My Happy Diary
@tatti-nana
私の思い出
リリリリリリ…リリリリリリ…
一気に目が覚める。だんだんとクリアになっていく視界の感覚を感じながら、そのままじっと天井を見つめる。部屋に時計のカチ、コチ、カチ、コチ、という音だけが響き渡る。そのまま少しぼーっとしていると、
「結ー!早く起きなさい!遅刻するわよー!」
扉の外から元気はつらつとした声が聞こえてきた。それに「うーん」と短く答えると、パタパタと小走りでリビングに戻る音が聞こえる。その音を聞き、私はベッドからゆっくりとはい上がる。リビングに行くと、寝起きの雰囲気をまとった私とは違い、リビングの空気はすっきりしていた。
「結、おはよう」
「うーん、おはよう」
大きく伸びをし、眠気を一気に吹き飛ばす。
「今日の朝ご飯は結の一番好きな食べ物、ホットケーキよ。ほら、早く準備しておいで」
「ほんとに?やったー!急いで準備してくるね!」
いつものように言葉を交わす。そしたら、顔を洗い、制服に着替える。入学したばかりのころは、パリパリしていた制服も、ずいぶん着慣れたなぁ、なんて考える。身支度を終えると、お母さんが作ってくれたホットケーキを食べる。
「お母さん、さいっこうにおいしいよ!」
「本当?うれしいわ!」
お母さんは私に満面の笑みを見せてくれた。その後、鏡で最後のチェックをしたら、
「いってきまーす!」
「結、お弁当。勉強頑張って。いってらっしゃい!」
「ありがとう。いってきます!」
お母さんのお弁当を受け取り、ドアノブに手をかけ、ドアを開ける。私の住んでいるマンション<よりどころ>の前に止めてある自転車にまたがり、グッと力を入れてこぎ出すと、気持ちのいい風が起こる。六月中旬の蒸しっとした暑さには、この風がこの上なく心地よい。そして、私はいつもの街並みを眺めながら学校に向かう。
こんな感じで、私の朝は始まる。私には父親がいない。私が生まれて三か月。ほかの女を作って家から出ていたらしい。最低だ。だけど、私はお母さんと二人の日々も満足している。お母さんの笑顔は暖かいし、お母さんの料理はおいしい。お母さんの言葉はキラキラしていて、お母さんの存在は、まるで太陽みたいだ。だから、私は今のままでいい。むしろ、どうか、今がいつまでも続いてほしい。
学校につき、教室に向かう。自転車を駐輪場に置き後者に入ると、いつものように生徒がたくさんいて、ざわざわとしていた。人の波をよけて、自分の教室に向かう。この学校には電車と歩きで登校する人が多い。だからあまり、駐輪場に行く人はいない。それに加えて、駐輪場は校舎の扉から少し離れているので、いつもこの空気の違いにはビックリするなぁ、と思いながら歩いていたら、教室についた。教室の扉を開け、自分の席に行き、カバンを置く。すると、
「結、おーはよう!」
「おはよう、紬」
私の親友の紬が声をかけてくる。紬とはこの春、初めて同じクラスになった。紬とは、偶然席が隣だった。私たちはすぐに仲良くなった。紬はリーダーシップとコミュ力が高く、この上なく親切なので、交友関係も広い。だから時々、私なんかが一緒にいてもいいのかと思う時もある。でも、それを紬に話すと、私が一緒にいたいから!と笑顔で言われる。本当にいい子だ。
「ねえ、結、きょう提出のレポートかけた?」
「うん、大変だったよ~」
なんて、紬と会話をしながら、朝の準備をしていく。ホームルームの開始を知らせるチャイムがなり、ホームルームをうける。そんな感じで朝を過ごし、とても長く感じる授業を受ける。昔は、なぜ勉強しないといけないのかと思っていたが、今は必要最低限、生きていくためには、必要なことだと認識している。成長とは怖いものだ。そろそろお腹がグ~と悲鳴を上げ始め、限界だ、というところでやっとお昼の時間になった。
「結、行こ」
「うん、ちょっと待って」
私と紬は一緒に購買へ向かう。といっても、私は別に何か買うわけでもない。私にはお母さんのお弁当がある。だから、紬の付き添いなのだ。紬はいつも、購買で昼ご飯の菓子パンを買う。それは、今日も一緒だった。ふと、紬に聞いてみた。
「ねえ、家からお昼ごはん、持ってきたりしないの?あんま、菓子パンって体に良くないよ?」
一瞬、沈黙がおとずれた。紬のまとっていた空気が、なんだか少しどんよりした。こんなことはあまりないので、少し焦り、
「ほっ、ほらお母さんに作ってもらったりとかさ、ね?」
と話した。すると、彼女がゆっくりと口を開いた。
「もう、作ってもらえないの」
とても苦しそうな声だった。
そういえば、こんなふうに前もなったことがあった。確かあれは、五月上旬のことだった。紬に放課後に勉強を教えてもらっていた時、紬のおでこに小さな傷が見えたのだ。かなり前にできた、切り傷の痕だった。それが気になり、私はつい聞いてしまった。
「ねえ、そのおでこの傷…」
その瞬間、紬は顔色をさっと変え、おでこを手で覆った。
「見た?」
とても曇った声だった。それから、そのことについては聞かないようにしている。何か紬には人には言えない大きな隠し事があるのだろうか…。
午後の授業は眠いなあ、と思いながら、遅れを取らないよう板書の文字を移す。すると、廊下からコツコツ、というヒールの音がした。俺は校長先生だな、と当たり前のように察する。しかも、何か急いでいるようだ。なんていうことを考えているとガラッ!と教室の扉が一気に開く。焦った顔の校長先生は、教壇に立っていた担任の先生のほうへ一瞬の戸惑いもなく歩いていく。
