薔薇色都市伝説

成田紘(皐月あやめ)

薔薇色都市伝説

「マジ、か……」

 思わず、俺の口から驚愕の呻きが漏れる。

 今、自分が目にしているモノが信じられなかった。所詮は噂話、せいぜいが都市伝説の類だと思っていたのに。

 何の準備もしていない今の俺では、到底太刀打ちできそうにない。時期尚早ではないのか。

「給料三ヶ月分、だと……?!」

 


 俺は真っ暗な部屋の片隅で背中を小さく丸めながら、スマホの画面を食い入るように見つめていた。

「なんて恐ろしい……」

 スマホを持つ手が小刻みに震える。

 これが現実とはとても思えない。

 こんな小さな装飾品が、なんでこんな値段なんだ。いや、確かに綺麗だとは思うけどさ。




「……なにしてんの?」

 突然、背後から声が掛けられたかと思うと、パッと部屋の明かりがつく。

「どぅわッ!!」

 間抜けな悲鳴をあげつつ、それでも俺は上体を捻りスマホを尻の下に押し込み、恋人の目から恐怖のソレを隠すことに成功した。

 グッジョブ、俺。




「なんでもない、です」

 へらへらと返答した俺に、恋人はジトッと目をすがめる。

 途端、その双眸が氷結の如き鋭さを放った。

「なに見てたの?エロサイト?」

「んなワケないだろ、バカ!」

 恋人は、「どうだか」と鼻を鳴らしつつ、くるりと踵を返す。

 すると、首の後ろで括られた長い髪がなびき、形の良い耳元で小さく光る雫型の石が揺れた。




 つき合い初めて最初の誕生日に、俺が恋人に贈ったローズなんちゃらとかいう、淡いピンクの石がついたピアスだ。

 大学二年から交際をスタートさせて八年。

 同棲を始めて二年。

 その間、俺がアクセサリーの類を贈ったのは、あれっきりだった。




「ご飯できたから冷めないうちに早く食べよ」

「ハイ」

 俺は素直に立ち上がると、忍者の如き素早さでスマホの画面を猫ちゃん動画に切り替え、部屋を後にする恋人について歩きつつ、チラチラチラ見せする。

 効果覿面、めざとい恋人の氷結が、春の陽光を浴びたが如く慈愛の泉に早変わりした。

 恋人は猫ちゃんが好きだ。

 猫ちゃんの話さえしていれば、滅多に怒られることはない。

 ……いや、別に怒られることなんか何もしてないのだが。




 今夜は鍋だった。

 恋人がいそいそと土鍋の蓋を開けると、白い湯気の向こうにバラが咲いていた。

「綺麗でしょ!レシピサイト見て頑張っちゃった」

 白菜と豚バラで出来上がった見事な花。

 綺麗だと思った。

「崩すのもったいなーい!」

 困ったように、嬉しそうに笑う、恋人のその笑顔が。




 恋人が笑うたび、ピンクの石が揺れて、キラキラ光る。

 時期尚早なハズがない。

 遅すぎたくらいだ。

 そうだ、俺はここに宣言する。

 現実を凌駕する、かの恐ろしき都市伝説に挑まんとすることを。

 必ず生きて帰ってみせると誓う。

 俺たちの薔薇色の未来のために。





  完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

薔薇色都市伝説 成田紘(皐月あやめ) @ayame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