千年に一人のイケメンである黒野くんが、私を見つめる理由

雨戸紗羅

黒野くんと私




 三十九人の生徒からなるこのクラスには、一人の有名人がいる。



 それは黒野須直くろのすなお。彼は周囲から「千年に一人のイケメン」と評されるほど顔が良い。


 丁寧に整えられた艶のある黒髪に、綺麗な形の眉。二重で大きく、アーモンド型の瞳は、完璧な造形美がある。そして、シャープな輪郭に、少し薄い控えめな唇。それだけでも完璧だが、身長は百八十を軽く越えており、手足の長い抜群のスタイルも持ち合わせている。そんな黒野くんは、彼を見た人の百人中百人が心の中で「なにこのイケメン!!」と叫ぶほどのイケメンである。


 その人気は凄まじく、休み時間になると、彼を一目見ようとする他クラスの一団や、そんな人々から彼を守ろうとするファンクラブの死闘が拝めるほどだ。


 

 しかしながら、いや、それゆえに、彼と仲のいい人はほとんどいない。入学したての頃こそ、彼の周囲にはワイワイと人だかりができるほどに人が集まっていたが、現在彼は学校を一人で過ごすことが多い。


 

 と言うのも、彼自身が人と関わることに消極的だからである。彼は物静かな性格をしており、話し掛けても多くの言葉が返ってくることはない。大抵の返答は「ああ」とか、「うん」とか。そんな感じだ。


 


 それによって、男子連中は、次第に話しかけにいかなくなった。勿論、彼の女子人気に対する嫉妬もあっただろうが。

 

 それに対して、女子連中は彼の態度にめげず、話しかけにいくことが多かった。だがそれも、彼のファンクラブができてからは規制され、彼と関わる人はほとんどいなくなってしまった。


 もちろん、彼と直接話す人が少ないだけであって、彼を嫌っている人は少ない。彼は会話に消極的なだけで、積極的に教室を掃除したり、困っている人を助けてくれたりと、些細な気遣いは上手なのだ。そのため、女子連中は相変わらず彼へ熱い眼差しを向けているし、男子連中も彼へ羨望の眼差しを向けている。




 

 そして今朝、そんな黒野くんと私は、席が隣になってしまった。私は冴えない人間であり、もう五月なのに、まだクラスメイトとまともに話したことのないコミュ障の隠キャ女子高生である。


 おかしいな、大体の人間は四月から五月にかけて新しい環境で友達を作っているはずなのに。私は未だに友達ゼロ。何度か勇気を持ってクラスメイトに話しかけにいったが、声が小さかったのか、存在感が皆無だったのか、信じられないほど無視された。


 そんなぼっち女王の私と、イケメンの黒野くんが隣になるとどうなるかはわからない人はいないだろう。


 


 そう、注目されるのである。



 私とは反対側の隣の人が。


 


 私の席はクラスの窓側の最後列。黒野くんはその右隣。そして更にその右にも当然人いる。

 


 その人の名前は、池田肇いけだはじめ。「ハジメ」という音だけだと男か女か分かりにくいが、女である。


 池田さんは私とは真逆の存在で、明るく快活な女子だ。ノリが良く、いつも冗談を言って皆を楽しませている、典型的な陽キャ女子高生である。


 そんな彼女は黒野くんの右隣の席になり、周囲から多大なる視線を集めている。しかし、根明の彼女は人の視線に臆することなく、黒野くんに「よろしくねー!」と笑顔で爽やかに挨拶をしている。それに、黒野くんはいつものように「ああ」と返す。そして池田さんもそれ以上会話は続けず、彼女を羨ましがる周囲の友達と、冗談を交えながら話している。


 黒野くんに挨拶しつつ、欲を出して喋り過ぎたりしない。それによって、女友達からのヘイトを買わず、黒野くんからのマイナスなイメージも貰わない。その辺りのバランスの良さが、要領の良い明るい人間といった感じだろう。



 それに対して私は、黒野くんに話しかけることもできず、ミノムシのようにただ縮こまって辺りの様子を窺うことしかできていない。


 私は、「やっぱり黒野くんも池田さんみたいな人が好きなのかな」などと心の中で思いつつ、授業が始まるのを待った。




 そして、一限の授業が始まり、席替えによって浮き足だった教室のムードも次第に収まった。


 私は先生の言葉を軽く流しつつ、ノートに落書きしながら黒板を眺めていると、不意に視線を感じる。その方向を見てみると、なんと黒野くんと目が合った。



 私は慌てて彼から目を逸らす。


 

 そして、思い直す。いやいや、流石にあの黒野くんが私の方向なんて見てる訳がない。きっと気のせいだと。


 しかし、また視線の方向を見てみると、やっぱり彼と目があった。



 えーー!!何でこっち見てるのぉー!!

