いとしのリヒテンシュタインさま 4 帰る
ミコト楚良
かささぎ亭
かささぎ亭の木の扉を、黒髪の竪琴弾きが開けると、「いらっしゃい!」と、白いエプロン姿の
「なんだい、アルかい」と、
「御挨拶だなぁ」
軽口をたたきながら、アルと呼ばれた黒髪の竪琴弾きは、慣れた様子で店の奥へ入って行った。フォルトゥナは街の食堂というものが、はじめてで心細げに竪琴弾きのうしろにくっついた。
「こ、こんにちはっ」
フォルトゥナは緊張しながらも、ちゃんと挨拶した。
「今日は歌うのかい」「よう、乾杯」
店の客は、アルに声をかけてくる。アルは、「まず、腹ごしらえしてから。それから」と、男たちをあしらって空きテーブルにフォルトゥナを連れて行った。
「合格のお祝いに
「ありがとうございますっ」
フォルトゥナはラベンダー色の瞳を輝かせた。
(いい人に知り合えたぁぁ)
内緒の魔眼で、ちらりと二心がないかは
「
アルはフォルトゥナを気づかってくれた。
「たいていは大丈夫でちっ。でも、○※△の
フォルトゥナが早口の上に
「お待たせ」、
「君は、ゆっくりお食べ」と、フォルトゥナには声をかけて、アルは手早く、パンをシチュウの汁に浸して、かじる。
フォルトゥナから見える食堂の角で、ヴィーンという弦の音が聞こえた。どうやら今から演奏するらしい楽師たちが、
「陽気に騒ぐなら、あいつらのほうが得意なんだよ」
フォルトゥナに向かい合っている、アルが教えてくれた。
それから、3人組の演奏がはじまった。客が、いっしょに歌いだす。調子に乗って、グラスの
ホイ!
白い
『踊っておくれ』
ホイ!
白い
『
ホイ!
白い襟の娘さん
『髪を
ホイ!
白い襟の娘さん
『草の上に横になっておくれ』
白い
残念ね
わたしはあなたと踊らない
あなたの髪を
朝
ホイ! ホイ! ホイ!
ホイ! のところで、男たちは、手にした杯を高くあげた。フォルトゥナものってしまって、『ホイ!』のところだけ、席から立ち上がって声を合わせた。曲が終わると、満足げな笑い声があちこちで波のように起こって、各々の食事に戻って行った。
「君……。酒も飲んでないのに、よくそこまで振り切れるな」
アルが、あきれた。
「そ、そうなんですか。司祭には、声、合わせるのは基本て言われてて」
「もしかして村の合唱団出身とか」
「団という規模では。わたしとお兄ちゃんしかいません」
「へぇ。そしたら歌えるんだ」
いつのまにか、
「かわいい子の歌も聞きたかったところなんだよね」
「お兄ちゃんと歌ってた曲でいいですか」
フォルトゥナは引き受けた。アルはフォルトゥナの、その態度に驚いた。
「いや、お聞かせするほどではとか、もじもじもしないっ。図太いな、君っ。見かけによらずっ」
食事を完食してから、フォルトゥナは席から立ち上がった。
そして、最初の一節を、そっと歌いはじめた。
――ああ わたしのいとし子
食堂にいる人の目が自分に集まったのを確認してから、フォルトゥナは声の音量を上げる。
あなたは行く わたしはここに残る
夏は草原に
冬は雪が積もる
この谷に
しっかりとした音程だ。アルは急いで竪琴を伴奏しはじめた。
ああ わたしのいとし子
いつか あなたは帰ってくる
夏は草原に
冬は雪が積もる
この谷に
そのときのために墓標には記そう
『おかえり』と
ああ わたしのいとし子
フォルトゥナが歌い終わったところに、アルは残照のように伴奏を付け加えた。
食堂は一瞬、しんとしてしまって、さすがに歌が場にそぐわなかったかとアルはあせったが、すぐにそれは
「うっ、ぐすんぐすん」
見た目はこわい男たちが、目に涙を溜めていたからである。
「か、帰ろかなっ。おふくろが元気なうちに」と涙ぐんでいる。
「
アルとフォルトゥナのテーブルに銅貨を投げてよこす者もいた。
「飲んで歌っても楽しいけどね、落ち着く、こんな時間も大切なのさ。
どうやら、フォルトゥナを専属の歌手として雇いたくなったらしい。
「ありがとうございますっ。でも、わたしは公子の侍従になるんです」
フォルトゥナは、きらきらしたラベンダー色の瞳で答えた。
〈つづく?〉
いとしのリヒテンシュタインさま 4 帰る ミコト楚良 @mm_sora_mm
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます