ある少年の記録

雪夜

ある少年の記録

お母さんはいつ帰ってくるのかな。

今日で何日たったんだろう。

お母さんは、まだ帰ってこない。


でも、ボクはいい子にして待っているよ。

だって、お母さんが「ここで待っていなさい」って言ったから。

怒られるのは嫌だもんね。


お母さんが最後に出かけた日は、外が暗くなっていて、寒かった気がする。

雪がふるかもってテレビで言ってたっけ。

もし雪がふったら、雪だるまを作ったり、かまくらを作ったりしてみたいな。

あっ。

いっしょに雪遊びしたいって、お母さんに言いそびれちゃった。


お母さんは、大切なお約束があったのかな。

きれいなお洋服を着て、誰かと電話をしながら家を出て行ったから。

「すぐ帰る」って言っていたけれど、いつ帰ってくるんだろう。

まだ帰ってこないのかな。

いそがしいのかな。



昨日はね、風の音がすごくて、少しこわかったんだ。

だから、大好きな友達のくまさんを、ぎゅって抱いて眠ったよ。

家がこわれちゃうかと思ったけれど、どこもこわれてなくてよかった。

だから、安心してね、お母さん。

ボクがこの家を守るから。


あと、家の外からネコの声が聞こえたんだ。

前にボクがネコをひろってきたこと、お母さん覚えてる?

お母さんは、ネコがきらいなこと知らなかったんだ。

あの時は、ほんとうにごめんなさい。

家の外のネコを探しに行きたかったけど、ちゃんとがまんしたよ。

だって、「絶対に外には出ちゃダメ」だからね。

ボクはいい子だから。

お外には出ないよ。

帰ったら、お母さんはきっと、ほめてくれるよね。


お母さん、昨日はお父さんの夢を見たんだ。

ボクとお母さんとお父さんの三人で遊園地に行く夢。

お父さんがいなくなってから、お母さんはたまに違う人みたいになっちゃうことがあるから。

だから、お父さんがいたらいいのになって、そう思ったよ。

そうしたら、もとのお母さんが戻ってきてくれるかもしれないもん。

だけど、お父さんはお空にいっちゃったから、もう帰ってこないんだよね。


でも、大丈夫だよ。

ボクは大丈夫。

お母さんはちゃんと、帰ってきてくれるから。

お母さんがいたら、それで大丈夫。


お母さんが帰ってきたら、ぼくは「お帰り」って言って、だきつくんだ。

お母さん、よろこんでくれるかな。

もしかしたら、前みたいに何かごはんを作ってくれるかもしれない。また、お母さんの作ってくれた料理食べたいな。


=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+


お母さん、どうしよう。

だれかが来たみたい。

お母さんかなって思ったけど、違う。

声が聞こえるけれど、お母さんの声じゃない。知らない人たちだ。


  「ここだね、噂の家」

  「本当に入るの?怖いからやめようよ」

  「夏にピッタリでしょ」

  「ねえ見て。この家ボロボロじゃない?」

  「何年も人が住んでいないと、そうなるもんだって」


お兄さんとお姉さんが5人くらいいる。

カメラを持ちながら、家の中に入ってきた。

あの人たちは悪い人たちなのかな。

こわいよ、助けてお母さん。


あの人たちは、ボクのことを無視するんだ。

「やめてください」って言ったのに、そのまま部屋に入ってきて、ボクとお母さんの写真もふんづけちゃった。


  「中もすごいな。これ、何年放置されてるんだ」

  「なんか、薄気味悪いよ。」

  「この写真って、もしかしてあの事件の犯人と被害者じゃない?」

  「かわいそうだよね。あんなことするなら、なんで生んだんだろう」


ボクは、ちょっとだけ近づいてみた。

みんな笑っているし、もしかしたら優しい人たちなのかもしれない。

だから、お兄さんが持っていたカメラにさわってみた。

そしたら・・・お兄さんがびっくりしてカメラを見つめていた。

どうしたんだろう。

勝手にさわったから、怒ったのかな?


