脅威応急作業 人類の敵を倒すのは、魔法少女たち――ではなく公共業務作業員?

EPIC

本編

 ――そこはある、宇宙とも異なる異質な空間。


 歪なその内を〝飛ぶように走行して〟行くは、一台のクロスカントリー車。

 ルーフには赤色警光灯を備える、緊急自動車仕様のそれ。

 その側面には、―脅威応急作業車―の名称が記載されている。


「――ッ」


 その車内にあるは、制服を兼用する作業服を纏う、二名の人物の姿。

 内の助手席に座す、若いが人相の良くなく少し老けて見える作業員が。

 今ちょうど鳴り響き始めた、グローブボックスに置いていた携帯端末を取った。


「――はい、基東40。守条もりすじともうします――はい、はい」


 作業員は自分の守条という名を名乗り、そして電話をかけて来た向こうの相手と会話を交わす姿を見せる。


「管区のとの境目の可能性ですね。了解、向かいます――阿等あとうさん、エコーのE線の管区境界で、〝脅威指定生物〟の通報です」


 電話による会話を追えると、守条は。自分の上長、運転席でハンドルを操るもう一人の作業員。

 中年から壮年に差し掛かる容姿で、飄々とした顔立ちの男性を阿等と呼び。今の電話会話から受けていたそんな内容――業務指示を伝える。


「管区の境目かぁ、ちょっとゴチャゴチャするかもね」


 守条から伝えられた言葉、内容を聞き。その阿等が返したのは少し困ったようなそんな言葉。


「まぁ、実際見てみないと分かんないね。行こうか」

「了解」


 そしてしかし、続けて阿等は言葉を零して、守条に促す言葉を向け。

 守条もそれに端的に了解。


 そして、守条はダッシュボードの真ん中に備わる、アンプ機器のボタンを迷わず押し。


 ――赤色警光灯が煌々と灯り。そしてスピーカーからけたたましいサイレンが響き始めた。


 そして、運転操縦を預かる阿等の操りによって。

 二名を乗せた車両は、安全体制を守りつつも気持ち速度を上げ。

 今の歪な空間を、けたたましく飛び掛け抜け始めた――




 ――またある『別の世界』

 その世界は、また異空間より突如として現れた未知の生物。『幻魔獣』と名付けられたそれの脅威に晒されてた。

 人類の文明を容易く壊し。兵器軍隊の攻撃をも物ともしない恐るべき存在。


 しかしその世界には。その恐るべき幻魔獣に勇敢に立ち向かう者たちが居た


 それは、その身に強大な『魔法魔力』を宿し携え。人類の敵に対抗すべく選び出された――少女たち。


 彼女たちは、『戦術魔法少女』と呼ばれた。



 場所はその世界の、ある一つの都市街。今はその各所で煙が上がり、ほとんどが崩れ壊れて廃墟街と化した、元は栄えていた都市。

 その一角で。この世界のこの地の、防衛軍の一部隊の戦う姿が在った。


「ダメです!攻撃がまったく通っていません!」

「諦めるな!ここで我々が持ちこたえなければ民間人が!」


 戦う兵士が上げた悲鳴に、部隊長の軍人が怒鳴り声を飛ばす。

 今その部隊が相手取り、その武器による攻撃を向けるは――異様な化け物の群れ。


 そのそれぞれの大雑把なシルエットは、まるで映画やアニメに登場する怪獣を無造作に合体させたような巨大な容姿。

 しかしそれは炎のように揺らめく『闇』に覆われ、異様な不気味さを醸し出している。


 それこそ、この世界に突如として現れた人類の敵――『幻魔獣』。

 この世界の人類側のあらゆる兵器武器を受け付けず。異様な能力で破壊と暴虐の限りを尽くす、消滅せしめる。

 未知の、恐怖の存在。


 今まさに都市は、街は。その幻魔獣達の突然の襲撃を受け、大混乱の阿鼻叫喚の渦中にあったのだ。


 防衛軍の彼等は、そこへ救援に駆けつけた一部隊。

 しかし今に相手取り戦う幻魔獣の群れは、防衛軍部隊の武器による攻撃の全てを、飲み込む姿で無力化し。

 まるで嘲けるようにこちらへと迫っていた。


「もうダメです!止められません!」

「ここまでか……!」


 副官の女兵士が悲鳴に近い声を上げ。

 部隊長は苦し気に限界を悟り、唸る声を漏らす。


 ――コツ、と。


 その彼等の背後側に、何か小さな気配が立ったのはその時だ。


「え?……な!?」


 振り向き、そこに見えた姿に。次には部隊長は目を剥き声を漏らした。


