第24話 俺の大好きな優しくてわるい男(ひと)・終
「ここには来るなって何度も言ってんだろうが」
「俺は来るよって言ったよな? 宿泊先に押しかけなかっただけでも褒めてほしいくらいだ」
「押しかけんな。押しかけてるって自覚があるなら来るな」
「嫌だね。可愛いソウくんを愛でる権利は俺にもある」
「あぁ?」
「久しぶりにその凶悪な面を見たな。そういう顔はソウくんに見せないほうがいいんじゃないか?」
「……チッ」
(これってケンカ……には見えないけど……どうなんだろう)
「言っておくが俺が愛でるというのはペットと同じことだぞ? 誤解しないでほしいな」
「だから腹が立つんだろうが。こいつはペットじゃねぇ」
「ペット以上に愛でれば怒るくせに」
「当たり前だろうが」
「まったく、面倒くさい男だな」
「おまえにだけは言われたくねぇよ。おまえの嗜好のほうがよほど面倒くせぇだろうが」
「そうか? 俺は自分の命を簡単に投げ出すような跳ねっ返りが好きなだけだぞ? そんなヤンチャに首輪をつけて、牙を撫でて、跪かせて、最大限待てをさせる。いい子でいられたらご褒美に俺自身を食わせてやるのがいいんじゃないか。ギラギラした目で見られるだけでゾクゾクするのもいい。殺されそうなくらいの情動で腹の奥をぐちゃぐちゃに抉られるなんて最高だろう?」
「やめろ。
「ひどいな。俺たちだって愛し合ってるのに。なぁ、
「そもそも何しに来たんだ。用があるならさっさと済ませて帰れ」
「ソウくんにお年玉をあげようと思ったんだよ。それにクリスマスプレゼントの感想も聞きたくてね」
そうだった、コスプレ衣装のことを言うのを忘れていた。
「あの……」
ボスが俺を見ている。
「
コスプレ衣装をもらったことは
「サンタの赤いコスプレ衣装、
「なんだそりゃ」
「正確にはミニスカートのセクシーサンタ衣装だな」
ボスの説明に
「おまえ、そういうの好きだろう? それを着てソウくん自身がプレゼントになればいいとアドバイスしてやったんだ」
「あ、あの、でも結局できなくて……買ってもらったのにすみません」
ボスに頭を下げてから「黙っててごめんなさい」と
「謝る必要はないさ。今年だってクリスマスはある。そうだ、今年は衣装に合わせたセクシー下着をプレゼントしてやろう」
「
「嫌がらせとはひどい言いぐさだな。おまえの好みをソウくんに教えているだけじゃないか」
「俺の好みは俺がじっくり教える。余計な真似してんじゃねぇよ」
どうしよう、やっぱり
「なんだ、やっぱり好きなんじゃないか」
「うるせぇ」
「ソウくん、クリスマスまでに体力をつけておくことをお勧めするよ。おそらく丸一日離してもらえないだろうからな。いまでその状態なら確実に起き上がるのは難しくなるだろう」
指摘されて顔が熱くなった。
「おまえ、そんなこと言いにわざわざ来たのか?」
「ソウくんにお年玉をあげに来たと言っただろう。はい、お年玉。今度海外に行くんだろう? これでおいしいものをたくさん食べるといい」
「あ、ありがとうございます。でも、海外旅行って……?」
「行く予定なんだろう? さしずめイギリスやオーストラリアといったところかな」
「……おまえまさか、盗聴器仕掛けてんじゃねぇだろうな」
「そんなことをしなくても
綺麗な笑顔を浮かべるボスに、
「ところで、パスポートを作るということは養子縁組は終わったのか?」
「いや、
「おまえはとことん優しい男だな。昔の狂犬だった頃が懐かしいよ。いや、いまもある意味変わらないか。経済界のお歴々は戦々恐々しっぱなしだと聞いている」
ボスの話は相変わらず難しい。早くこういう話が理解できるようになりたいと心から思った。そんな顔でボスを見ていたら、「
「おまえが言うな」
「失礼だな。俺は自分が悪い男だと十分自覚している。でもおまえはそう思ってない。違うか?」
「うるせぇぞ」
「おや、一応自覚はあるのか」
「あ、あの、
俺の言葉にボスがきょとんした。
「あの、ボスも優しいです。初めて事務所で会ったとき、オレンジジュースをくれたし」
慌ててつけ加えたら、ボスが「プッ」と吹き出した。
「いやはや、ソウくんは本当にいい子だな。
「俺もそう思ってるよ」
「そんな顔すんな。もったいねぇとは思うが手放そうとは思ってない」
思わずホッとすると、ボスが「おまえ、やっぱり気持ち悪いぞ」と笑う。
「おまえが言うな。お年玉なんて持ってくるくらいなら気ぃ遣え」
「気を遣っているから
「どうせ俺が正月休みを死ぬ気でもぎ取ったことも知ってんだろうが。そっちにも気を遣え」
「三が日はちゃんと避けただろう。ま、いつ来てもソウくんは腰砕けだっただろうがな」
「人んちの性生活に口出しするな」
「すっかり家族だな」
ケンカみたいに見えるけど、きっとこれはケンカじゃない。
「おまえは顔に似合わず情の深い男だな」
「なんの話だ」
「関係のあった女の子どもだから気にしたんだろう?」
「それだけじゃねぇよ」
「誰かに似てたからか?」
「どうだろうな」
「俺たちはいくつも大事なものを失ってきた。だからほしいと思ったものは全力で手に入れる。そういうところは俺もおまえも変わらない」
