人の失踪者たちが立ち尽くしていた。


「あの……私たちは、どうしてここに……?」


 一人の女性が不安げに尋ねる。彼女の顔には、異界で見せていた無表情の影がかすかに残っていたが、その目には明らかに生気が戻っている。


(ラーメン屋にいたことは覚えてるか?)


 俺は慎重に質問を投げかけた。少しの間、彼女は目を伏せて考え込んだ後、首を振った。


「夢だったのかもしれません。変な夢を見ていた気がしますけど……味は覚えていません。」


 他の人々も同様に「夢だったのだろう」と納得した様子で、次第にそれぞれの帰路に着いていった。


 (夢か……いや、俺にはそんな風には思えなかったが、まぁそれでいいんだ。)


 俺はその場に立ち尽くす彼らを見送りながら、疲れたように空を仰いだ。ラーメン屋の味が曖昧な記憶としてしか残らないのは、異界と現世を分ける不可視の境界線の影響だろう。


 (それでよかったんだ。みんな、あれで終わりで良かったんだ。)


 異界のラーメンが生み出した「永遠の客」という呪いは解けた。しかし、それだけでは終わらない。心の奥底で、どうしようもない違和感が針のように刺さったままだった。


 (全てが片付いたわけじゃない……)


 数日後、俺は馴染みのカフェでいつものコーヒーを頼み、席に腰を下ろしていた。新聞を広げると、目に留まった小さな記事があった。


「ラーメン屋の行列、どこからともなく現れた謎の屋台に注目」


 その記事に目を落とすと、商店街の一角に突然現れたという新たな屋台の情報が記されていた。写真はぼんやりとしていて、詳細はよく分からないが、どこか既視感を覚える。


 (まさか、な……)


 胸騒ぎが俺の胸を掻き立てる。異界との接触は完全に終わったと思いたいが、こうして再び見たその記事に、胸の奥がざわつく。


 (いや、まだ終わってない……)


 俺は新聞を畳み、ため息をついた。カフェの窓の向こうでは、商店街が賑わいを見せている。だが、その喧騒のどこかに、また異界の影が潜んでいるのではないかという不安が、頭から離れなかった。


「欲望が異界を呼び寄せる……ってやつか。」


 ポケットから化学調味料の袋を取り出し、ゴミ箱に無造作に捨てる。あの一件の鍵を握り、多くの人を救ったその袋が、今はただのゴミになった。


「次はもうちょっと簡単な依頼が来るといいんだがな。」


 そう呟きながら、俺はカフェを後にした。商店街を歩くその背中には、ほんのわずかに決意の色が滲んでいた。


 夕暮れ時、商店街の一角にぽつんと佇む一台の屋台。その看板には、簡素な文字でこう書かれている。


「絶品ラーメン、ここでしか味わえません。」


 湯気が薄暗い街灯の下で静かに漂う。その香りを嗅ぎつけた通行人が、一人、また一人と屋台の前に足を止める。


「なんだか懐かしい匂いがするな。」 「ちょっと試してみようか。」


 屋台の奥から、人懐っこい笑みを浮かべた男が顔を出した。


「いらっしゃいませ。一度食べたら、忘れられませんよ。」


その言葉が現世のどこかで再び欲望を呼び覚ます音色のように響く。

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川崎が異界と繋がってしまったので探偵として街の平和を護ります3 @CircleKSK

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