 そこに立って居たのは――一人の少女。

 年齢に容姿は、中学生から高校生程度。

 美麗な長めの黒髪に、端麗な顔が飾られている。

 その格好は年相応の個性を示したがるような、着崩し飾った学生服姿だ。


「き、君!どこから……!?下がりなさい!ここは……!」


 後方ではまだ未非難の民間人が大勢残っているが。少なくともこの周辺からの避難は終わったはずであった。

 しかしそこに突然現れた、未成年の少女。

 その姿に驚愕しながらも、部隊長はまた怒鳴る勢いで勧告の声を向ける。


「――どいて」


 しかし、その少女が次に発したのは。

 何かつまらなそうな色での、倦怠感交じりのそんな言葉。


「何を……」

「隊長っ!」


 それにまた言葉を返そうとした部隊長だが。次には兵士の一人から張り上げ示す声が寄越される。


「!」


 そして部隊長始め、場の皆が見たもの。

 それは向こうに対峙していた幻魔獣の内の一体が、その顎を掻っ開き。

 禍々しい口内に――一層禍々しく不気味な、巨大な『漆黒の球体』を生み出す光景。

 それこそ、恐るべき幻魔獣の攻撃手段。全てを無へと消し去る、闇の閃光(レーザー)の発射の前動作。


「まずい!皆、逃げ……!」


 それを目に。部下に、そして少女に訴えようと部隊長は発し上げ掛けたが。

 次には「もう遅い」と嘲るように、幻魔獣はよりその闇の閃光は撃ち放たれた。


「!!」


 次にはそれが襲い来て、己達の体は欠片も残さず消し飛ぶことを、部隊長は覚悟した。


「……?……!?」


 しかし身構えて待てども、次に襲い来るはずの衝撃は来ない。

 そして恐る恐る目を開いた部隊長は、次には驚くべき光景を見た。


「っ」


 部隊長始め、部隊の兵士たちが見たのは。その前にまるで庇うように立つ、今の学生少女の姿。

 そしてその少女が――片手を突き出し翳し、その前に発言させていたのは『光の膜盾』。

 なんとそれが、闇の一閃を阻み防ぎ反らしていたのだ。


「ふん」


 そして闇の一閃が、そのエネルギーを失して途絶えるに合わせて。おそらく少女の意志だろう、防御の光の膜盾は消失。

 さらにそれと入れ替わるように、何も無かったはずの宙空から出現したのは。凝った造形の大剣。

 少女はそれを片手で掴み構えると、優美な動きで薙ぎ払い。

 それは――巨大な閃光の一閃を生み出した。


 それは向こうに相対する、今に攻撃を寄越した幻魔獣を狙い。幻想的な演出の如き眩さで、しかし一瞬で飛んで届き。

 その幻魔獣個体を――真っ二つに両断した。


「所詮、Bクラスの個体ね」


 それを向こうの成果確認しながら。しかしその少女はつまらなそうに、優美に大剣を片手で薙ぎ振るい構え直す。


「……戦術魔法少女……!」


 その少女の姿に。しかし部隊長が次に気づき、発したのはそんな言葉だ。



 『魔法少女』。


 幻魔獣の出現と同時に、この世界で存在が確認され始めた、『魔法魔力』をその体に宿す少女達。

 理由は不明だが、中高生程の少女達に限定してその強力な魔力は宿り。

 そして彼女たちは、人類の危機に対抗するべく集められ、人類の希望を託され、戦いの渦中に飛び込む事となった。


 その少女達により編成される特殊部隊。それこそ、『戦術魔法少女部隊』であった。



「おじさん達、邪魔だから下がってて」

「!」

「な!?」


 その戦術魔法少女は。次には部隊長達に振り向くと、ぶっきらぼうかつ不躾にそんな言葉を向ける。

 それに部隊長は、また目を剥き。明らかにカチンと来た様子を見せるは副官の女軍人。


「これは、私『たち』の役目」

「!」


 しかし知った事では無いと、構わず続けて発する少女。

 そしてその次には、彼女を中心に周り周囲を。いくつもの人影気配が飛び抜けた。


唯音ゆいねさん、いつまで格好つけてるんですのっ!?」

「余裕ぶっこき過ぎじゃねぇかぁっ?」

「ファンサービスはほどほどにしとくっスよっ!」


 周囲を飛び抜けて行ったのは、いずれも中高生の少女達。

 金髪が美麗なお嬢様のような少女から。

 ショートカットの粗野そうなボーイッシュ少女に。

 ツインテールが愛らしい子生意気そうな少女まで。

