【カクヨムコンテスト10 短編】バラ色の人生

おひとりキャラバン隊

バラ色の人生

「なぁ、友恵ともえ。バラ色の人生って、どんな人生だと思う?」


健治けんじさん、突然どうしたの? そんな事訊いてきて」


 結婚して3年。私と健治はそれなりに幸せな結婚生活ができていると思っていた。


 まだ子供を授かる事はできていないけど、二人でもそれなりに幸せだと思っていただけに、健治がそんな質問をしてきた事に、私は少し戸惑いを感じていた。


 健治は今年で35歳。中堅企業で課長をしている。

 給与は年収560万円。決して裕福では無いけれど、貧しい生活とは思っていない。


 私は今年で29歳、近所のスーパーでレジ打ちのパートをしている。

 給与は勤務日数によるけど、平均すると月に18万円程度。年収にすれば220万円位になる。


 世帯年収が780万円くらいある家庭は、今の時代では「高収入」な方だ。

 しかも子供が居ないので、子育てにお金がかかる事も無い。


 家賃12万円の2LDKの賃貸マンションに住み、コンパクトカーを所有しているので、時々ドライブなんかにも連れて行ってもらえるし、お弁当を作って少し大きな公園で2人でピクニックをするだけでも、私は幸せだと思っていた。


 でも、それが「バラ色の人生」かと問われれば、そうではない様な気もする。


「いや、昨日会社の帰りにさ、電車の中の吊り広告をなんとなく見てたんだけど、その中に『宝くじを当てて、バラ色の人生!』みたいな事が書いてあったんだよ」


「あ~、宝くじね。年末ジャンボとかも、宝くじ売り場が盛り上がってたよね」


「うん。でさ、仮に宝くじが当たって6億円とかが入ったとして……」


「当たったとして?」


「で、バラ色の人生になるっていうのがよく解らないっていうか……」


「なるほどね。お金の心配をしなくて済む人生ってだけで、バラ色の人生かって問われると、確かにそれは違うかもってなるかもしれないわね」


「だろ? もしお金の心配が無い人生をバラ色人生って呼ぶんだとすると、毎月お金の事を細かく計算して、欲しいものを我慢して節約してって生活は、一体何色人生なんだよって話になるじゃん?」


「あ~、まあ、そうかも」


「でも、仮にお金の心配が無くなって、欲しいものが買えるんだとしても、それだけでバラ色人生って言えると思う?」


「う~ん、それは言えない気がするわね」


「例えば、豪華な家に住んで、高級車に乗って、高級ブランドの服に身を包む事がバラ色かっていうと、俺は違う気がするんだよね」


「まあ、そうかもね。周りの妬みを買うか、お金目当ての人が周りに寄ってきて、ロクな事にならない気しかしないわ」


「だよな。つまり、宝くじが当たってバラ色の人生になる人ってさ、贅沢する事でしか幸せを感じられない、可哀相な人のことなんじゃないかとも思えて来るんだよ」


「お金があるんなら、その範囲で贅沢するのが悪い事だとは思わないけど、やっぱそれって、苦労して稼いだお金でする贅沢だから満喫できるんであって、宝くじで得たお金で贅沢しても、それほど満喫できる気がしないのは確かね」


「だよな。俺達が結婚して、自宅にも少しずつ家具が増えてきたけど、この家具を一つ買うのだって、二人で一緒に厳選して買ったから大切に使える気がするし」


「確かに」


「となると、俺達が思う『バラ色人生』って、どんな人生の事なんだろうって思わない?」


「うん。確かに……」


 健治の言いたい事は分かる。


 私たちの今の生活がバラ色かと問われれば「NO」と答えるだろうけど、では、何があれば「バラ色人生か」と問われれば、その答えに窮する自分がいる訳で……。


「毎日仕事であくせく働いて、給料を貰っても半分近くが税金や保険で取られて、俺達は二人で今は何とかできてるかも知れないけど、将来は年金じゃ生活できない事が分かり切っているし、老後の事を考えると、到底安心なんかできないじゃん?」


