砂は深紅に染まりて

流城承太郎

砂は深紅に染まりて

戦争が好きだ。


砂塵煙る戦場でパツと散る血飛沫の薔薇が好きだ。


鋭い刃先を逞しき胸筋に突き刺したときくうに舞う、真っ赤な花弁が好きだ。


隆々たる首筋に武骨なやいばを喰い込ませ、天高くこうべを跳ね飛ばしたとき咲く見事な大輪が好きだ。


戦争なきシャーの治世などつまらぬ。


くだらぬ。


何が平和だ。


お前達は知らぬのだ。本当の美を。


知るのは戦場を駆けた者だけだ。


何が平等だ。


お前達は知らぬのだ。本当の美を。


知るのは戦場を生きた者だけだ。


勝者だけだ。



故に剣闘士を始めた。


だがくだらぬ。



広大な闘技場の中央に独り立ち、両腕を上げた。


神聖なる剣と盾を天へと掲げた。


『 『 『 『ムジャーヒド!』 』 』 』


『 『 『 『 エファーラ! 』 』 』 』


『 『 『 『 エファーラ! 』 』 』 』


万雷なる歓声が地響きの如く大地を揺らす。


『 『 『 『ムジャーヒド!』 』 』 』


『 『 『 『 エファーラ! 』 』 』 』


『 『 『 『 エファーラ! 』 』 』 』


風砂舞う円形闘技場の群衆が流血を欲す。


『 『 『 『ムジャーヒド!』 』 』 』


『 『 『 『 エファーラ! 』 』 』 』


『 『 『 『 エファーラ! 』 』 』 』


灼熱の太陽と人熱ひといきれが砂の大地を焼き焦がす。


鉄柵が上げられ、一匹の蜥蜴族サハリアットの戦奴が入場して来る。

直立する獣の体表を覆う翡翠ひすい色の鱗が、日差しに反射して煌めく。

左手に剣。右手に盾を携えて居る。

蜥蜴族はみな、左利きだと云う。


『 『 『 『ムジャーヒド!』 』 』 』


『 『 『 『 エファーラ! 』 』 』 』


『 『 『 『 エファーラ! 』 』 』 』


万雷なる歓声が地響きの如く大地を揺らす。


蜥蜴とかげは太い尻尾を左右に振りながら、緩徐な足取りで此方こなたへ向かって来る。


怯えはない。


よろしい。


『 『 『 『ムジャーヒド!』 』 』 』


『 『 『 『 エファーラ! 』 』 』 』


『 『 『 『 エファーラ! 』 』 』 』


風砂舞う円形闘技場の群衆が流血を欲す。


蜥蜴は盾を上げ、間合いを詰めて来る。


堅実である。


構えた盾を潰すように横から剣で薙ぐ。

蜥蜴の構えが崩れた。

逆に隙を突き、蜥蜴が剣先を此方へ突き出す。


防御を捨てるか。


よかろう。


剣を上げ、盾を突き出し剣を右へと逸らす。

蜥蜴族との戦いは円を描かない。

右手と左手、お互いの武器が同じ側に在る。

鏡の中の己と戦うことに成る。


激突。


盾と盾、剣と剣が正面からぶつかり合う。

守りと守り、隙と隙。

必然、正面から隙を狙うことに成る。


力が同じならば、だ。


盾で押し込み、右手の剣を振り上げる。

蜥蜴の上げた剣を剣で圧殺し、さらに粉砕する。

蜥蜴の肩から濃緑色の血液が飛んだ。


くだらぬ。


本物の花を見たのは一度きりだ。


幼き頃。


遥か北の戦場へ赴いた父が寄こした。


帰らぬ父が最後に母へと送った一輪の赤い花。


深紅の薔薇。


この不毛の大地では二度と見ること叶わぬ。


『 『 『 『ムジャーヒド!』 』 』 』


『 『 『 『 エファーラ! 』 』 』 』


『 『 『 『 エファーラ! 』 』 』 』


万雷なる歓声が地響きの如く大地を揺らす。


再度、剣を振り上げ、空いた蜥蜴の頭へと打ち下ろす。

緑の脳漿のうしょうが、乾いた大地へ飛び散った。


くだらぬ。


嗚呼、あれをもう一度見たいのだ。


もはや戦場でしか見ることが叶わぬあの花を。


『 『 『 『ムジャーヒド!』 』 』 』


『 『 『 『ムジャーヒド!』 』 』 』


『 『 『 『ムジャーヒド!』 』 』 』


天高く剣を差し上げ、声援に応える。

剣闘士の務め成れば。



その時。

鉄柵が押し破られた。

ドッと蜥蜴兵がなだれ込んで来る。

同時に、階段から観覧席へも無数の蜥蜴兵が押し寄せる。

歓声が悲鳴へと変わった。


蜥蜴どもが地下から這い上がって来たか。


地下には蜥蜴族の古代遺跡がのこって居る。

闘技場は遺跡を封鎖するように、その真上に建造された。

砂漠の地下に居を構える蜥蜴族の都市と遺跡には、今もつながりがあったのだろう。


落日かも知れぬ。


弱きシャーの兵に何ができようか。