「こ、校長先生!どうかなさいましたか?」
「大変な事態です!」
担任の先生の顔もだんだんと曇っていく。何かあると察したクラスメイトは黙りこくり、教室は静まり返っている。そして、圧迫した空気がただよっていた。次の瞬間、
「結さん!」
担任の先生に名前を呼ばれた。突然のことにびっくりしてしまい、返事ができなかった。でも、そんなことを先生は気にもとめない。
「結さん、お母さんが…!」
がたっ!と音を立てて、私は椅子から立ち上がった。みんなの視線が私を向く。でもそんなこと気にしてられない。先生の次の言葉を待つ。そして、次に先生の口から放たれた言葉は衝撃のものだった。私はその言葉を信じられなかった。
「結さん、落ち着いて聞いてください…。お母さんが交通事故で…」
その先はあまり覚えていない。まるで、頭を何固いものでたたかれたような、そんな痛みを覚えた。
自分の家のソファーに座り、時計の病身を見つめる。カチ、コチ、カチ、コチ、秒針は止まることなく動き続けている。その音を、ただ、聞いている。もう何日間こんな生活をしただろう。寝て、起きたら冷蔵庫に入っていたものを適当にあさって食べる。学校には行ってない。スマホも見る気になれない。時々スマホの着信音が鳴るが、そんなことを気にしていられない。あの日あの後、おぼろげな記憶だが、先生と一緒に病院に行った。大きな病院だった。その一室に、お母さんはいた。すでに冷たくなっていた。震える手で握ったお母さんの手の冷たさ。あれだけは、今も鮮明に思い出せる。今もそれを思い出すたび、お母さんはいないのだという現実が私の周りにまとわりつく。すごく苦しい…。私は、お母さんの葬式にもいかなかった。お母さんは、きっと天国で怒っているだろう。
ふと、お腹がすいていることに気づいた。なれたように冷蔵庫に向かう。そして中を見るが、それに食べ物はなかった。本当に気が重かったが、外に買い出しに行くことにした。一応、恥ずかしくない格好に着替え、家の外に出る。町は夕方のオレンジに染まっていた。久しぶりに歩いた街の景色に、懐かしさを覚える。そして、そのままコンビニに向かう。買いながら、ずっとこんな生活はよくないなあ。なんとかしなきゃな、とぼんやり思う。そして、会計を終え、公園を出たその時、
「結?」
後ろから、紬の声がした。紬は、袋いっぱいに、カップラーメンや菓子パンを買っていた。でも、そんなことよりあってしまったことがビックリだ。
「えっ、」
「結ー!久しぶり。元気?な、わけないか。ごめん」
「あのっ」
「あっ…。こんなところで話してたら迷惑だよね…。近くの公園でしゃべらない?」
紬は私のことを心配してくれていた。それはわかっていたでも、でも…私の口から出た言葉は
「私の苦しみもわからないくせに、」
だった。
「えっ…。」
紬は戸惑いを隠さなかった。ううん、隠せなかったのだと思う。もう、紬の表情を見ることはできなかった。
「待って…!」
という紬は叫んだが、私は一度も振り返らず、止まらず家に一目散に帰った。
家に帰り扉を開けると、鍵をかける。そのまま、体の力が抜けたようにドアにもたれかかる。
「私、最低だ…」
自分の行動を振り返る。言葉も返さず、最初の一言が、あんなに紬のことを気づつける言葉だったのだ…。もうダメだ、と思ったその時、ポケットに入れていたスマホの着信音が鳴る。久しぶりにスマホを開き、メッセージの送り主を確かめると、それは紬だった。
『明日午後四時、学校の校門まで来てほしい』
そんな言葉だった。私は返信をせず、スマホの電源を切った。
次の日、目が覚めると午前十時だった。今日は土曜日。学校に人はいないだろう。どうしよう、と考えた紬に会いにいったところでうまくしゃべれるのだろうか。もっと険悪なことになってしまったらどうしょう。なら、行かないほうがいいんじゃないのか。でも…。私は結局、行くことに決めた。
午後四時。学校の校門に行くと、すでに紬は来ていた。
「結…。来てくれたんだね」
「…うん。」
一応言葉は返せたものの、紬の目を見ることはできなかった。
「ちょっと移動してもいい?」
紬が私に聞いてきた。
「いいよ。どこに?」
「ちょっとね…」
意味深に紬は答えた。それから私たちは少し歩いた。その間も私たちは会話をしなかった。心臓がこれ以上ないってくらいドキドキしていた。五分ほど歩くと、住宅街の裏にある小さな公園についた。その公園はしっかり管理されてないのか、雑草が生え、遊具はサビているものが多かった。人もいないし、人が通るようなところでもない。
「ここがね、」
紬が口をひらいた。
「私と家族の一番の思い出の場所」
「えっ、それってどういう…」
紬はブランコのほうへと歩き始めた。私もそれについていく。紬がブランコに乗り、ブランコをこぎ始めた。キィ~キィ~という音とともに、ブランコは揺れ続けた。しばらくすると、紬はこぐのをやめた。
「あのね、」
紬が口を開く。
「まずは、ごめん。コンビニであんな態度とっちゃって。結はすごくつらい思いをしたはずなのに…。私が元気づけてあげなきゃって。ごめん!」
紬は必死に謝ってきた。私が悪いのに、あんな態度をとっちゃって、私が嫌な気持ちにさせたはずなのに…。でも、私は言葉を出すことができなかった。紬の次の言葉を聞くまでは。
「あのね、結、私もね、実はお母さんがいないんだ。」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。紬に、お母さんが、いない…!?
