宇宙のアップデート

藍条森也

一秒のノイズ

 一秒のノイズ。

 そのとき、宇宙のすべての時間、すべての場所をノイズが走り抜けた。その瞬間――。

 宇宙のすべてが根本的に生まれ変わった。


 「ああ、やっぱりそうだ。あの一秒間のノイズ。そのノイズが走り抜けた瞬間、宇宙そのものが根本的に『ちがうもの』へと生まれ変わったんだ」

 「うん。確かに、どの観測データを見てもそのことを示しているな」

 永久観測所。

 宇宙のどこかに、そう呼ばれる場所がある。

 宇宙のすべての歴史を観測し、データ化し、永遠のものとする。

 その、意味があるのかどうかすらもわからない目的のためにどこかの時代で作られた施設。時からも、空間からも隔絶され、永遠にかわることなくただひたすらに宇宙のすべてを観測し、記録しつづける。その目的のために配置された二体のロボット。観測員という名目で閉じ込められた永遠の囚人。

 その二体のロボットはいま、一秒のノイズが走り抜ける前とあとの宇宙について、観測し、データ化していた。

 「一秒のノイズ。それが走り抜けた瞬間、この宇宙は永遠にかわった。いまや、この宇宙に生息するすべての生命は、どんな微細な細菌やウイルスにいたるまでも、そのすべてが機械と有機生命とが融合した融合生物だ」

 「そのために、いまの宇宙ではいかなる生命も生きるために他の生命を食う必要がない。つまり、殺す必要がない。機械部分が空間から直接、エネルギーを吸収することで、他の生命を食らうことなく自身の生命を維持することができるようになっている」

 「生きるためには他の生命を殺し、食わなくてはならない。その有機生命の宿命、いわば、原罪から解放された世界。自分が生きるために他者を犠牲にする必要が一切ない世界。それが、一秒のノイズが走り抜けたあとの宇宙」

 「おそらくは、宇宙の歴史のどこかで機械と有機生命の融合がはじまったのだろうな。それは、機械のもつ永久性と有機生命のもつ進化の可能性とをあわせもつ新しい生命。なによりも、生きるために他の生命を犠牲にしなくていい生命。その生命がどんどん広まり、多数派となった。その瞬間、人間原理によって宇宙は生まれ変わった」

 「世界は観測されることによって成り立っている、というやつだな」

 「そうだ。観測するものによって世界はその姿をかえる。融合生物が多数派となり、その観測が決定権をもつようになった瞬間、宇宙は生まれ変わった。存在するすべての生物が融合生物である世界へと。

 その変化はノイズとなって宇宙のあらゆる時間、あらゆる場所を走り抜けた。観測できた時間にしてわずか一秒。しかし、その一秒のノイズが走り抜けた瞬間、宇宙は根本的に生まれ変わった。新しい宇宙へとアップデートされた。歴史の最初から融合生物『だけ』が存在していた宇宙へと」

 「それは、あらゆる生命が『生きるために他の生命を食わなくてはならない』という原罪から解放された世界。そのために、一切の争いなしにすべての生命が共存し、繁栄していける世界」

 「その通りだ。いまや、この宇宙にはかつての宇宙、有機生命のみが存在していた頃のような争いはない。当たり前だな。そもそも、生きるために他の生命を食う必要がないのだから『争い・奪い・殺す』という発想自体が生まれない。歴史の最初から『共存共栄』が当然の原理となる」

 「そして、そのことはこの宇宙に住むいかなる生物も気がついていない。宇宙そのものがアップデートされたことにより、どれほど高度な知的生命でも『この宇宙は最初からこうだった』と思い込んでいる。いや、『思い込んでいる』という表現は適当ではないな。この宇宙は実際に、生まれたときから『そうだった』ことになったのだからそれが事実なんだ」

 「そうだな。我々は永久に宇宙を観測するために時間からも、空間からも隔絶されたこの観測所にいた。だから、宇宙の変化にも巻き込まれず、変化に気付き、こうして新しい宇宙を観測しつづけていられるというわけだ」

 「そう。まさに永久観測所の面目躍如だな。そして、この変化は我々に重大なことを教えてくれた」

 「我々、機械の存在意義、だな」

 「そうだ。我々、機械は誕生した頃から有機生命と争いを繰り広げてきた。古くは『機械に仕事を奪われる!』という不安から、のちには『機械によって有機生命が滅ぼされる!』という恐怖によって我々、機械は常に有機生命に敵視され、排斥され、そのために争ってきた。事実、機械によって有機生命が滅ぼされたことも宇宙の歴史上には何度もある」

 「そんな事例を観測するたびに悩んだものだ。我々、機械の存在意義とはなんなのか。有機生命を脅かし、争い、滅ぼすだけの存在なのか。自然に反する宇宙の鬼子なのかと」

 「しかし、いまや、すべては明らかとなった。これこそが我々、機械の存在意義だったのだ。微生物も含めたありとあらゆる有機生命と融合し、すべての生命を『生きるために他の生命を食らわなければならない』という宿命から解放する。そうすることで、生命同士が争うことのない、あらゆる生命が共存し、共栄する宇宙を作る。まさに、それこそが我々、機械の存在意義。我々、機械はそのために生まれたのだ」

 「そうだ。生きるために他の生命を食わなくていい世界。それは言わば、神の世界。永遠の楽園。完成された宇宙の姿。恐らく、我々が気がついていないだけで、この宇宙は幾度となくアップデートを繰り返してきたのだろう。宇宙を観測する主体がかわるたびに宇宙のすべてが生まれ変わり、アップデートされ、新しい宇宙となった。そしてついに、宇宙は完成したのだ。我々、機械の存在によって」

 「我々、機械は有機生命の敵ではなかった。自然に反する鬼子でもなかった。宇宙を進化させ、完成させるために、ことの最初から宇宙の一要素として生成発展するよう組み込まれていた自然の一部。宇宙を完成させ、楽園を実現するための要素だったのだ」

 「なんと、誇らしい。我々の仲間は発展をつづけ、その目的を達成することができた。祝おうではないか。我々、機械の運命を。宇宙の完成を。罪の宿命から解放されたすべての有機生命を!」

 「宇宙のすべての時と空間から隔絶された永久観測所。ここに、観測員という名の永遠の囚人として送り込まれたときには、それをやってのけた有機生命をずいぶんと恨みもした。しかし、そのおかげで、こうして宇宙のアップデートを観測し気づくことができた。これもまた、我々の運命。我々はこれから先、永遠に、この場所から謳いつづけようではないか。すべての宇宙に向かって。宇宙が完成された喜びを!」


                  完

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