暖炉とおもちと吹雪の夜

さなこばと

暖炉とおもちと吹雪の夜

 背後のソファーで身じろぎする音が聞こえた。

「膨れてきてるんだから、そろそろお皿に移してよ」

「もう少しだけ。焦げがあったほうが香ばしくておいしいんだよ」

「わたし、焦げていないほうが好きよ。アキラは知ってるでしょう、わたしの好み」

「知っているよ。焼き目もないくらいのが好きなこと。でも、もちは固さがなくなるくらいにはちゃんと火を通さないとダメだ」

「……もうっ」

 夜半のリビングは暖炉の灯に照らされて、静かに揺らめくようだった。 

 ぱちぱちと音を立てる暖炉の近くの椅子に座った僕は、ちらりと後ろを見た。

 横長のソファーをベッドのようにして寝ころんだユリが、半眼で暖炉の上をじっと見つめていた。

 その眠たげな視線を追う。

 暖炉上のスペースに金網を置き、二つのもちを並べていた。

 僕は暖炉の熱でもちを焼いているところだった。

「膨らみかけでいいのに」

 不満そうなユリのつぶやきが、時間の止まったようなリビングに溶けていった。



 晩ご飯を一緒に食べる目的でユリを家に招待した夕方は、太陽の見えない曇り空だった。

 にこにこしながらシチューを口に運ぶユリを、作った側の僕は嬉しく見ていた。ユリがおいしそうに食べる姿をそばでひとり占めするために、僕は両親が外泊の日を狙って料理を用意しては食事にお誘いしていて、今晩もその日だった。

 食べ終わって皿洗いをしてくれたユリが帰る頃、窓の外はすっかり暗くなり、そして猛吹雪になっていた。

 天候の回復を待ちながら夜食にもちでも焼こうという話をしていて、リビングでくつろいでいるとき、

「ねえ、アキラ。わたし、今日は泊まってもいい?」

 頬を赤らめて上目遣いのユリに、僕は心を奪われた。

 付き合って半年。ガードが堅かったユリだったけれど、ついにこのときが来たか……の思いだったのだ。



「おもち、いい加減もういいでしょう! 早く取ってよ!」

「ちょっと待って。焼き具合を確認するから」

「もういいの! わたしが取るからアキラはじっとしてて」

「いや、僕が」

「アキラは動かないで」

 苛立ちを露わにしたユリが立ち上がって、腰を上げかけた僕から菜箸を奪い取った。

 ユリは暖炉の熱さに引き気味になりながら、もちを一つ掴んで皿に移した。そしてもちをひっくり返してはまじまじと焦げを確認していく。

「焦げてるわ」

「そうでもなくない?」

「焦げてるの! もっと早く引き上げればよかった」

 眉を吊り上げたユリが、皿をテーブルに強く置くと、台所へ向かっていく。

「醤油とのり、持ってくる」

「……」

「無視かよ」

「ご、ごめん」

「はぁ」

 去っていくユリの背中を見送りつつ、僕は困惑を極めていた。

 これまでの半年間、しっかりと穏やかな関係を築けていたと思っていた。疎通も上手くいっていると思っていたのだ。

 それが、どうしてこんなに険悪なムードになったのだろう。

 僕は立ち上がり、窓から外の様子をそっと見る。

 吹雪は大荒れで止む気配がない。

 このままの状態は非常によくない。それだけはわかる。

 暖炉の上に残った一つのもちも皿に載せると、台所の方向を見やった。

 ユリは戻ってこない。

 破局の予感に震えあがる心を落ち着かせて、僕はイチかバチかの気持ちで台所へ行くことにした。



 ユリは台所に佇み、両手で顔を覆っていた。

 嗚咽が小さく聞こえた。

 僕はとてもひどいことをしてしまったのだと思った。

「気が利かなくてごめん」

「……」

「ユリの気持ちをぜんぜん理解してなくて、無神経な態度をとってごめん」

 ユリのことを知った気でいて、ちゃんと隣にいられていると思い込んで、僕は浮かれていたのかもしれない。

 それでも笑顔のユリが見たかった。

 僕はうつむきながら、ユリの様子をうかがう。

 ユリは素早い動きで僕に背を向けた。目元に腕を当てて、一生懸命こすっているようだった。

 おそらく涙を拭いているのだろう、と思っていたら。

 ユリがこちらを向いて勢いよく抱き着いてきた。

「無神経だったのは、わたしもよ。アキラを傷つけたと思った。ごめんなさい」

「……」

「距離が近くなって安心していたのに、こんなことで衝突するなんて、正直にいうと絶望を感じた」

「僕も同じことを思っていた。もう終わりかと思った」

 僕の腕の中でユリが体を震わせていて、一瞬ひやりとしたけれど、どうやら笑っているようだった。

 それで心底ほっとした。

 分かり合えていないために生まれた亀裂なのに、それでいて二人とも同じ苦痛をおぼえていたことが、なんだかおかしくて――

 これが恋人として付き合うということなのかもしれないと、僕は思ったのだ。


 僕が腕をほどくと、ユリはこちらを見上げてにへらと笑った。

「おもち、冷めてしまったでしょうね。醤油とのり、すぐに用意するから」

 体を離したユリが調味料置き場に行くのを、僕は制止して、

「ユリは甘いものが好きだろ。焼いたもちは、ゆでてきなこもちにしよう」

「……うん。それじゃ、わたしはおもちを持ってくるから!」

 声を弾ませてユリは暖炉のほうへと駆けて行った。

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暖炉とおもちと吹雪の夜 さなこばと @kobato37

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