「私の話、聞いてくれる?」
私はコクリとうなずいた。そして、紬は話し始めた。
「あれは、小学二年生の雨の日だった。お父さんは仕事だったけどお母さんは仕事が休みだったの。だからあの日、私は、お母さんと一緒に二人で水族館に行っていた。お母さんと一緒にたくさんの生き物を見て、たくさんの食べ物を食べて、たくさん笑った。お土産に水族館に売っていた本のしおりを買ってもらった。私は昔から、本が大好きだったから。…それはね、帰り道でおきた。煽り運転をされたんだ。相手は、焦っている私たちを見て楽しそうにしていた。お母さんは、運転をしながら、警察に電話をしようとした。でも、助手席に乗っていた私は怖くて怖くて、スマホを持っていたお母さんの手を握ろうとした。お母さんが、そんな私に気を取られ、ハンドルの操作を誤ってしまった。雨が降っていたこともあって、車は道をはずれ、ガードレールをつきやぶってちょっとした崖の下に落ちた。そして、お母さんは私をかばって亡くなった」
そこで、紬は話を一回とめた。私は驚きすぎて、言葉も出ない。そんな私を見て、紬はまた話し始めた。
「このおでこの傷はね、その時にできたものなんだ。…お父さんは、お母さんが亡くなってから、私の顔を見なくなった。一日中働いて、帰ってくるのは真夜中。朝は眠っているから話すこともできない。時々仕事を休んでいる日も、私の顔は見ないようにしていた。お母さんは、明るくて、すごく優しい人だった。だから、そんなお母さんを死なせて、私が生きてたことが許せなかったんだろうね。お母さんが私のことをかばわなければ、ううん。私がお母さんの手を握ろうとしなければ、お母さんは生きていたかもしれないのにね。この公園は、よく家族で遊びに来たんだ。今もよくここにきて、思い出してる。昔の楽しかった日々を…」
紬は、とても苦しそうだった。確かに、紬の言う通りかもしれない。紬が手を握ろうとしなければ、紬のお母さんは生きていたのかもしれない。でも、でも…!
「違うよ!」
私の口から出た言葉は、私もビックリするほどに力強かった。
「悪いのは、煽り運転をする奴だよ!紬は悪くない」
「でも、私が、お母さんの手を握ろうとしなければ…。きっと今も天国で私のことを恨んでるよ…!」
ううん。それも違う。
「私は、紬のお母さんじゃないから、わからないけど、絶対紬のお母さんは恨んでなんかない。紬のことをかばったのは、自分の命よりも、何よりも紬のことが大切だったから…!人は、そんな大切じゃないものを、命をかけても守ろうとはしない」
立ち上がり、紬の手を握る。
「それに私は、紬が生きててくれてうれしい…!すごくうれしい…!生きててくれて、ありがとう!」
紬の目から大粒の涙があふれた。そのまま、私たちは抱き合って泣いた。気がすむまで泣いた。泣いて泣いて、気がすんだ頃に私は紬の目を見ていうことができた。
「私ね、お母さんが死んで、すごく悲しかった。現実を受け止めることができたかった。でもね、前を向くよ。お母さんが天国で、安心してくれるように」
だから、お母さん。天国で見ててね。私、頑張るから。
数日後。私はお母さんのお墓参りに行った。お墓の前でお母さんに話しかける。お母さん、天国で幸せに暮らせてるよね?私のこと、ちゃんと見てくれてるよね?そんなことを考えながら、かなり長い時間手を合わせ、家に帰る。今の私の家はお母さんのお母さん、つまり、おばあちゃん家だ。私はこれからそこに住むことになる。心境の変化で慣れないことはたくさんあったけど、何とか紬のおかげで乗り越えることができた。これからも、こんなふうに人の助けを借りて生きていくのだと思う。今を全力で過ごし、悔いがないように生きたい。そして、いつか天国に行ってお母さんに言うんだ。私の幸せな思い出を。
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