「さぁて、どうだろうな」
「本気なんだろう?」
「おまえが
「なんだ、本気じゃないか」
二人の話が難しいからか、段々眠くなってきた。寝たのは朝の四時過ぎで、起きたのは九時過ぎだった。前はそのくらいでも平気だったのに、昨日は夕方からずっとベッドだったからか眠くてしょうがない。
ダメだとわかっているのに頭がカクカク動く。必死にあくびを噛み殺していたけど限界だった。「ごめんなさい」と言いながら
「すっかり懐かれたな」
「
「そう仕向けたくせに」
「いいんだよ」
「おまえが本気だということはわかっているさ。とんでもない根回しをしていると鷹木のオヤジが苦笑していたぞ」
「やれることはやっておかねぇとひっくり返されても困るからな」
「さすがの
「すでに一回、
「会長の手前、自分の息子でも止めることができなかったんだろう。父親にその気はなくても息子としては組を乗っ取られると本気で思っていたんだろうしな」
「それが十六歳の
「たしかあの坊、母親が十六のときの子どもじゃなかったか?」
「なるほど、それで十六は立派な大人、その年になったら組を乗っ取りに来るんじゃないかなんて妄想に駆られたのか。ったく、どんな妄想だよ」
「自分と母親が愛されていないと知っていたからだろう。それに幼いときから母親のやり方を見てきたはずだ。ソウくんの母親がそれで逃げ出したのも知っていたはずだ」
「胸糞の悪くなる話ばかりだ」
「そういえば
「落とし前をチャラにしたのは坊ちゃんの分だけだ。ほかをチャラにしたつもりはねぇ」
「まったく、相変わらず見事な手腕だな。そっち側にいるのがもったいない」
「そっち側はおまえ一人で十分だろうが」
「で、これからどうするんだ?」
「どうもしねぇよ。養子にすれば手続きが楽になるだけ、そうじゃなくても法的なもんは全部クリアさせる」
「ソウくんには?」
「いま話しても理解できねぇだろ。ようやく落ち着いてきたところだ、不安がらせたくはねぇ。だが、俺とこいつは二十歳以上離れている。いつ何があるかわかんねぇからな、準備だけはしておく」
「高宮は大変だろうな」
「ブチブチ文句を言ってはいるが、率先して根回ししてるからいいんだよ。それに高宮んとこの娘も、弁護士になってこいつの面倒を見るとか言い出しやがるしな。ま、将来は安泰だろ」
「ソウくんは人に好かれるだろうからな」
「だからあんな環境でもこの程度で済んだってことだ。ま、これからは俺が何もかも満たしてやるさ」
「父親みたいだな」
「やめろ。ただでさえ母親のこと知ってんだぞ」
頭をポンポンと撫でていた
「一瞬、疑っただろう? 書類を見てホッとしたんじゃないか?」
「疑うか。俺は昔からそこんところはキッチリしてんだ。これまで孕ませたことなんか一度もねぇだろ」
「そういえばそうだったな。だが、もし血の繋がりがあったとしておまえはどうした? 父親として振る舞えたか?」
二人の声が聞こえなくなった。遠くで救急車のサイレンの音が鳴っている。俺はうつらうつらしながら「あふ」とあくびをした。
「まぁいいさ。おまえにも大事なものができたことは俺も喜んでいるんだ。ビー玉みたいだった目もようやく人間らしくなったようだしな。どうだ? ほしいものを手に入れると生活に潤いと張りが出るだろう?」
「はいはい、家族ができると世の中楽しいことだらけだよ」
「それはよかった。一応たった一人の片割れだからな、心配はしていたんだ」
「そりゃどうも」
「これで老後の心配をしなくて済む」
「本当に失礼な奴だな」
「悪い大人にも休息の場所は必要だ」
「そうかもな」
「だが、そのためにソウくんの中をおまえでいっぱいにするのはやっぱり悪い大人だと思うが?」
「いいんだよ」
「おまえがいなくなればソウくんは間違いなく死ぬぞ?」
「そこんところはこれから少しずつ教えていく。俺の残りの人生全部使えばなんとかなるだろ」
「やっぱりおまえは悪い大人だな。それにソウくんが言ったとおり優しくもある。それが残酷だということにソウくんは気づいていない」
二人の声がどんどん遠ざかっていく。変だなと思いながら「あふ」とあくびをして目を擦った。
(あれ……?)
ボスの声が聞こえない。なんとか目を開けると、ボスがいたはずの向かい側のソファには誰もいなかった。
「ボスは……?」
「あいつらなら帰ったぞ」
「見送り……できなかった……」
「気にするな。どうせそのうちまた来るだろ」
「ひるね……」
「眠いんだろ?」
立ち上がった
「眠いのにご機嫌だな」
大きな手がおでこを撫でた。その手が頬を撫でて頭も撫でる。そうしてチュッと触れるだけのキスをしてくれた。
最近はこういう触れるだけのキスもいいなと思うようになった。それにあちこち撫でられるのもいい。うれしくてにやけた顔のまま温かくて大きな
(俺は
この場所が大好きだ。ここは丸くならなくても安心できるし、
俺の大好きな優しくてわるい男(ひと) 朏猫(ミカヅキネコ) @mikazuki_NECO
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