  「おい、カメラが動かなくなった」

  「えー、故障?」

  「幽霊の仕業とか」


ボクは、今度はおもいきってお兄さんの腕にさわってみた。

そうしたら無視をやめてくれるかなって思ったんだ。

でも、そうしたらお兄さんの顔がとっても怖くなった。

お母さんが怒ったときの顔みたい。

ごめんなさい。


  「うわー!」

  「どうしたんだ、タカシ?」

  「今、俺の腕が誰かにつかまれたんだ」

  「冗談だろ?」

  「だから、心霊スポットの探索なんてやめようって言ったじゃん」

  「もう、帰ろうよ」


ひとりのお姉さんが、後ろをむいてドアの方に歩き出した。

ボクは、待って!って言いたくなった。

お母さんをここで一緒に待ってほしい。

この人たちが帰ったら、ぼくはまたひとりぼっちになっちゃう。


だから、お姉さんの手をちょっとひっぱってみた。

本当に軽くひっぱっただけだよ。

ちょっと止まってほしかっただけだったんだ。


  「きゃー!」

  「マリエ、大丈夫か?」

  「誰かが引っ張ったの、本当よ!」

 

お姉さん、転んじゃった。

ひざに赤い色が少し見える。ケガしちゃったのかな。

ごめんなさい。

あやまりたかったけど、みんな急いで玄関に走っていく。


玄関がひらく音がした。

外に出て追いかけようと思ったけど、足がとまる。

「絶対に外には出ちゃダメ」

お母さんとの約束を守らないと。


みんなの声が少しずつ小さくなって、また静かになった。

ボクはまたひとりぼっちになった。

お母さんを待っている間、みんなが遊んでくれると思ったのに。

どうして帰っちゃったんだろう。

ボクは少しだけ泣きそうになったけれど、お母さんに「男の子なのに泣くな」って怒られるから、泣かないでがまんした。


お母さん、はやく帰ってきて。


ボクは床に座って、車のおもちゃを手に取って、床の上でころがしてみた。

でも、つまらない。

お母さんがいないと、何をしてもおもしろくないよ。


玄関のほうを見つめる。

お母さん、まだ帰ってこないの?

早く「ただいま」って言ってほしいよ。ボクは、「おかえり」ってちゃんと笑顔で言えるのに。


だから、お母さん、はやく帰ってきて。

はやく帰ってきてよ。


=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+


【オカルト系心霊雑誌『実録!怪異体験』より】

特集:呪いの家 

投稿者:R.T.


皆さん、心霊スポットに興味はありますか?

僕はこれまで全国の心霊スポットを巡るのが趣味でしたが、今回だけはとても後悔しています。今回訪れた場所、「呪いの家」と呼ばれる廃墟は、僕にとってとても恐ろしい体験となりました。

この家は、幼い子どもが帰らない母親を待ち続けた末に命を落とすという、痛ましい事件の舞台です。それ以来、『子どもの声が聞こえる』『勝手に物が動く』などの怪奇現象が頻発し、「呪いの家」として心霊マニアの間で人気になりました。

今回、僕は大学の友人数人と一緒に、その「呪いの家」を調査することにしました。


家に入ると、中は異様な空気に包まれており、古ぼけた写真が床にちらばり、リビングの壁には大きなシミが広がっていました。

リビングの探索をすすめていると突然、僕が持っていたカメラが動作を停止しました。電池は十分に残っていたはずなのに、ランプが点滅し、操作を受け付けなくなったんです。その異変に戸惑っていると、今度は僕の腕に冷たい感触がありました。まるで小さな手で掴まれるような感覚でしたが、周囲には誰もいません。鳥肌が立ち、叫び出したい気持ちを必死に抑えていました。

身の危険を感じて家を出ようとしている途中で友人の一人が突然転びました。何もない床でつまずいたように見えましたが、彼女は誰かに手を引っ張られたと訴えていました。転んだ際に膝を強打し、血がにじみ出ていましたが、その傷よりも家全体が放つ異様な空気に僕たちは圧倒されていました。

この家の中で起きることには、すべて説明がつきません。外に出た瞬間、後ろに小さな影が見えた気がしましたが、確認する気力もなく、その場を走り去りました。


あの家にいる「何か」は、きっと今も誰かを待っているのでしょう。それが、僕たちに何を伝えたいのかはわかりません。ただ、軽い気持ちで足を踏み入れるべき場所ではないことだけは断言できます。


<編集部注>

編集部の調査によると、この地域では十数年前に小学生男児が母親からの虐待(ネグレクト)によって命を落とすという痛ましい事件が発生していました。

事件当時、この家には母親と息子が二人で暮らしていましたが、母親は息子を頻繁に家に置き去りにし、外出先で恋人と過ごしていたといいます。以前より男児は何度か近隣住民に空腹を訴えることがありましたが、その行為を知った母親は息子を厳しく叱責し、家から出ることを禁じていたとのことです。


この「呪いの家」は、虐待の悲惨さと、それによって失われた幼い命の無念さを象徴する場所として語り継がれています。しかし、現地を訪れることは極めて危険であり、編集部としては決して推奨できません。

また、この悲しい事件で命を落とした少年が、安らかな眠りにつけることを心より祈るとともに、同様の悲劇が二度と繰り返されないことを願ってやみません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ある少年の記録 雪夜 @Yukiyo_

現在ギフトを贈ることはできません

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