RALDA Episode 001: 瞬殺のリバース・ポイント
つむぎとおじさん
第1話
「あの女オーナー、アタマおかしなったんと違うか」
「それな。バックネット取っ払うとか、無茶すぎるで!」
「にしてもお前、飲みすぎやっちゅうねん」
「しゃーないやろ! ファウルボール直撃したら今日が命日になるんやで。そう思たら、喉カラッカラで飲まずにおれへんわ!」
ここ、メシオスタジアムは異様な雰囲気に包まれていた。
フランチャイズ球団である大阪ファルコンズは、8月にしてすでに優勝争いから脱落している。
それにもかかわらずこの熱気である。
ネットではチケットが通常価格の10倍近い値で取引された。
それほどこの試合は注目を集めている。
VIP席では、女塩明実(めしお・あけみ)社長が落ち着かない様子で紙コップビールをあおっていた。
「ねえ、どないしょ。なんかあったらどないしょ」
専務の井田が心配そうに声をかける。
「しっかりしてください、社長。絶対うまくいきますって」
「もしケガ人でも出たら、みんな首くくらなあかんで。ほんま、頼むで」
女塩は震える手でまたビールを流し込んだ。
「社長、いくら何でも飲み過ぎですって」
「しゃーないやんか! こんなときのビールがいっちゃん旨いんやもん」
女塩らが見下ろす先、バックネットの最前列には銀と青に彩られたアンドロイドが座っている。周りの観客と比べても明らかに大きい。2メートル近くあるだろう。
ラルダと名付けられたアンドロイドである。無機質なマスクからは何も読み取ることができない。オーナーが全財産を投じて開発させた最新鋭のセキュリティ特化型AI。この無謀とも思える賭けの、全てはこのAIが握っている。
一塁側と三塁側スタンドの上空ではドローン部隊が静かにホバリングしている。4機1組の戦隊が4グループ。ということは左右に16機、ぜんぶで32機のドローンが待機していることになる。
内野席スタンドは、バッターボックスから比較的遠いため、ファウルボールが飛んできても対応はそれほど難しくないであろう。
なんといっても問題はバックネット裏。打者から観客席まで、わずか一秒足らずでファウルボールが到達する。
「ホンマに大丈夫ですよね、奥貫はん?」
女塩の問いかけに、奥貫は答えない。グラフやマップが映し出されたボードをチェックしている。
セキュリティ会社イージス・ギアのCEO奥貫堅一、51歳。学者然とした風貌の彼こそがラルダを生み出した人物である。
異様な緊張感の中、試合は始まった。
ボールが前のほうにではなく、後ろに飛んでほしい。
口にこそ出さないが、誰もがそう願っていた。バッターとオーナー以外は。
待ちに待った瞬間は二回の表にやってきた。
カウント2-1。バッターがピッチャーの投げた球に振り遅れ、ボールは白い弧を描いて一塁側スタンドへ向かう。観客の悲鳴にも似た歓声が上がる。
瞬間、1組のドローンが音もなく動き出した。4機が連携して、ファウルボールを捕らえる。
場内は割れんばかりの拍手だ。
ドローンが静かに降下してくる。ほとんどの観客がデバイスをかざし、動画や写真を撮っている。
ドローンは、小学生くらいの男の子の頭上でホバリングを始めた。黄色いユニフォームを着た係の女性が急ぎ足で階段を上がってくる。
「はい、どうぞ。試合の後でサインしてもらいますから待っててね」
ドローンのネットから取り出された白い球が、少年に手渡された。ドローンはゆっくりと上昇していく。
隣の父親に促され、少年は照れながら感謝の言葉を口にした。
「おねえさん、ありがとう、ございます!」
その時、場内アナウンスが流れ始めた。
「ご来場の皆様にお知らせいたします。ファウルボールには十分ご注意を──」
野球ファンなら、耳にタコができるほど聞かされてきたアナウンスである。
しかしウグイス嬢は、意外な言葉をつづけた。
「──ご注意を払っていただかなくて結構です」
「おおっ!?」どよめきと歓声が沸き起こる。
「すべてのファウルボールは、最新鋭アンドロイド、ラルダとドローンがキャッチしてごらんにいれます。皆様には十分にリラックスして球宴をお楽しみくださいませ」
場内は大歓声に包まれた。
「よう言うたった! 女塩社長!」
「男の中の女やで! 結婚してくれや!」
メ・シ・オ! メ・シ・オ!
期せずして起こるメシオコール。
スタンドのあちこちでペンライトが振られる。女塩オーナーはVIP席で照れくさそうに手を振った。普段は強がっているものの、ここまで反応が大きいとは思わなかったのだろう。
「こんなに喜んでもらえるなんてな……」
ハンカチで目頭を押さえている。
(つづく)
RALDA Episode 001: 瞬殺のリバース・ポイント つむぎとおじさん @totonon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。RALDA Episode 001: 瞬殺のリバース・ポイントの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます