殿下が婚約破棄したいならば、金の拳(ゴールドナックル)で殴りつけて差し上げますが
黒星★チーコ
✨💍✨前編
「めめめ、メディナ! お前との婚約を破棄し、おっ俺はこのヘレニアを妻とする!」
それは、王家主催の夜会での出来事。
私はジェラルド殿下の婚約者として正式な招待を受けておきながら、その殿下に壇上からこのようなセリフを突き付けられたのでした。突然の出来事、そしてあまりにも酷い仕打ちに夜会の招待客はざわめき、私達をみつめています。
衆人環視の真っただ中、私は悲劇のヒロインよろしくその場に
……なぁんて、ね。こんな可愛げのないことを考える私は当然どちらもせず、表情一つ崩すことさえも致しませんでした。ま、実は婚約破棄の件は薄々気づいていたから、というのもあります。さて、このことを知っているのは私を含め何人かしら。
ジェラルド殿下にこれを提案……というか、婚約破棄をするように強要した将軍。その娘であり、今まさに殿下に腕を絡め、勝ち誇った表情をしているヘレニア様。あとは私が気に入らなくて裏で将軍に助力している王妃様もご存知よね。
でも。その筋書きを私が無理やり書き換えようと考えているのを彼らは知らない。私はドレスの隠しポケットにそっと手を入れ、中に潜ませていたものに指先で触れました。冷たく、固く、ずっしりとしたそれは、触れるだけで私に心の落ち着きを与えてくれる素晴らしい黄金の指輪。
私はにこりと余裕の笑みを見せてジェラルド殿下に語りかけます。
「殿下、なにゆえにそのような事をおっしゃるのですか?」
「お前は俺に相応しくないからだ!」
「まあ、それはそれは……。殿下のお言葉に逆らうつもりは毛頭ございませんが、どのあたりが相応しくないのか、後学のためにお伺いしても?」
「お、お前は顔が良くない!」
私の「あら」という言葉と同時に夜会の会場からざわりと声が上がります。これでも私、顔の美しさとお金儲けの手腕だけならこの国の女性の中でもトップクラスだという自負があったのですが。
「まあ、そうですの。殿下は私よりもヘレニア様のお顔が好みでいらしたんですね?」
「そっそれは違う……お前はこの国で……いや世界で一番の美人だ!」
「あら」
また周りからざわめきの声が聞こえました。最初は得意気だったヘレニア様の表情が、殿下のお言葉で不思議そうに、やがて怪訝なものに変わっていきます。
「お前の美貌は男なら誰でも惹き付けられるし、女なら多くがお前に嫉妬する。そんな美女を妃にすれば無用なトラブルの元だからだ!」
「あらまあ。褒められているのか貶されているのかわかりませんわ」
夜会のざわめきはおさまるどころか益々大きくなってきました。ヘレニア様は遠回しに「トラブルの起き得ない普通顔」と言われたことで、いたくプライドが傷つかれたご様子ですが大丈夫でしょうか。
「しかしながら殿下。お言葉ではございますが、それだけが理由なら私の顔をベール等で隠すという方法もございますわ。本当は他に理由がおありなのでしょう?」
「ぐっ……メディナの父親はやり手だが元をただせば平民の商人だ。確かに母親は貴族階級だが、代々将軍を務めてきたヘレニアの家とは家格が……チ、チガウカラ……」
あらあら殿下、最後が棒読みになっていらしてよ。もしかしてそれ、将軍の用意したセリフなのかしら?
