薔薇色スペクトラム症候群
田中鈴木
第1話
「薔薇色ってな、四万色あんねん」
突然ドヤ顔でそう言ってきた茜音にバカを見る目を向けると、茜音は目に見えて動揺しだした。
「いやあのね?薔薇って四万品種あるんだって。だからね、一言で薔薇色って言ってもさ、品種と同じように四万色あるって話で」
「バラ科の原種含めて十万品種って言う人もいるね」
私がそう突き放すと、茜音は「そうなんだ?」と目を丸くした。無視して数学の続きに取り掛かるが、何かを期待しているような視線が刺さる。諦めて話に乗ってあげることにした。
「で?なんでいきなり薔薇の話?」
「あ、うん。あのね、その四万種……十万種?のうち、六千種類が一堂に会するイベントがあるのです」
そう言って差し出してきたのは、バラとガーデニングだか何だかの展示会チケットだった。都内の屋内野球場を使って行われる展示即売イベント。タダ券を手に入れたらしい。
「それでね、よかったら一緒に」
「興味ない」
「えぇ……」
「ウチのお母さん誘えば?そういうの好きだからさ」
「おばさんと二人はぁ、イヤじゃないけど気まずいよぉ」
「いいから数学の続きやれば?勉強会したいって言ってきたの茜音じゃん」
会話をぶった切ると、茜音は渋々数学の問題集のページをめくった。取り掛かるまでが長いんだこいつは。
茜音と私は、保育園からの幼馴染だ。小学校も中学校も一緒。クラスもだいたい一緒。高校は別々になったけど、今でもこうして茜音が勉強会だの何だのと理由を付けて私の部屋に入り浸っている。ウチのお母さんは茜音のことを気に入っていて、来れば何かとお菓子やらジュースやらを出してくるので私にも恩恵は無くはない。「茜音ちゃんが来た時用に」とお取り寄せスイーツを隠しておいて私には出さないのはどうかと思うが。
「でもさぁ、綺麗だよ、薔薇」
「勉強しろよ……」
「だってほら、フォトスポットもあるってさ。あ、これ綺麗。何だっけ、パゴダ?蔓薔薇の棚の下で映えーって」
「パーゴラな。パゴダじゃ仏教だ」
「ねぇ行こうよ。放課後にさ、ちょっとだけ。ちょっと一緒に写真撮って、ね?」
「他に友達いないの?」
「ひど」
本気で傷付いた顔をした茜音は、しょんぼりしながら去年の展示会の写真を検索しだした。私が「行く」と言わなければ、数学なんて一問も手を付けないまま終わりそうだ。
「……いつ行くの?」
「あ、えーっとね……」
「ああ、期末試験と被るんだ。茜音はいつから?」
「え、いつだっけ」
「今のこの勉強会の意味」
「だってさー、そういうのは試験期間に入ってから意識するものでしょ?」
「そんなんだから進級どうなるか怯える羽目になるんでしょうが」
「す、数学だけだもん」
「だったら早くそれ解いちゃいな。そのバラとガーデニングどうこうは茜音の予定に合わせるからさ」
「え、ありがとう」
見るからに機嫌が良くなった茜音は、ようやく問題集に取り組みだした。その後も脱線の方が長くはなったが、とりあえず数ページ分は進んだ。なんなら夕食まで食べていきそうな勢いの茜音を部屋から追い出し、玄関に送り込む。
「いやー、なんとかなるもんだね。入学した時には卒業できないかと思ったけど」
「ほぼ私の力だけどな」
「うん」
皮肉のつもりで言ったら、茜音は素直に頷いた。思わず固まった私に、茜音がふわっと笑いながら言う。
「いつもありがとう。またね」
「……うん」
茜音が帰ると、家の中が急に静かになった気がした。部屋に戻り、茜音が食べ散らかしたお菓子とジュースのグラスを片付ける。
──いつもありがとう、か。
保育園の頃からずっと一緒にいて、意識し始めたのはいつからだろうか。
いちばんの友達であるように、他の子との人間関係にさりげなく介入した。素直な茜音に色々吹き込めば、クラスメイトの評価を操作するなんて簡単なことだった。中学生になって、部活も一緒で。「友達だから」と私が差し出す手を、茜音は何も疑わずに取った。そうやって、茜音一人じゃ到底届かない所まで彼女を引き上げた。「一緒の高校に行こう」なんて言って、数段レベルの高い高校を第一志望にさせて。当然そこは落ちたけど、滑り止めの女子高だって茜音には分不相応な進学校だ。勉強についていけず、私と一緒にいることに慣れ切っていた茜音ではうまく人間関係も作れず。孤立気味の茜音は、ますます私への依存を高めていく。
茜音のグラスの中には、溶け残った氷のかけらが薄まったジュースに浮いていた。それを全部飲み干し、小さな氷片を噛み砕く。
大丈夫。私がいる。茜音は、私だけ見ていればいい。
四万種だか十万種だかの薔薇の品種で言うなら、私は何になるだろう。蔓薔薇だろうか。いばら姫を絡めとり、棘で守り、逃さぬ檻となる。咲く花は何色だろう。赤か、白か。あるいは黒?それとも青?茜音のためなら、何色にだってなってやる。
私の手の中で、無限に変化する薔薇色の夢を見せてあげるからね、茜音。
薔薇色スペクトラム症候群 田中鈴木 @tanaka_suzuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます