第24話 俺の大好きな優しくてわるい男(ひと)・終

「ここには来るなって何度も言ってんだろうが」

「俺は来るよって言ったよな? 宿泊先に押しかけなかっただけでも褒めてほしいくらいだ」

「押しかけんな。押しかけてるって自覚があるなら来るな」

「嫌だね。可愛いソウくんを愛でる権利は俺にもある」

「あぁ?」

「久しぶりにその凶悪な面を見たな。そういう顔はソウくんに見せないほうがいいんじゃないか?」

「……チッ」


 藤也トウヤさんが舌打ちするのをボスが笑いながら見ている。


(これってケンカ……には見えないけど……どうなんだろう)


 藤也トウヤさんが怖い顔でボスを見るのはいつものことだ。段々これが普通なんだとわかってきたけど、やっぱり少しだけ不安になる。


「言っておくが俺が愛でるというのはペットと同じことだぞ? 誤解しないでほしいな」

「だから腹が立つんだろうが。こいつはペットじゃねぇ」

「ペット以上に愛でれば怒るくせに」

「当たり前だろうが」

「まったく、面倒くさい男だな」

「おまえにだけは言われたくねぇよ。おまえの嗜好のほうがよほど面倒くせぇだろうが」

「そうか? 俺は自分の命を簡単に投げ出すような跳ねっ返りが好きなだけだぞ? そんなヤンチャに首輪をつけて、牙を撫でて、跪かせて、最大限待てをさせる。いい子でいられたらご褒美に俺自身を食わせてやるのがいいんじゃないか。ギラギラした目で見られるだけでゾクゾクするのもいい。殺されそうなくらいの情動で腹の奥をぐちゃぐちゃに抉られるなんて最高だろう?」

「やめろ。アオイになんてもん聞かせてんだ」

「ひどいな。俺たちだって愛し合ってるのに。なぁ、静流シズル?」


 藤也トウヤさんが顔をしかめた。ボスは綺麗な顔で笑っているけど、後ろに立っている静流シズルさんは少し困ったような顔をしている。


「そもそも何しに来たんだ。用があるならさっさと済ませて帰れ」

「ソウくんにお年玉をあげようと思ったんだよ。それにクリスマスプレゼントの感想も聞きたくてね」


 そうだった、コスプレ衣装のことを言うのを忘れていた。


「あの……」


 ボスが俺を見ている。藤也トウヤさんも俺を見ていた。「クリスマスプレゼントのことですけど」と言うと藤也トウヤさんが「あぁ?」と怖い声を出した。


藤生フジオに何かもらったのか?」


 コスプレ衣装をもらったことは藤也トウヤさんに話していない。当日まで秘密にして驚かそうと思ったからだ。

 藤也トウヤさんが怖い声で「アオイ」と呼んだ。俺はブルッと震えながら「サンタのコスプレ衣装を買ってもらって」と説明する。


「サンタの赤いコスプレ衣装、藤也トウヤさんが好きだって聞いて……」

「なんだそりゃ」

「正確にはミニスカートのセクシーサンタ衣装だな」


 ボスの説明に藤也トウヤさんが「はぁ?」と眉を跳ね上げた。


「おまえ、そういうの好きだろう? それを着てソウくん自身がプレゼントになればいいとアドバイスしてやったんだ」


 藤也トウヤさんは顔をしかめたままだ。もしかして好きじゃなかったんだろうか。それとも俺が黙っていたから怒っているんだろうか。


「あ、あの、でも結局できなくて……買ってもらったのにすみません」


 ボスに頭を下げてから「黙っててごめんなさい」と藤也トウヤさんにも謝る。


「謝る必要はないさ。今年だってクリスマスはある。そうだ、今年は衣装に合わせたセクシー下着をプレゼントしてやろう」

藤生フジオの嫌がらせにはつき合わなくていい」

「嫌がらせとはひどい言いぐさだな。おまえの好みをソウくんに教えているだけじゃないか」

「俺の好みは俺がじっくり教える。余計な真似してんじゃねぇよ」


 どうしよう、やっぱり藤也トウヤさんは怒っている。そばにあったクッションをギュッと掴むと「藤生フジオには腹が立つがコスプレは楽しみにしてる」と言って頭をポンと撫でてくれた。


