夕日に帰ろう

すちーぶんそん

短編


 忘れっこ無いですよ。ほんっと恐ろしかったんですから。

 あれはそう、永田の酒屋の脇を入った、古~い円柱型のポストがある農道ですよ。

 周りにポツポツ民家があって、しばらく続くまっすぐの。


 丁度刈り取りが終わった少ぅしさみしい田んぼ道でね。でっけぇ夕日背負っての帰り道。そいつが目もくらむ赤で、ちょいちょいとルームミラー直しながら運転してたんですよ。


 ふと気づいたら、いつの間にか対向車が来てて。黒い軽自動車でした。ずいぶん遠くなんだけど、なんだか妙なんですよ。


 命からがら立ち上がったボクサーみてぇな千鳥足。すれ違いの細い道ですよ? そいつが、ふわんふわんと近づいてくるんです。


 胸騒ぎがして鼻歌が止まりましたよ。


 仕方がないんで道譲ろうと脇にぐっと寄って。それから少し冷静になってみたら今度は腹が立ってきて。だってまだ日が残ってるこんな時間に酔っ払い運転ですから始末に悪いでしょ?

 いったいどんな野郎が乗ってやがるんだか確かめてやりたくって目を凝らしたんですよ。


 そしたらクラクションにかかった手が止まりました。



 ――居ないんです。


 運転席に人影が無いんですよ!


 恐ろしくなってね。


 やっこさんがヤンキー、無頼ぶらいの類ならまだしも張り合ってたかもしれませんよ? まぁ実際は、目も合わせれないんでしょうけど……。

 たぁだ今回は違うんだ! 人の身じゃぁ争えない。地震だの雷の類にクラクション鳴らせるキホーテはおらんでしょ? 相手はお化け様だもんで白旗。


 運転手置いてひとりでにノロノロ走り出した暴走マシンですから、おっかないったら無いですよ。


 そそくさと、あぜ道に乗り上げて、早々に退避。ただ過ぎ去るを待つのみ。


 モンスターマシンが、とろとろ、とろっとろ蛇行しながら近づいて来るんです。


 そこでようやく気づいたんですけど、その車、車体の右も左もタイヤの周りをぶつけてベコベコなんですよ。


『もうこっちは行くとこまで行ってんだ! 覚悟決まってんだぁ、覚悟が。 止まらねんだよクリープ力で。 わしゃ新車やど? 揚げたてアツアツの状態で都合二場所いっとんねん! こっちは端っから引き分けなんぞ狙っとらんど!? お前もバンパーのサビにしたるからその場でしばらく待っとけ』って車が言うんですよ。


 震えましたよ。急に現れて。まぁだ犠牲者が足りないんだって。


 角を曲がったらパンを咥えたが飛び込んできたようなもんですよ。


 もう居てもたっても居られなくなって、ギアをバックに入れて慌ててルームミラー直して。そんな風にぐちゃぐちゃしてる間にも、ゆっくりゆっくり寄ってくるんですよ。


 いよいよもう20メートルも無いって頃になって。



 ……あ? ……なんだろう? んんんッ……!?


 鳥肌が立ちましたよ。


 ハンドルの上にモコモコした毛が見えたんですよ。それから隣に小さな右手。


 ……うわぁ!! 子供が運転してやがったのか!!! って。


 とっさにハンドルに身を乗り出して、伸び上がって運転席を見ました!



 そしたら今度こそ腰が抜けました。


 ……違うんですよ。子供じゃないんです。






 結論ばばぁでした。



 ハンドルに額当てて下の隙間から目だけのぞかせる小さな婆さんですよ。

 ハンドルにかじりついたような二宮金次郎状態で、右手と鼻で舵を切ってるんですから!


 それで太極拳の達人みてぇに、空いた左手を顔の前でパタパタ、パタパタやっとるんです!! 


 少し考えて意味が分かりましたよ。

 ……まぶしいんだって。


 夕日が眩しいから、一生懸命左手で影作ってやがるんですよ!!


 呆れるよりなお恐ろしかったですよ。まさしく死の舞踏。掟破りの、踊り『ながら』運転でフラフラしとるんですから。

 こっちは逃げ場がもうありませんよ、たわらに足ぃ掛かってるんです。極まっちょります進退が。後は、度胸一番田んぼに飛び込むだけ。


 ダイオウイカの足を咥えた特大のマッコウクジラの脇で、ブルブル震えながら、そいつが通り過ぎるのを待つはぐれイワシの気持ちがよく判りましたよ。


『見せもんじゃねぇぞ!!』って、暴走族に強請ゆすられた方がいくらかましですよ。這いつくばって謝れば2、3発ブチくらった末に、きっと許してくれるでしょうから。


 酔っ払いの方がいくらもましですよ! だって相手は人間でしょう?



 その頃にはもう時間の感覚も分からなくなってて、 停車してから体感。グレムリン2を一本見終えて、スタッフロールが流れるかなって頃にすれ違いです。


 祈ってましたよほとんど。


 でもね……。一向にこっちを見やがらねぇの……。その婆さん、顔中のシワを集めて夕日を真っ直ぐ睨んでるの。



『ねぇばぁば? ばぁばの車はどうして右のほっぺがガリガリなの?』


『それはねぇ……。北に生意気な電柱があったからだよ』


『ねぇばぁば? ばぁばの車はどうして左のほっぺがベロンベロンなの?』


『それはねえ……。南に忠も孝も無い、無礼なガードレールがあったからだよ』


『ねぇねぇばぁば? それじゃぁどうしてばぁばの車はお鼻がピカピカきれいなの?』


『…………それはねえ。……脇に寄ったくらいで勘弁してもらえると甘えた田舎者の車をメチャクチャにするためだよ!!!!!!!』




 ひいいいいいいいいいいいいいいいいい――





 ――擦れ違う刹那。今まで宙を搔いていたばばぁの左手のパタパタが止んだ。


 居場所を定めたその左手は、両のまぶたをペタンと覆い、さながら――



 見猿みざる



『……ようやっと見つけた。これでもう、ばぁばは、まぶしく、ないよ』


 逢魔が時――


 盲目の死神をしょい込んだ殺人暴れ巨大メカ牛が、永遠の時間を掛けて、のっそりのっそり過ぎていく。


 二枚隔てたガラス越し。


 俺と影だけがそれを見てた。

 

 泣きながら逃げる夕日と、追う婆さんのわずか緩んだその顔。


 時間が赤く染まる。


 ただ時間が赤く染まる。


 そして、遠ざかる――。



◇◇◇


 詰めていた息を吐きだす拍子に、

「それじゃぁ!! それ止めろや!!!!!!!!」



 夕日と衝突することを確と決め、腹にドスを呑んだイカロス裸足の糞ババアに気付けば叫んでました。





 あれっきり、この婆さんを見てません。


 きっと、あの老いたかぐや姫は船頭を間違えて月じゃなくて夕日にぇったんだろうな、って思っとります。



 あたしが帰り道を変えた日の話です。

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夕日に帰ろう すちーぶんそん @stevenson2

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