お茶割り

坂本じゃ☆ない龍一

お茶割り

 目の前に薄緑色の液体が入ったグラスが、うっすらと、徐々に輪郭をなしていく。


「言葉遣いに気を付けた方がいいよ」


 バーカウンターを隔て、向こう側に立っている女性が表情を変えずにそう言っていた。私は彼女が何を言っているか分からなかったが、どうやら私に向かって言っているようだった。


「あ、うん。気を付けるよ」


 目線を外しながら申し訳なさそうにグラスを持ち、ひと口飲む。お茶割りだ。薄いのか、濃いのか、どっちつかずの味だった。


 彼女が何について言及しているのかも分からず、悪いことをしたという実感は皆無で、だけど、明らかに彼女は私に怒りの感情があってお叱りの言葉を述べているようなので、嘘の謝罪でその場を終わらせようと試みた。


 しかし、ここ新宿、ゴールデン街は客に迎合するよりも、働いている店員の発言力が高いことから、それからの彼女は、私に関わろうという意思が見受けられなかった。隣に座っている五十代くらいのおじさんや、二十代前半ぐらいであろうお兄さんもお茶割りを飲んでいた。酒よりも人に会うことを目的にきている客が多く、私もその中の一人だった。しかし、酒に飲まれた結果、他者を不快にさせるだけの迷惑メーカーになり下がり、ここでの存在価値は皆無に等しかった。


「お会計で」


 そう言うと、彼女は反射的に「はーい」と返事をして計算を始め、ややすると代金を請求される。酩酊に近い酔い方をしていた私は財布に入っていた一万円札を出し、おつりをもらう。一万円札が出したいから出したのではなく、そこに一万円札があったから出しただけにすぎず、札を勘定するのでさえ面倒だった。小銭だけが増えていくのは、飲み屋を梯子した時のあるあるだろう。

 

 外に出ると、太陽の光が煌々と地面を照らしている。私は、何時間飲んだのだろうか。行く当てもなくフラフラと歩き始め、徐々に記憶が断片的に蘇る。そういえば、違う店でも言葉遣いについて注意された気がする。どうやら私は酒を飲み過ぎてしまうと口が悪くなってしまうようだ。久しくそこまで酔うことがなかったので、遠い昔にそんなことで怒られた記憶を思い出す。いつまで経っても学習しないな、まったく……。無駄に天気が良いことに不満を募らせてはいたものの、全身に浴びる日光が心地よかった。

 

 気が付けば個室型の漫画喫茶の一室にいた。ただ横になり、目をつむる。後味の悪さがじわりじわりと増し、どうしようもない罪悪感に近いような感情に支配される。酔っぱらって勝手なことを言った挙句、後味が悪いという感想は、どう考えても勝手すぎる言い分なのは分かっている。私は、いつまで無意味な飲みを繰り返せばいいのだろうか。というよりも、こういった結末を迎えたのは今回だけでなく、以前にも同じようなことを繰り返している。酒が絡む事柄に対し、一切の反省がないのは、もはや一生繰り返していかなければいけないと証明していることでもあり、誰がそんな人間をすき好むのだろうか。

 

 暗闇に光るデスクトップパソコンに、黒色の一人掛けの座椅子、黒色のクッション。朝まで飲んだ挙句に見る風景として寂しさを際立たせるものに感じてしまい、余計に居たたまれない気持ちになった。すべてを放棄するように眠りに就く。


 こうやって内臓を傷つけては年を重ね、痛いおじさんになっていく運命にあるのかもしれない。だけど、私がゾンビだらけの世界で生き残るような主人公タイプではない以上、大量生産のゾンビ側になることも悪くないのかもしれない、と薄れゆく意識の中で自覚するのだった。

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お茶割り 坂本じゃ☆ない龍一 @hosoigege2024

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