「なんだ、やっぱり好きなんじゃないか」

「うるせぇ」

「ソウくん、クリスマスまでに体力をつけておくことをお勧めするよ。おそらく丸一日離してもらえないだろうからな。いまでその状態なら確実に起き上がるのは難しくなるだろう」


 指摘されて顔が熱くなった。


「おまえ、そんなこと言いにわざわざ来たのか?」

「ソウくんにお年玉をあげに来たと言っただろう。はい、お年玉。今度海外に行くんだろう? これでおいしいものをたくさん食べるといい」

「あ、ありがとうございます。でも、海外旅行って……?」

「行く予定なんだろう? さしずめイギリスやオーストラリアといったところかな」

「……おまえまさか、盗聴器仕掛けてんじゃねぇだろうな」

「そんなことをしなくても藤也トウヤが考えそうなことくらいわかるさ。国内旅行の次は海外旅行、耳がいいソウくんのために英語圏に行く。違うか?」


 綺麗な笑顔を浮かべるボスに、藤也トウヤさんの顔がまた怖くなった。


「ところで、パスポートを作るということは養子縁組は終わったのか?」

「いや、アオイ自身に決めさせることにしたからまだだ」

「おまえはとことん優しい男だな。昔の狂犬だった頃が懐かしいよ。いや、いまもある意味変わらないか。経済界のお歴々は戦々恐々しっぱなしだと聞いている」


 ボスの話は相変わらず難しい。早くこういう話が理解できるようになりたいと心から思った。そんな顔でボスを見ていたら、「藤也トウヤは悪い男だから気をつけるといい」と言ってボスがニコッと笑った。


「おまえが言うな」

「失礼だな。俺は自分が悪い男だと十分自覚している。でもおまえはそう思ってない。違うか?」

「うるせぇぞ」

「おや、一応自覚はあるのか」

「あ、あの、藤也トウヤさんは悪い人じゃないです。優しい人です」


 俺の言葉にボスがきょとんした。静流シズルさんも驚いたように目を見開いている。


「あの、ボスも優しいです。初めて事務所で会ったとき、オレンジジュースをくれたし」


 慌ててつけ加えたら、ボスが「プッ」と吹き出した。静流シズルさんは口元を抑えながら肩を震わせている。そんなにおかしなことを言っただろうか。「本当に思ってるのに」と思いながら隣を見ると、藤也トウヤさんの顔がいつもの優しい表情に戻っていた。


「いやはや、ソウくんは本当にいい子だな。藤也トウヤにはもったいないくらいだ」

「俺もそう思ってるよ」


 藤也トウヤさんの返事に顔が強張った。


「そんな顔すんな。もったいねぇとは思うが手放そうとは思ってない」


 思わずホッとすると、ボスが「おまえ、やっぱり気持ち悪いぞ」と笑う。


「おまえが言うな。お年玉なんて持ってくるくらいなら気ぃ遣え」

「気を遣っているからソウくん・・・・と呼んでいるんだろう? まったく、名前を呼ぶくらいで嫉妬するおまえこそどうなんだ」

「どうせ俺が正月休みを死ぬ気でもぎ取ったことも知ってんだろうが。そっちにも気を遣え」

「三が日はちゃんと避けただろう。ま、いつ来てもソウくんは腰砕けだっただろうがな」

「人んちの性生活に口出しするな」

「すっかり家族だな」


 ケンカみたいに見えるけど、きっとこれはケンカじゃない。藤也トウヤさんたちはこういうふうに話をする兄弟なんだ。たまに心配になるくらい険悪なときもあるけど、兄弟がいない俺には少しだけうらやましかった。


