第2話 任務
未だ日も顔を出していない午前4時00分。
薄暗い空の中の奥、遥か彼方地平線の先がほんの少し白んできたころ。
警察本部の一室は賑わいを見せていた。
初夏といえど、夜明け前の空気は冷たくて澄んでいる。
昼間になればねっとりと絡みつくような空気に変貌するのが信じられない程の肌寒さが、室内を支配していた。
部屋の入口に掲げられた表札には警護課と記されており、その中では楽し気な会話など無く、張りのあるけたたましい声が溢れている。
とても日の出前とは思えない室内で、如月青葉は任務に向かう前の装備品の最終点検を行っていた。
「青葉、今日も頑張ろうな!!」
張り詰めた空気の中、飛び切り明るい異物が背後から向かってきた。
同階級の巡査である篠田康太は、柔道の特練、いわゆる機動隊員の仲間だ。
明るく社交的なのはいいが、空気を読まず怒られるのが日常であり、今日もそれは変わらないようだった。
「青葉、今日課長ぴりついてるから、静かにした方が…」
右横で無線の点検を行っていた武田真は周りに聞こえないように小声で篠田に注意をするが。
「こら篠田!べちゃくちゃ喋ってないでさっさと準備をしろ!」
「は、はい!すいません!」
呆れるほど綺麗に折りたたまれたお辞儀に感心しつつ黙々と作業を進める。
拳銃に防弾装備、無線、警棒に工程表にメモ帳。
他にも仕込み忘れが無いか最終確認をしていると、武田が小声で話し始めた。
「今日は工程に変更は無いって」
「そっか、それはよかった。急な変更があると振り回されるし覚え直すことが多いからな。武田、今日は結構早かったのか?」
「早かったって、帰ってないよ。昨日は泊っていった。というか家に帰る方が寝る時間少なくなって大変じゃないか。そもそも朝が弱いから、家に帰って寝たら十中八九遅刻しそうだから、なんだけど」
「まぁ、気持ちはわからんでもないな。お―――最終手配かな。係長が来たぞ」
叱られて静かになった篠田を後目に、視線を向かってくる人物へと定める。
「準備はできたか。先方から工程変更の連絡は無い。昨日伝達したとおりに任務に向かうぞ」
警護課係長である佐々木が淡々と指示を出す。
細身で長身、部下や女性職員からも評価の高いという高スペック。
篠田はいつも羨ましがって、ああなりたい、なんて恥ずかしいセリフをよく口にしているが、仕事一筋の彼と、多趣味で楽観的な篠田では天と地ほどの差がある。
無駄のない指示が送られると、任務にあたる係員が、了解、と各々返事をしつつ、出口へと向かう。
先ほどまでしょぼくれていた篠田はいつの間にか目を輝かせて「やっぱかっけぇよな」と呟いているが、はいはい、と受け流して席を立つ。
「青葉、今日も長くなるがよろしく頼むな」
「い、いえ。頑張ります」
席を立ったところで主任の酒井が背中をぽん、と叩きながら追い抜きざまにかけた声に、流れ作業のような返事した。
長い一日の幕が開けられた。
何を護りたいのか ふるみ たより @hurumi
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