帰る足音

とろり。

1話完結 帰る足音


 私がそれを聞いたのは昔のこと。

 夏に入りかけの少し暑い日、窓は開けっぱなしだから足音が玄関まで聞こえるのだ。ど田舎はそんなものだった。

 私は一人暮らしだからそれは家族の足音ではない。近所のママさんか新聞の勧誘かなんかだろう。

 しかし、玄関の辺りで足音か止まったっきりその先の動きがない。私を訪ねて来たのであれば「すみません」の一言あるだろう。

 仕方なく玄関まで重い腰を上げた。「どなたですか?」と戸を開けるが誰もいない。ここまで来た足音が引き返す足音はまったく聞こえなかった。

 私は居間に戻るとブラウン管テレビに映る漫才に一人で笑っていた。するとまた『ザッザッザ』と足音が聞こえる。庭には砂利を敷いているものだから、その足音ははっきりと輪郭を帯び私の耳に届いた。

 私は再び玄関に向かい戸を開ける。が、そこにはやはり誰もいなかった。蝉の声がじりじりと響いているだけだった。


 ザッザッザ


 ザッザッザ ザッザッザ


 ザッザッザ ザッザッザ ザッザッザ


 居間で寝転がっている私の耳に否応なく聞こえる足音。さっきよりも鮮明な足音だった。

 「どうせ」と団扇で風をあおいでいると、足音が止まった。恐らくはまた玄関の前で止まっているのだろうと推測したが、確かめる気力は失っていた。










 窓からの心地よい風が私の眠りを誘ったのだろう。私はいつの間にか眠っていた。

 目覚めると窓辺には黒猫がひょんと座ってこちらを見ていた。首をかしげるように、ずっと私を見つめていた。

 しかししばらくするとお見合いは破綻したようで、黒猫は去っていった。そしてそのすぐ後にまた『ザッザッザ』と足音が聞こえるのだった。

 やはり玄関で止まる足音。私は戸を開けたままにしてみたのだが…………。それは失敗だった。砂利も無いのに『ザッザッザ』という足音が私の周りを廻るのだ。それはしつこく私に付きまとうようになった。










 49日が終わると不思議と足音は消えた。だが次の日の朝、家の中に大量の足跡が浮かび上がるとまるで意志を持った人のように、しかしそれは消えた足音を追うように無言のまま玄関から出ていった。



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帰る足音 とろり。 @towanosakura

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