「おまえは顔に似合わず情の深い男だな」

「なんの話だ」

「関係のあった女の子どもだから気にしたんだろう?」

「それだけじゃねぇよ」

「誰かに似てたからか?」

「どうだろうな」

「俺たちはいくつも大事なものを失ってきた。だからほしいと思ったものは全力で手に入れる。そういうところは俺もおまえも変わらない」

「さぁて、どうだろうな」

「本気なんだろう?」

「おまえが静流シズルを思う程度にはな」

「なんだ、本気じゃないか」


 二人の話が難しいからか、段々眠くなってきた。寝たのは朝の四時過ぎで、起きたのは九時過ぎだった。前はそのくらいでも平気だったのに、昨日は夕方からずっとベッドだったからか眠くてしょうがない。

 ダメだとわかっているのに頭がカクカク動く。必死にあくびを噛み殺していたけど限界だった。「ごめんなさい」と言いながら藤也トウヤさんの腕にポスンともたれかかった。


「すっかり懐かれたな」

アオイには俺しかいねぇからな」

「そう仕向けたくせに」

「いいんだよ」


 藤也トウヤさんがしゃべるたびに腕が少し動く。それがとても心地いい。


「おまえが本気だということはわかっているさ。とんでもない根回しをしていると鷹木のオヤジが苦笑していたぞ」

「やれることはやっておかねぇとひっくり返されても困るからな」

「さすがの向嶋むこうじまもおまえと正面からぶつかりたいとは思わないだろう。ぶつかれば向こうのフロント企業がいくつ潰されるかわかったものじゃない。インテリヤクザの名折れにもなる」

「すでに一回、アオイに手を出している。その落とし前をナシにしてやったんだ、大人しくして当然だ」

「会長の手前、自分の息子でも止めることができなかったんだろう。父親にその気はなくても息子としては組を乗っ取られると本気で思っていたんだろうしな」

「それが十六歳のアオイに書かせた血判書の真相か? ったくどうしようもねぇな」

「たしかあの坊、母親が十六のときの子どもじゃなかったか?」

「なるほど、それで十六は立派な大人、その年になったら組を乗っ取りに来るんじゃないかなんて妄想に駆られたのか。ったく、どんな妄想だよ」

「自分と母親が愛されていないと知っていたからだろう。それに幼いときから母親のやり方を見てきたはずだ。ソウくんの母親がそれで逃げ出したのも知っていたはずだ」

「胸糞の悪くなる話ばかりだ」

「そういえば向嶋むこうじまは内部抗争一歩手前らしいが、おまえ何を仕組んだ?」

「落とし前をチャラにしたのは坊ちゃんの分だけだ。ほかをチャラにしたつもりはねぇ」

「まったく、相変わらず見事な手腕だな。そっち側にいるのがもったいない」

「そっち側はおまえ一人で十分だろうが」


 藤也トウヤさんとボスの声が少しずつ小さくなっていく。眠ったらダメだと思って頭を動かしたのに目が開かない。すると「眠いんだろ」と言って藤也トウヤさんが頭をポンと撫でてくれた。そのままもたれかかるように抱き寄せられる。


「で、これからどうするんだ?」

「どうもしねぇよ。養子にすれば手続きが楽になるだけ、そうじゃなくても法的なもんは全部クリアさせる」

「ソウくんには?」

「いま話しても理解できねぇだろ。ようやく落ち着いてきたところだ、不安がらせたくはねぇ。だが、俺とこいつは二十歳以上離れている。いつ何があるかわかんねぇからな、準備だけはしておく」

「高宮は大変だろうな」

「ブチブチ文句を言ってはいるが、率先して根回ししてるからいいんだよ。それに高宮んとこの娘も、弁護士になってこいつの面倒を見るとか言い出しやがるしな。ま、将来は安泰だろ」