 


 心の中でそう叫ぶが、彼はこちらを見たまま石像のように微動だにしない。頬杖をついたまま、私の方を見ている。


 いや、まだ勘違いかもしれない。私は窓側にいる。つまり、窓からの景色を見ているだけかもしれない。貴方はそう思いますか。私はそう思います。って誰に言っているんだ。


 自分でも思考がよくわからなくなるほど混乱したが、乱れた心を制御しつつ、私は再び彼の方を見る。

 


 またしても目が合う。



 これは確定だ。

 

 

 絶対に私を見ている。


 

 あの黒野くんが私を凝視している。しかし、ぼっちの女王である私は、決して勘違いはしない。黒野くんは私のことが好きとかそういうことではなくて、きっと何か気になることでもあるのかもしれない。例えば、私の頭にゴミが付いているとか、きっとそういうやつだろう。たぶん。


 その後も色々理由を考えてみたが、決定的な理由は見当たらない。


 よし、直接聞こう。


 普段は決して出さないような謎の勇気によって、私は黒野くんに話しかける。


「あ、あのぅ…な、何で…こっちを…見てるんでしゅか!」


 盛大に舌を噛んだ。

 

 オドオドした喋りからの舌噛み。典型的な隠キャムーブをブチかまし、私のライフはもうゼロだった。


 私の醜態を見て、黒野くんは少し目を見開いたあと、ノートに何か書き始めた。そして何かを書き終えると、その部分を引きちぎり、私に見せつけるようにヒラヒラとさせる。


 どんな悪口が書いてあるのかと思ったが、その内容は衝撃的なものだった。


『放課後屋上に来て』


 え、告白ですか?


 紙の切れ端を見せ終えた黒野くんは、その後一度も私の方を見ることなく時は流れて、遂に運命の放課後が来てしまった。


 最初はテンションが上がった私も、冷静になって考え、告白などあり得ないという結論に至った。


 いやそりゃそうでしょ。私に黒野くんを惹きつけるような何かがあるとは思えないし、彼と何かあったわけでもない。今まで一度も話したことなかったし、好きになる理由が見当たらない。


 しかしそうなると、なぜ放課後屋上に呼び出すなんてことをしたのか。


 ハッ!まさか、皆んなで私を笑いものにするつもりだろうか!


 「おーいみんなー!あいつ、俺に話しかけて盛大に噛んだ奴だぜ!キモ過ぎ!」


 みたいな。


 いや、それは無いか。黒野くんは群れるようなタイプじゃないし、積極的に人をバカにするような人ではないはずだ。というか、そうであれ!


 

 意図がわからない以上、屋上に行くのは怖かったが、黒野くんからの呼び出し。行かないわけにもいくまい。


 でも、もし揶揄われているだけだったらどうしよう。


 いやいや、黒野くんからの告白の可能性が0.0001%でもあるならば、行く以外の選択肢はない!告白じゃなくても、友達になりたいとかかもしれないし…。


 私はノミの心臓に鞭を打って、屋上へと駆け上がっていった。



 屋上には、黒野くんが一人で立っていた。柵に両肘をついて景色を眺める姿は、さながら俳優のようで、とても様になっている。


「あ、あのぅ〜、く、黒野くん…」


「ん、来てくれたんだ」


 黒野くんは低く、艶やかな響きのある声で返答しながら、こちらに振り向く。


「そ、それで…!な、なんで、私をお、屋上に…?」


 緊張で言葉が上手く出てこない。その恥ずかしさと申し訳なさと、会話ができた嬉しさで頭がいっぱいになる。


「ああ、ちょっと聞きたいことがあって」


「き、聞きたいこと?」


「何か悩みはないか?」


「えっ?」


「その、苦しんでることとか」


 脈絡のない質問に、心拍数が上がっていく。どうして黒野くんは私に悩みを聞こうと思ったのか、全くわからない。


「ど、どうして、そんなことっ、きき聞くの?」


「……。きっと信じて貰えないから、みんなには秘密にしてるけど、俺は他人の未来が見えるんだ。それで、君の未来が見えた」


「わ、わわ、私の…未来?」


「そう、その…言い辛いけど、君には残酷な未来が待ってるんだ。だから、それを避けるために、君の悩みを解決したい」


 何というか、とてもスピリチュアルというか、非現実的で、鵜呑みにできるような話ではない。でも、残酷な未来を否定できるほど、私は良い人生を送っているわけではなかった。



 でも、もし彼の言うことが本当なら。いや、本当じゃなかったとしても、彼が歩み寄ってくれるこの奇跡を、無駄にはしたくない。



「な、悩みは、あります…」


「うん、なんでも言って。力になるよ」


「え、えと、えっと」


 なんて言おうか迷ってしまって、隠キャの三段活用を披露しつつ、頭の中で言葉をまとめる。

 


 私の悩み。それは昔から一つである。

 


 今度こそ、どもらずしっかり言おう。

 


「と、と、友達がほ、欲しいでしゅ!!」


 

 失敗した。コミュ障特有の、急なデカい声が屋上に響き渡る。吃ったうえに噛むという、会話のクソ雑魚コンボをかましてしまった。これでは、せっかく歩み寄ってくれた黒野くんも、ドン引きだろう。

 


「なんだ、なら話早いな」


「えっ?」


「俺と友達になろう」


「え、えぇ、えええっ、ええええ!!!!!」

 


 衝撃の四段活用が屋上に轟く。


「い、いいの…?私なんかと…友達になって…」


「ああ、だって友達が欲しいって…。それとも、俺じゃダメか?」


「そ、そんなことない!!」


 私は関西のツッコミ芸人もびっくりするほど食い気味に答える。


「そうか、じゃあ、今日からよろしく」


 黒野くんはそう言うと、私に向かって右手を差す。


 これは、漫画で見たことあるやつだ!


「な、なるほど、友情のっ、あ、証ってやつですね!」


 バシーン!!


 私は勢いよく黒野くんの右手を叩く。


「いやそこは握手だろ」


「あ、ああ…ご、ごめんなさーい!!!」



 こうして、千年に一人のイケメンと呼ばれる黒野くんと、コミュ障隠キャぼっちな私の、奇妙な友情が始まるのであった。


 


 


 


 

 


 


 

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千年に一人のイケメンである黒野くんが、私を見つめる理由 雨戸紗羅 @amedosara01

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