✨👊✨後編


 それを聞いた近衛兵はというと。どちらの命令も聞きませんでした。正確に言えば将軍の兵達から私を守るように間に立ってくれたのです。どうやら間に合ったようですね。


「な!? お前、兵士のくせに俺の命令が聞けないのか!?」


 焦る将軍の後ろから低く落ち着いた声が響きます。


「それは余の直属だからな。お前の自由に使えるものではないぞ」

「へっ、陛下!?」


 国王陛下がお出でになり、その場の全員が慌てて腰を落とします。私も礼を取りましたが、チラリと上目遣いで確認したところ父も陛下のかなり後ろではありますが控えているようでした。ああ、これで安心です。私はホッと胸を撫で下ろしました。


「待たせたな。妃とのに時間がかかってしまったものでな」

「……は……」


 今までの強気な声音が嘘のように、将軍の声が小さくなりました。やはり将軍の後ろには王妃殿下が絡んでいたということ。


「将軍。誤解はやはり正しておかねば。メディナ嬢は今まで余の命で密かに動いておったのだ。隣国との交渉口としてな」

「……え!?」


 再び、会場はどよめきます。私はできるだけ上品に美しく見えるよう微笑みました。


「第一の理由は隣国との取引内容が彼女の家の産出物だった事だが、メディナ嬢は良い意味でも悪い意味でも目立つからな。隣国の王子が彼女に目をつけたという噂が立てば秘密の交渉を隠す煙幕にもなると考えたのだ」


 陛下はそれだけ言うと私に視線を送ってくださいました。後を受けて発言をしても良いという事でしょう。


「もちろん、王子殿下は私を口説く事などございませんでしたわ。万に一つ、彼が女性に心を許すことでこちらに有利に交渉を進められれば、という目論見を見抜かれてしまったのかもしれませんね」


 最後は冗談めかして言ったのですが、場内は冗談と取る方と本気と取る方と半々の反応です。陛下は苦笑していますがジェラルド殿下は眉を下げて情けない顔をしていらっしゃいます。あらまあ大変。私って殿下の信用を得られていないのかしら。


「い、いや、だが貴様が隣国から贈られた金の指輪を嬉々として受け取ったという情報が……!」


 なおも食い下がる将軍に私は呆れ、そして決断しました。彼に鉄槌を……いえ、金の拳を下すと。


「ですから、私は正当な価格で購入したと言ったでしょう。お疑いならその指輪を直接味わってみませんこと? きっと価値がおわかりになりますわ」

「は? 味わ……?」


 私がドレスのポケットからそれを取り出すと、会場は三度どよめきました。私はその大きな、四つの穴が空いた指輪に右手の四本の指を嵌めます。ずっしりと重いそれはキラキラと黄金色に輝いていました。


「なっ、それは」

「ナックルダスターと言うのですって。傭兵や拳闘士が使う武器のひとつだそうですが、市井の事には疎い将軍はご存じなくて?」


 そう言いながら素早く将軍に近づきます。


「どうぞ存分に味わってくださいませッ!!」


 私は渾身の力で金の拳ゴールドナックルを彼の脾腹ひばらにめり込ませました。


「ぐふっ……!」


 虚をつかれたのもあったのでしょう。一撃で彼は床に膝をつきます。脂汗を垂らした青い顔の前に、私は拳を持って行き、金の指輪を見せつけます。


「あらまあ。女性の拳も躱せないなんて、将軍もお年を召したのではなくて? さっ、よーくご覧になって下さいまし。この指輪の美しい形。そして使用後に形も歪まず傷ひとつついておりません。完璧な鋳造技術だと思いませんか? これが隣国の技術力ですの」

「技術……?」

「我が領地からは何が産出されるかご存知でしょう?」

「……そうか、鉄か……」

「ええ。実は最近、鉄鉱山を掘り進めたところ別の物も出るようになりましたの。石炭です」

「石炭?……そんなもの、暖炉にしか使えないでは」


 これだから情報に疎い野蛮な方は嫌ですわ。予想はしておりましたが、やはりご存じなかったとは。


「実は遠い国で蒸気機関と言うものが発明されたのだそうです。それを使えば、鉄の車を馬車の何倍ものスピードと物量で一気に運ぶことが可能になります。将軍、貴方の誇る馬と騎士では残念ながら太刀打ちできそうにもありません」

「なっ!!」

「ただし、蒸気機関車を作るには多くの良質な鉄を使い、精巧な部品を鋳造して組み合わせる必要があります。さらに動かすには燃料として石炭が必須なのだそうです。もうおわかりですね? 隣国には技術があっても鉄と石炭が足りません。我が国には部品を作る技術がないのです」

「そ、それでは隣国との共同事業を……? なぜ秘密裏に」

「何故って。話が固まる前に公表すれば、それを邪魔しようとする者もいるでしょう。例えば我が国と隣国の仲が深まるのを嫌がるですとか」

「……ああ!!」


 将軍は膝だけでなく腕も額も床について、絶望を全身で表現しました。「他の国」から政略結婚でやって来た王妃殿下に己が利用されていたと漸く気がついたのです。


 王妃殿下は表向きは夫に唯々諾々と従う貞淑な妻の顔を見せ、王子妃になる人物にも似たような女性を望んでいながら、実際はそれらはすべて演技。裏で糸を延ばし操るひとだったのでしょう。