「ソウくんは人に好かれるだろうからな」

「だからあんな環境でもこの程度で済んだってことだ。ま、これからは俺が何もかも満たしてやるさ」

「父親みたいだな」

「やめろ。ただでさえ母親のこと知ってんだぞ」


 頭をポンポンと撫でていた藤也トウヤさんの手がほんの少しだけ止まった。それが寂しくて手のひらに頭を押しつけるようにしたら、今度は肩と腕を撫でてくれた。


「一瞬、疑っただろう? 書類を見てホッとしたんじゃないか?」

「疑うか。俺は昔からそこんところはキッチリしてんだ。これまで孕ませたことなんか一度もねぇだろ」

「そういえばそうだったな。だが、もし血の繋がりがあったとしておまえはどうした? 父親として振る舞えたか?」


 二人の声が聞こえなくなった。遠くで救急車のサイレンの音が鳴っている。俺はうつらうつらしながら「あふ」とあくびをした。


「まぁいいさ。おまえにも大事なものができたことは俺も喜んでいるんだ。ビー玉みたいだった目もようやく人間らしくなったようだしな。どうだ? ほしいものを手に入れると生活に潤いと張りが出るだろう?」

「はいはい、家族ができると世の中楽しいことだらけだよ」

「それはよかった。一応たった一人の片割れだからな、心配はしていたんだ」

「そりゃどうも」

「これで老後の心配をしなくて済む」

「本当に失礼な奴だな」


 藤也トウヤさんの手が頬を撫でる。温かくて大きな手で撫でられるのは気持ちいい。体がポカポカしてきて本格的に眠ってしまいそうだ。


「悪い大人にも休息の場所は必要だ」

「そうかもな」

「だが、そのためにソウくんの中をおまえでいっぱいにするのはやっぱり悪い大人だと思うが?」

「いいんだよ」

「おまえがいなくなればソウくんは間違いなく死ぬぞ?」

「そこんところはこれから少しずつ教えていく。俺の残りの人生全部使えばなんとかなるだろ」

「やっぱりおまえは悪い大人だな。それにソウくんが言ったとおり優しくもある。それが残酷だということにソウくんは気づいていない」


 二人の声がどんどん遠ざかっていく。変だなと思いながら「あふ」とあくびをして目を擦った。


(あれ……?)


 ボスの声が聞こえない。なんとか目を開けると、ボスがいたはずの向かい側のソファには誰もいなかった。静流シズルさんもいない。


「ボスは……?」

「あいつらなら帰ったぞ」

「見送り……できなかった……」

「気にするな。どうせそのうちまた来るだろ」


 藤也トウヤさんがポンと肩を撫でてから「さて、昼寝でもするか」と言った。


「ひるね……」

「眠いんだろ?」


 立ち上がった藤也トウヤさんが軽々と俺を持ち上げた。そのまま藤也トウヤさんの寝室に行き、大きなベッドにぽすんと下ろされる。今日はこのまま二人きりなんだと思うだけでうれしくなった。


「眠いのにご機嫌だな」


 大きな手がおでこを撫でた。その手が頬を撫でて頭も撫でる。そうしてチュッと触れるだけのキスをしてくれた。

 最近はこういう触れるだけのキスもいいなと思うようになった。それにあちこち撫でられるのもいい。うれしくてにやけた顔のまま温かくて大きな藤也トウヤさんの体にぴったりとくっついた。胸に顔をくっつけると藤也トウヤさんの心臓の音が聞こえてくる。トクントクンという規則正しい、それでいて優しい音に体がほわっとした。


(俺は藤也トウヤさんが大好きだ)


 この場所が大好きだ。ここは丸くならなくても安心できるし、藤也トウヤさんがいれば怖くも寂しくもない。ふぅと息を吐いて藤也トウヤさんの大きな体をギュッと抱きしめる。そうして俺は藤也トウヤさんと一緒に昼寝の続きをすることにした。

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俺の大好きな優しくてわるい男(ひと) 朏猫(ミカヅキネコ) @mikazuki_NECO

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