逃れられないハネムーン
つむぎとおじさん
第1話
「3…2…1…発射」
地鳴りのような轟音が14歳のエマの全身を震わせた。
最後の中継ステーションだったのに宇宙船から降りることができなかった。
地球を飛び立ってから4年、こんなはずじゃなかったのに、とエマは下唇を嚙んだ。
隣から「ウホッ」という奇声が聞こえたが、エマはあえて顔を向けなかった。イグの下卑た笑みは、これまでいやというほど見せられてきた。
背中がシートに押し付けられる。4年間の宇宙生活で、すっかり筋肉が衰えてしまった彼女はなすがままになるよりなかった。
失敗すればいいのに。
エマは半ば本気でそう思った。打ち上げに失敗して死んでしまえば、これから待ち受ける運命からは逃れられる。
だがその願いもむなしく、ロケットはぶれることなく天に向かって突き進んでいる。窓の外では、青い大気が白色へ、そして暗黒色へとグラデーションを変えていく。
もう二度と、あの青は見られないのかもしれない。いや、見られないのだ。
「ようやく二人きりになれたね」
にやけた猫なで声でイグが言った。この4年間、まるで獲物を狙う肉食獣のような目で彼女を見続けてきた男だ。
「これから100年、どこにも寄らないってんだから、とんでもねえよな」
87年と11か月21日よ。エマは心の中で毒づいた。計画の詳細は全て暗記していた。そうやって正確な数字を思い出すことで、少しでも苦い現実を忘れられた。
「シートベルトを外してもけっこうです。船は安定航行に入りました」
AIロボットの言葉が終わらないうちに、エマは素早くベルトを外し、たちあがろうとした。自分の区画に早く戻りたかった。隣であわててイグが同じように立ち上がるのが見えた。
「おい、待てって」
イグがエマの左手をつかんだ。
「いや!」
エマが振りほどこうとしたが、20歳の男性の力にかなうはずもない。
ぐいと引き寄せられ、後ろから羽交い絞めにされた。
「どうせ夫婦になるんだ。少しくらい早くたって同じことだろ」
イグの声が耳元で囁かれ、生暖かい吐息がエマの首筋をなぞった。全身の毛が逆立つ。
「未成年者への接触は、法律により禁じられています」
AIロボットがたしなめたが、
「うるせーバカ。ここじゃオレが法律なんだよ」
とイグは意に介さない。
「イグさん、落ち着きましょう。このビデオを地球の人々が見たらどう思うかを考えてください。あなたの一族の名誉のために」
AIロボットの言葉にイグは目を細めた。アイカメラの奥で赤いライトが点滅している。
「ちっ、ばかやろう」
イグは荒々しくエマを突き飛ばした。
「さっさと消えろ」
エマが床に倒れ込むと、AIロボットがキャタピラを回し、静かに近づいてきた。
「エマさん、お怪我はないですか」
「うん、大丈夫。ありがと」
エマの目に涙がにじんだ。
あと6年──。20歳になったらいやが上にもあの男に抱かれなければならない。
それは自分が望んだことなのだ。
10歳のころの、何も知らなかった自分。両親の心配をよそに、まるで源氏物語のヒロインになったような気さえしていた。
世界中から選抜された、天才少女たち。
さらにその中での競争を勝ち抜き、エマは栄誉ある宇宙飛行士となった。いかにその任務が過酷で、二度と地球の大地を踏みしめることができないとしても、それでよかった。
家族には天文学的なお金が支払われる。一生を100回繰り返しても読み切れないほどの本、見切れないほどのビデオ、聴き切れないほどの音楽を積み込める。
それになによりも──20歳のころのイグは素敵だった。この人こそが自分にとっての光源氏なのだと思えた。初めて対面した瞬間、エマは恋に落ちてしまった。
あのさわやかな笑顔がいつわりのものだったと知るのは、大気圏を飛び出し、様々なメディアとのやり取りが終わって間もなくだった。
逃れられないハネムーン つむぎとおじさん @totonon
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