「それは確かに仰る通りですわね。けれども。私と殿下の婚約は他ならぬ国王陛下が決められたこと。私の父の財力と、領地から産出する
へたに敵対するよりは王家に取り込んで利用した方がずっと良いですものね。勿論国王陛下は取り込んだ虫を放置するような獅子ではないけれど。
「その陛下の命を無視してまで婚約破棄をなさりたいという理由には、今の説明では少々足りない気が致しますわ……ああ!」
私は敢えて笑みを作りました。周りから思わず「ほう」と溜め息が漏れるような、とびきり魅惑的な笑みを。そしてその笑みを彼に見せつけながらこう言ってみたのです。
「わかりましたわ! 私のこういう生意気でペラペラお喋りなところがお嫌いなのでしょう? 男性は自分の母親のような女性に惹かれると言いますし、王妃殿下のように淑やかで口数の少ない方がよろしいのですね?」
「は……」
目を見開き、ごくりと唾を呑むのがわかるほど喉を上下させるジェラルド殿下。私はその姿を愛おしく見つめます。さあ、なんてお答えになるのかしら。
「……そ、そうだそうだ! 今の時代、女も黙らずはっきりと自分の考えを主張した方が良いという意見も徐々に出ている。メディナはその見本のように賢く素晴らしい女性だ……」
あらまあ。殿下ったらまた私を褒め始めましたわ。
「だっ、だが! 俺は自分の考えも持たずただ黙って男に従う女の方がいいのだ!」
「まあ。それならば私ではなくヘレニア様を選ぶのはピッタリですわね」
「くっ……」
私がスパッと返したので、何かを言いたかったご様子のヘレニア様が悔しそうに口を噤みます。でもそんなに怖いお顔をしてわなわなと震えては、淑やかさで選ばれたという説得力が減ってしまいますわ。ほら、周りの人々がまたざわめいてきましたもの。「えっ」「本当に……?」「これはおかしいぞ」というささやき声まで聞こえましてよ。
「それでは私は失礼致しますわ。婚約破棄のお話については、また日を改めて正式に」
「あ、ああ……」
私は丁寧にお辞儀をして夜会の場を去ろうと致します。ところが。
「ちょっと待った。メディナ嬢を帰すわけにはいかんな!」
将軍が直属の兵士を数人連れて現れます。きっとこれも彼の筋書きのうちと言うことですわね。でもよく見ると顔にピクピクと青筋が浮いて余裕がなさげなのは、将軍の娘が「自分の意見もろくに言えない普通顔の女」と皆の前で言われたことに対する怒りでしょうか。
「あらまあ、どうしてですの?」
「メディナ嬢と君の家には、この国を裏切った疑惑があるからだ」
「まあ、それは誤解ですわ……」
私は余裕で美しい笑みを見せますが、彼らには通用しません。通用しないのは別に良いけれど、何でも暴力でねじ伏せようとするのは野蛮で嫌だわ。
「こちらは知っているんだぞ。隣国の王子が密かに君の家を訪れたことをな!」
「将軍! 約束が違うぞ!! メディナには手を出さない筈だ!」
ジェラルド殿下の悲痛な声が入りますが、将軍は態度を改めないようです。あらあら「約束」ですって。それで婚約破棄に? でもまずは誤解を解いて差し上げないとね。
「将軍、確かに隣国の高貴な方が私どもの領地にお越しくださったことは事実です。ですが、それはあくまでも商売のためで、我が領地の
「では何故秘密裏にことを運ぶ? 隣国はこちらに攻め入るという噂もあったではないか! それに……」
将軍は勝ち誇った様子で高らかに宣言しました。
「メディナ嬢、お前は隣国の王子から口説かれ、金の指輪を贈られたそうだな!! この国を売り、隣国の王子の妻の座に収まるつもりだったのだろう!?」
夜会の会場からは大きなどよめきが起きました。私はジェラルド殿下をチラリと見ますが、悲しそうな顔をするばかりで動揺は無いようです。つまり、これも将軍から事前に聞かされていたということですね。でもそれを信じてしまわれるなんて……まったく。私、少しイラッとしましてよ。
「将軍、それこそ誤解ですわ! 商売だと言ったでしょう。私は金の指輪を隣国から正当な価格で買ったのです!」
「ははは、金の指輪などどこでも売っているではないか! 美貌と口の上手さがご自慢だったメディナ嬢も、窮地に陥れば稚拙な言い訳しかできないようだ。……やれ!」
将軍の後ろに控えていた兵士が前に出て、私を囲もうとします。流石に屈強な男数人相手では抵抗も難しいでしょう。私は将軍を見据えたまま、出口に向かい後退りをします。
巻き添えを恐れた招待客が「きゃあ」と声を出して自ら距離を取ってくれるので、スカートの裾捌きさえ気を付ければ距離は稼げる筈、と考えた途端、背中がドンと分厚いものにぶつかります。見上げるとそれは近衛兵の身体でした。
「よくやった、捕らえろ!」
「メディナを離せ! 俺の命令だ!」
将軍とジェラルド殿下が同時に叫びました。
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