来るかも知れぬ。


来ぬかも知れぬ。


よかろう。


此処は預かろう。


武器棚へと駆け、盾を捨て、剣を置く。

二本の戦斧を取る。

一対ではない。二本の大斧だ。


振り返って闘技場を見渡せば、四方の門扉から蜥蜴兵の群れがやって来るのが見える。

弓を構える敵影は見えない。


ならば存分に愉しめよう。


両手に戦斧を構え、蜥蜴の群れを待ち構える。

先陣を切った蜥蜴兵が右から、左から躍りかかって来る。

一匹目の肩を削ぎ落とし、二匹目は盾ごと胴を薙ぎ払う。


三匹、四匹、五匹、六匹目。

蜥蜴兵は次々と襲来を続けて来る。

嵐に吹き荒れる砂塵のように。


遊ぶいとまなどない。

すべてを一撃でほふる。

剣闘興行とは違うのだ。


七匹、八匹、九匹、十匹。

戦斧で受け、戦斧で斬り裂く。

蜥蜴の死骸が積み上がり、砂塵に覆われた大地は濃緑色の池と成った。


よろしい。


これが戦場だ。


だがまだ足らぬ。


逃げ惑う群衆が、殺到する蜥蜴兵に切り刻まれて居る。

押し寄せる蜥蜴たちに押し出され、闘技場に落ちて来る。

蜥蜴の群れに呑み込まれ、人がかれて逝く。


三十六匹、三十七匹目――。

数えるのもめた頃、蜥蜴兵の間を割って、ひときわ巨大な蜥蜴が姿を見せた。

黄金の鎧兜を身に着けて居る。


優に人の倍を超える体躯。


胸には太陽に絡みつく蜥蜴の尾の紋章。


蜥蜴族の王。


蜥蜴王は手にした巨大な槍を空高く掲げたかと思うと、地面に突き立てた。

地面を叩く音が轟き、闘技場に響く。

乾いた熱波が頬を殴りつけた。


喧騒が一瞬にして静まり返った。

獰猛どうもうな蜥蜴族の息遣いも群衆の悲鳴も、ただ耳鳴りのように遠のく。

周囲にいた蜥蜴兵たちが後退りして、蜥蜴王への道を開ける。


よろしい。


相手に不足なし。


大斧を左右に構え、花道を進む。

蜥蜴王は背に帯びた大剣グレートソードを引き抜き、両手で構える。

緩慢に見えて洗練された動作である。


静まり返った闘技場。

誰もが動きを止め、固唾を飲んで闘技場の中央を見つめて居た。


蜥蜴王と睨み合う。

灼熱の太陽が肌を焦がしていく。


静寂を打ち破り、蜥蜴王が咆哮ほうこうを上げた。

闘技場をつんざ大音声だいおんじょうが、鼓膜を震わす。


反響が鳴り止まぬうち、蜥蜴王は左足から一歩踏み出すと、大剣を左肩から振り下ろして来た。


真っ向勝負の斬撃。


よかろう。


大地を蹴る。

幾ばくかの砂を舞い上げ、蜥蜴王の懐に跳び込む。

右の斧を蜥蜴王の左腕に打ち込み、左の斧で正面を斬り付ける。


蜥蜴王は上半身を反らした。

正面に斬り付けた斧はその顎をかすると、黄金の胸鎧をえぐった。

太陽の紋章が二つに裂ける。


蜥蜴の尻尾が左側から飛んで来た。


蜥蜴族独特の闘法。


尻尾の先にはやはり黄金の装身具が付いている。

転がってやり過ごすが、寸前、装身具の棘先が左頬を掠った。


勢いで立ち上がり、間を置かず、再度跳び込む。

蜥蜴王が降ろしたままの大剣を踏み、楔となった斧を踏み、諸手で斧を王のくびへ打ち込む。

濃緑色の血飛沫が、顔へ跳ね飛んできた。


蜥蜴王が苦悶の声を漏らした。

鉤爪の在る巨大な左手で胴をつかんできた。


頸に打ち込んだ斧をさらに押し込んでやる。

蜥蜴王はきつく胴を締め上げてくる。


楔とした斧に右脚を掛け、左足を蜥蜴王の鎖骨に置いて、さらに斧を押し込んでやる。

蜥蜴王は引き剥がそうとする。

胴に爪が食い込んできた。


離さぬ。


決して、斧を掴んだ手を離すことはしない。

蜥蜴王の握力で、胴が締まっていく。

蜥蜴王が引き剥がそうとする力で、益々、頸に刺さった斧が食い込んでいく。


らねばならぬ。


ガッと音がして、大斧が蜥蜴王の骨を折った。

胴を絞ってくる力が抜けた。

残った力を振り絞り、斧を振り抜く。


蜥蜴王の首が飛んだ。


全身から力を喪った蜥蜴王は、仰向けにたおれた。


蜥蜴王の手の中に居るまま、青天を見上げる。


日差しは変わらず強く、大地の砂は熱い。


だがもはやその全身の感覚も喪われて逝く。

空が白んで行く。


寒い。


夜の砂漠のように体が冷えて逝く。

身体が濡れたようで、脇へ眼をやる。

蜥蜴王の尖った爪先が刺さって、深紅の花びらが零れ落ちている。


ただ見ていた。


砂が染まっていく様を。


かつて見たあの薔薇色に。




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