エピローグ

月明かりが静かな夜の森を照らしていた。木々の隙間から差し込むその淡い光は、まるで時が止まったかのように、世界を優しく包み込んでいる。屋敷の呪縛から解放された俺は、荒れた息を整えながら小さな丘の上に腰を下ろし、しばらく動けなかった。周囲には何の音もなく、ただ静けさだけが広がっている。今までの激しい戦いの後のこの静寂が、どこか空虚に感じられた。


自分の手をじっと見つめてみる。鬼と狼使いを退け、屋敷を脱出して自由を手に入れたはずなのに、心の中にはどこか満たされない感覚が残っていた。それは、身体の疲れではなく、精神的な虚無感だった。屋敷の呪縛を解いたはずなのに、心の中にはぽっかりと穴が空いたような、埋めきれない空虚さが広がっていた。


「父さん、母さん……」


その名前を呟くと、彼らの姿が鮮明に脳裏に浮かんだ。記憶の中で、必死に俺を守ろうとしてくれた父と母の姿が蘇る。二人は命を懸けて、俺に生きるチャンスを与えてくれた。しかし、彼らの死後、俺はそのチャンスをどう生かすべきなのか、まだ答えを見つけられずにいる。その問いが、心の中で深く鳴り響いていた。


「どう生きればいいんだろう?」


胸が締め付けられるような痛みを感じながら、俺は目を閉じて深く息を吐いた。父と母が命を懸けて守り、託してくれた未来。その未来をどう生きるかが、今の俺に課せられた最大の問題だった。自由を手に入れたものの、その自由に対する責任を果たさなければならない。


その時、ふと風が吹き抜けた。冷たい夜風が、静かな森を渡って俺のもとへとやってきた。その風はまるで誰かの手が背中を押すような、優しく、そして力強い感触を感じさせた。


「お前は生き延びろ。」


父の声が耳の奥で響く。まるで今、俺の背中に手を置いて、再び生きる力を与えてくれるようだった。父の言葉には、「ただ生きるだけではなく、自分の力で未来を切り開け」という強い意志が込められていると感じた。それは、単なる生存を超え、命をどう使うか、どんな人生を歩むかという問いかけでもあった。


「俺は……」


ゆっくりと立ち上がり、視線を前に向けた。屋敷を脱したとはいえ、すべてが終わったわけではない。鬼の力が完全に消えたのか、他にも彼らの影響が残っているのか、何もわからない。だからこそ、これからの道のりは不確かで、前に進むには覚悟が必要だった。しかし、今の自分にはその覚悟がある。迷わず進むことができるという確信が、心の中に静かに燃えていた。


「今度は俺が守る番だ。」


両親が守り抜いたものを引き継ぎ、今度は俺が誰かを守る番だ。俺が生きることで、誰かに力を与えることができるなら、それが父と母の命を無駄にしないことだと確信した。その思いが、心の中で確かな炎となって燃え上がった。これからの自分の道を切り開くために、今一度立ち上がらなければならない。


夜空を見上げると、無数の星々が静かに輝いていた。その星々の光は、まるで俺を導いているかのように優しく輝いているように感じた。星たちの光に包まれながら、俺はその光が新しい未来へと続いていることを感じ取った。


足元には新しい旅路が広がっている。この先、どんな困難が待ち受けていようとも、俺はもう恐れることはない。過去を乗り越えた自分がいるのだから、もう一歩踏み出すことができる。どんな未来が待っていようとも、それを選ぶ力が俺にはある。


そして俺は、星の下を歩き始めた。




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幻影の追跡 影守 燈 @m-k_21

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