 彼女と正反対で表立ってハッキリものを言い、女性も意見を主張すべきと言う風潮の旗印にもなっている私。更に隣国との交渉までしているとなれば、彼女にとって私はさぞや目障りな存在だったに違いありません。


 将軍との決着がついた私は、壇上の陛下に向かって頭を下げて発言します。


「恐れながら申し上げます。ジェラルド殿下にも是非この指輪をご覧に入れたいのですが」

「何故だ? 誤解は解けたろうに」


 国王陛下の疑問には笑いをこらえる様子が混じっておりましたので、私は少々のブラックジョークを交えても問題ないと判断致しました。


「ええ。誤解は解けましたが……先ほど殿下は私がお好みでないので婚約破棄をされたいと仰ってましたの。しかし陛下が決められた婚約を正当な理由なく破棄をするのでは、ジェラルド殿下のご評判に傷がつくでしょう?」

「そうだな。それで?」

「ここはひとつ将軍と同じように指輪を頂ければ、王族に無礼を働いた私の責で恙無つつがなく婚約を破棄できるかと」


 つまり、本気で殿下が婚約破棄したいならば金の拳で殴りつけて差し上げようと思ったのですが。

 けれども私の発言でワハハハハ! と国王陛下が顎を上げて笑い出しました。その横で、殿下がヘレニア様の腕を振りほどき、壇上から駆け下りてきます。


「メディナ!! 違うんだ! 俺を捨てないでくれ!!」


 そう言って涙目で私をしっかりと抱きしめた殿下。私は彼の体温を感じながら、自分でも気づかぬうちに張り詰めていた緊張がふっと解けるのを感じます。そこに陛下の声が頭上から降りかかりました。


「ははは。それは勘弁してやれ。ジェラルドの評判は守られても、身体と心に酷い傷がつく」



 ★



 殿下と私は特別に夜会を中座する許可を頂きました。あの場に私達と将軍が残れば、皆様夜会を楽しむどころではなくなってしまいますものね。


 今は殿下の私室で長椅子に並んで……というか、半分抱き合うような形で腰かけているのですが、甘い雰囲気とは言い難い状況です。殿下が私の肩に頭を乗せてめそめそと泣き続けるので、肩がぐっしょりと濡れて冷たいですわ。このままでは風邪をひいてしまうかもしれません。


「殿下、顔を上げてくださいまし」

「ううっ、メディナ……すまない。俺を捨てないでくれ……」

「まあなんてこと。捨てるだなんて。あ、でも」


 先ほど少しだけイラっとしたことを思い出してしまいましたわ。


「何故私が隣国の王子殿下に口説かれたと信じてしまわれましたの? あれは煙幕だとご存知だったでしょう?」

「だって君は世界一の美人だし、隣国との交渉口になれるほど頭もいいし、自分の考えもしっかり持ってて魅力的だから! どんな男でも夢中になると思ったんだよ……それに」

「それに?」


 私が彼を真正面から見つめると、殿下の目からみるみる涙が溢れてきました。


「その噂を信じた将軍が『メディナ嬢は隣国と通じている。逮捕して拷問で口を割らせる』って言うから……」

「ああ……私を守るために?」

「隣国との共同事業の条約が纏まるまで時間を稼ごうと思って、メディナとの婚約を破棄してヘレニアを王子妃に据えるため、夜会で発表すると将軍に提案したんだ」

「まあ。それであんなことを」

「ごめん。こんな方法しか取れない情けない俺でごめん……」

「いいえ、今考えると最良の方法だったと思いますわ」


 あの、婚約破棄の理由を訊ねた時。殿下はあくまでも自分が愚かな王子だからというスタンスを崩さず、私に非が無いように立ち回ろうとしてくださった。もしも条約の締結や陛下と王妃殿下の「話し合い」が間に合わず本当に婚約破棄になったとしても、私の評判に傷がつかないように。……まあ、一部やりすぎて私を褒める形になったのはご愛敬だけれど。


 でもそのご愛敬が私は好きなの。優しくて優しくて、優しすぎる殿下。ハッキリとキツい物言いをする私とは正反対の殿下。私を守る為に自分の評判を落とそうとまでしてくださった、心の芯は実はとてもお強い殿下。

 私も、この人の為なら……この人が将来王となるこの国の為なら、隣国の王子に身を差し出してもかまわないと本気で思っていたのよ。でもそうならなくて、今もジェラルド殿下のお傍に居られて本当に良かった。


「愛しています。殿下」

「俺も、愛している。メディナ……」


 こんな時にも可愛げのない私は、横目でチラリと壁際を見ました。そこに控えていた侍従や護衛は皆、目を逸らしてこちらを見ないように気遣ってくれています。

 私は安心して彼と唇を重ねました。



――――――――――――――――――――

【後書き】


 ナックルダスターは「メリケンサック」とも呼ばれます。または略して「ナックル」とも。

 メディナは秘密の命を受けて動いている以上、少々の荒事もあるかと思い(王妃や将軍の妨害工作)、鋳造技術の確認を兼ねて特注のナックルダスターを隣国に注文しました。

 そして、それを使うための格闘技も少々自宅で訓練していました。しかし本業の兵士達に囲まれてしまうのでは流石に太刀打ちできないと判断し、逃げようとしたわけです。


 ナックルダスターが黄金色なのは、単にメディナの趣味です(* ´艸`)


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殿下が婚約破棄したいならば、金の拳(ゴールドナックル)で殴りつけて差し上げますが 黒星★チーコ @krbsc-k

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