「健治、なんだか今日はネガティブだね。ちょっと疲れてるんじゃない?」


「例えば、死んで天国に行けばお花畑の中で過ごせるみたいな話を、どこかの怪しげな宗教の勧誘の人が言ってたよね」


 健治さんが私の言葉に被せる様に、そんな事を言いだした。


「ああ~、そう言えばそんな人いたね~」

 と言いながら健治さんの顔を見ると、いつもの健治さんとは思えない様な血走った目をしてこちらを見ていた。


「もしかしたらさ、バラ色の人生って、死後の世界の事なんじゃないかって思うんだよ」


「ど……、どうしたの? 健治さん、なんかちょっとおかしいよ?」


「うん、おかしいよね。今までの僕はそんな事ある訳無いって思ってたし」

 そう言いながら健治さんは、ソファの背もたれに掛けてあったバスタオルを取り上げると、両手でねじってロープ状にしていく。


「健治さん……?」


 何の冗談なのか、ドッキリでも仕掛けられているのか、どこかにカメラでも仕掛けられているんじゃないのか……


 そんな考えが頭を巡り、視線を周囲にグルリと巡らせたのが悪かった。


 健治さんは手に持ったタオルをすばやく私の首に巻き付け、力いっぱい締め上げだしたのだ。


「ぐっ!」


 私は喉に圧迫感を感じ、息が詰まるのを感じた。


「友恵、ごめんな! このままじゃ俺はお前を幸せに出来ないんだ! 俺もすぐに行くから、あの世で幸せになろう!」


(何!? 何でこうなったの!? 苦しい! 息が出来ない!)


 私は必死にもがき、手足を力いっぱい動かしたが、四肢は空を切るばかりでどうにもならなかった。


(苦しい……、もうダメ……)


「はっ!!!」

 と私はソファから身を起こした。


 額に汗をかいて、前髪が貼りついているのが分かる。


 周囲を見渡してみたが誰も居ない。


「……夢?」


 右手で自分の首元を探ってみると、ねじれたバスタオルが巻かれている。


「……夢じゃ、無い?」


 リビングの電気は消えていて、どこかで水滴がポタポタ落ちる音が聞こえる。


(さっきのは一体……)


 首に巻かれたタオルをソファに投げ捨てると、私は水音が聞こえる浴室の方に向かった。


 浴室の電気を点けると、私の視線は、お湯が張られた浴槽に突っ伏す様にしている健治さんの姿に釘付けになった。


「健治さん!?」


 健治さんが絶命しているのはすぐに分かった。


 浴室の床には肉切り包丁が落ちており、健治さんの首筋には大きな切り傷がある。

 そこから流れ出た血が、浴槽に張られた湯を真っ赤に染めていたからだ。


「そんな……!」


 私はその場でくずおれる様に座り込むと、目眩がして気を失いそうになる自分の意識を何とか保とうと、両手で自分の頬をパチンと叩き、すぐに健治さんの身体を浴室の床に寝かせ、洗面所にあるタオルで健治さんの首筋の止血をしようと試みた。


 しかしタオルはすぐに真っ赤に染まり、簡単に止血できそうにない。


「そうだ、救急車!」


 私は這う様にしてリビングに戻り、スマートフォンで救急車を呼んだ。


「火事ですか? 救急ですか?」


 電話の向こうで消防署のオペレーターが話す声が、どこか遠くから聞こえる声の様に感じた。


「救急です。主人が……」


「住所を教えてもらえますか?」


「あ、ええと、東京都江東区の……」


 私はうまく住所を伝えられただろうか。

 電話が切れた後にフラフラと立ち上がり、もう一度浴室に向かったが、そこには健治さんが血に染まったタオルを首元に乗せた状態のまま、顔色が真っ白になっているが見えた。


(一体、どうして……)


 そして、どこか遠くから微かに救急車のサイレンが聞こえて来るのを感じながら、真っ赤に染まった浴槽の湯をぼんやりと眺めていた。


薔薇ばら色……)


 これがバラ色の人生だとでも言いたかったのだろうか。


「そんな訳が……」


(そんな訳無い! そんな筈無い!)


 そう叫びたかったけど、うまく声が出せなかった。


 しばらくして、玄関のチャイムが鳴った。


 私が玄関扉を開けると、ストレッチャーを引いた消防署の人が2人立っており、私は浴室に案内した。


「出血がひどい! 心肺停止状態だ!」


 そんな声をぼんやりと聞きながら私は、ダイニングテーブルの上に置かれた健治さんが勤める会社の封筒がある事に気付いた。


 消防署員が健治さんを載せたストレッチャーをエレベーターで運ぶ姿を横目に、封筒の中身に入っている紙を見てみる事にした。


 それは、解雇通知だった。


「奥さん! 今から旦那さんを病院に運びます! 搬送先が決まったら連絡しますので、連絡先を教えてもらえますか?」


 消防署員の一人が私に何かを訊いている。


 私は無意識に何かを答えていたと思うが、一体何を答えたのだろうか。


 頭がクラクラして自分が何をしているのか分からない。


 ただ解雇通知の紙に、さっき健治さんの止血をしようとした時に手に付いた血が、ゆっくりと沁み込んでいくだけが見えたのだった……

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