いとしのリヒテンシュタインさま 4 帰る

ミコト楚良

かささぎ亭

 いわく、かささぎは偽善、無分別、くだらないおしゃべりを象徴するのだと育ての親が言っていたことを、フォルトゥナは思い出した。


 かささぎ亭の木の扉を、黒髪の竪琴弾きが開けると、「いらっしゃい!」と、白いエプロン姿の女将おかみが、黒髪の竪琴弾きとフォルトゥナに声をかけた。

「なんだい、アルかい」と、女将おかみが言ったところを見ると黒髪の竪琴弾きは、おなじみらしい。

「御挨拶だなぁ」

 軽口をたたきながら、アルと呼ばれた黒髪の竪琴弾きは、慣れた様子で店の奥へ入って行った。フォルトゥナは街の食堂というものが、はじめてで心細げに竪琴弾きのうしろにくっついた。女将おかみは、「あら、子リスちゃん。アルに引っかかったのかい」と、冷やかしてきた。

「こ、こんにちはっ」

 フォルトゥナは緊張しながらも、ちゃんと挨拶した。

「今日は歌うのかい」「よう、乾杯」

 店の客は、アルに声をかけてくる。アルは、「まず、腹ごしらえしてから。それから」と、男たちをあしらって空きテーブルにフォルトゥナを連れて行った。

「合格のお祝いにおごってやるよ」

「ありがとうございますっ」

 フォルトゥナはラベンダー色の瞳を輝かせた。

(いい人に知り合えたぁぁ)

 内緒の魔眼で、ちらりと二心がないかはさせてもらった。竪琴弾きの輪郭によどみはない。この魔眼というのは直感に毛が生えたような精度のものだが、ありありによこしまな心があるとわかる。フォルトゥナにとっては、ありがたいお助け能力となっている。

女将おかみ、本日のおすすめを頼む。君は食べれないものはないかい?」

 アルはフォルトゥナを気づかってくれた。

「たいていは大丈夫でちっ。でも、○※△のメニャマ目玉はダメだったです~」

 フォルトゥナが早口の上にみ気味で言ったので、アルにはよく聞き取れなかった。

「お待たせ」、女将おかみが両手にひとつづつ、子羊の肉と季節の野菜がたっぷり入ったシチュウを鉢に盛り、ふたをするように、パンの一切れをのせたものを運んできた。 

「君は、ゆっくりお食べ」と、フォルトゥナには声をかけて、アルは手早く、パンをシチュウの汁に浸して、かじる。

 

 フォルトゥナから見える食堂の角で、ヴィーンという弦の音が聞こえた。どうやら今から演奏するらしい楽師たちが、擦弦さつげん楽器の調律している。

「陽気に騒ぐなら、あいつらのほうが得意なんだよ」

 フォルトゥナに向かい合っている、アルが教えてくれた。


 それから、3人組の演奏がはじまった。客が、いっしょに歌いだす。調子に乗って、グラスの穀物酒エールを、次から次へあおってしまうような曲だ。


ホイ!

白いえりの娘さん

『踊っておくれ』

雄鶏おんどり牝鶏めんどり


ホイ!

白いえりの娘さん

穀物酒エールをつくっておくれ』

雄鶏おんどり牝鶏めんどり


ホイ!

白い襟の娘さん

『髪をいとくれ』

雄鶏おんどり牝鶏めんどり


ホイ!

白い襟の娘さん

『草の上に横になっておくれ』

雄鶏おんどり牝鶏めんどり


 白いえりの娘さんを口説き落とそうとしている男が、延々と頼みごとをしていく歌詞だ。『~してくれ』のところが、いろいろ変わる。中には下卑げびたお願いもあって、わっと場が沸く。何回か繰り返されて、最後の歌詞になる。


残念ね

わたしはあなたと踊らない

穀物酒エールもつくらない

あなたの髪をいたりしない

雄鶏おんどり牝鶏めんどり

朝 牝鶏めんどりが鳴いたなら 考えてみてもいいわ!


ホイ! ホイ! ホイ!


 ホイ! のところで、男たちは、手にした杯を高くあげた。フォルトゥナものってしまって、『ホイ!』のところだけ、席から立ち上がって声を合わせた。曲が終わると、満足げな笑い声があちこちで波のように起こって、各々の食事に戻って行った。

「君……。酒も飲んでないのに、よくそこまで振り切れるな」

 アルが、あきれた。

「そ、そうなんですか。司祭には、声、合わせるのは基本て言われてて」

「もしかして村の合唱団出身とか」

「団という規模では。わたしとお兄ちゃんしかいません」


「へぇ。そしたら歌えるんだ」

 いつのまにか、女将おかみがテーブルのそばに来ていた。

「かわいい子の歌も聞きたかったところなんだよね」

「お兄ちゃんと歌ってた曲でいいですか」

 フォルトゥナは引き受けた。アルはフォルトゥナの、その態度に驚いた。

「いや、お聞かせするほどではとか、もじもじもしないっ。図太いな、君っ。見かけによらずっ」

 


 食事を完食してから、フォルトゥナは席から立ち上がった。

 そして、最初の一節を、そっと歌いはじめた。


 ――ああ わたしのいとし子 


 食堂にいる人の目が自分に集まったのを確認してから、フォルトゥナは声の音量を上げる。


 あなたは行く わたしはここに残る

 夏は草原に

 冬は雪が積もる

 この谷に


 しっかりとした音程だ。アルは急いで竪琴を伴奏しはじめた。


 ああ わたしのいとし子

 いつか あなたは帰ってくる


 夏は草原に

 冬は雪が積もる

 この谷に


 そのときのために墓標には記そう

 『おかえり』と


 ああ わたしのいとし子



 フォルトゥナが歌い終わったところに、アルは残照のように伴奏を付け加えた。

 食堂は一瞬、しんとしてしまって、さすがに歌が場にそぐわなかったかとアルはあせったが、すぐにそれは杞憂きゆうとなった。

「うっ、ぐすんぐすん」

 見た目はこわい男たちが、目に涙を溜めていたからである。

「か、帰ろかなっ。おふくろが元気なうちに」と涙ぐんでいる。

みたね~」

 アルとフォルトゥナのテーブルに銅貨を投げてよこす者もいた。

 女将おかみは、ごきげんで床に落ちた銅貨を拾った。

「飲んで歌っても楽しいけどね、落ち着く、こんな時間も大切なのさ。あーしあたしの見込み以上だった。うちの専属にならないかい」

 どうやら、フォルトゥナを専属の歌手として雇いたくなったらしい。


「ありがとうございますっ。でも、わたしは公子の侍従になるんです」

 フォルトゥナは、きらきらしたラベンダー色の瞳で答えた。





  〈つづく?〉

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