 それぞれデザインの異なる学生服を身に纏い。それぞれの手には、古風なハルバートから、ふざけたサイズの対物ライフルまで。様々なそれぞれの『得物』が見える。


 それこそ、戦術魔法少女部隊の少女たち。

 幻魔獣を討つべく参上した、魔法少女戦士たち。


 その彼女たちは。見れば、今に仲間を倒され怒り荒げる幻魔獣の群れに。

 しかし構わず飛び込み突っ込み、そしてそれを相手に大立ち回りを始めたのだ。


「言われなくても。……そういうことだから」


 向こうで戦いを始め、次に次にと幻魔獣を屠り倒し始める少女達。

 それを見つつ、唯音と呼ばれた少女は。今の仲間からに呼びかけに遅れ答え。

 おしてまた振り向いて部隊長に告げると。

 次には唯音もまた、戦いの舞踏舞台に遅刻はできないというように。可憐に飛び出して行き、その向こうで幻魔獣を相手取り、優美なまでの戦う姿を見せ始めた。


「……すごい」


 向こうで、恐るべき幻魔獣を相手に。過激に可憐に、しかしうつくしいまでの姿で戦う、年端もいかぬ少女達。


 その苛烈ながらも麗しい姿に。副官の女軍人は見惚れ、思わずそんな声を漏らしてしまう。


「……皆、何をしている……?武器を取るんだ!」

「隊長?」


 しかし。意を決するように、部隊長が訴える声を発し上げたのはその時。


「少女達が、勇敢に戦っていると言うのに……大人で軍人たる俺たちが、ただ見ているだけでどうする!彼女達を全力でサポートするんだ!」

「!」


 そしてまた訴え上げた隊長の言葉に、兵士たちはハっとする。


「「「「「はい!」」」」」


 そして兵士たちもまた、高らかに答える声を発し上げ。魔法少女たちのサポートのために、行動を始めた。




「あらあら、おじ様たちも、舞台へ上がることをお望みらしいですわね」

「足手まといにならなきゃいいけどよっ」


 直接攻撃はできなくとも、戦術魔法少女達をサポートすべく。行動を始めた防衛軍の兵士たちを見て

 幻魔獣を相手取りながらも、その様子を「やれやれ」と揶揄うようなに言葉を交わす少女たち。


「でも、サポートがあるのも悪くないんじゃないっすか?」


 しかし、それに子生意気そうな少女がそんな言葉を上げるが。


「勝手にすれば」


 それを聞いた唯音にあっては、またぶっきらぼうに言いながら。その大剣を振るって、また幻魔獣を断ち切り屠るのみであった。




 戦術魔法少女達の戦いは、苛烈でそして目まぐるしくも。幻魔獣の群れを次に次にと屠って行った。

 そして防衛軍部隊は。注意を引くことや囮を引き受けることで、魔法少女達と連携。

 確実に状況を巻き返し行き、その場に希望が見えたかに見えた。


「――っ!!」


 しかし。

 幻魔獣の群れが片手で数えるまでに減ってきた所で。

 その最中で、唯音は何かに感づく色を見せ。唐突に戦闘行動を止めて、地面に足を着いた。


「唯音さんっ?」

「どうしたオイ!」


 唐突に唯音の見せた少し異な動きに、仲間たちは気づいて声を飛ばし掛けるが。


「――この気配、まさか……!」


 しかし結音はそれには答えず、彼女は視線上げて向こうの上空を見上げる。

 その向こう、ビルの合間に空が見え、何も無かった空間が――しかしその景色が突然大きく歪み。

 巨大な『漆黒のホール』が出現したのその瞬間であった。

 それは、幻魔獣が異空間より現実世界に出現する際の、接続口だ。


「!」


 その大きく開かれたホールより、揺らめく闇が溢れ出るそれで現れ。次にはみるみる巨大で悍ましいシルエットを形作る。

 そして程なくそこに完成して現れたのは、ここまでと比較にならない程の巨大さを。そして禍々しく不気味な容姿に気配を持つ、明らかに異様なレベルの巨大幻魔獣であった。


「!!……あれは……!?」

「……SS級の、個体じゃねぇか……!?」

「連中の……大ボス級っすよ……!?」


 少女達が戦いの動きを止め、その様相に顔色を一様に一変させたのは、それを確認した刹那。


「あれが……敵の……!」


 それを聞き、部隊長たちもまた驚愕の色を見せる。

 そう。今まさに向こうに出現したその存在こそ、破格のレベルの幻魔獣。

 幻魔獣の最上級個体であったのだ。


「やっぱり……!お姉ちゃんを……優音お姉ちゃん拐って行ったアイツ……っ!!」


 驚愕に包まれる皆の中で。

 だが一人、今までの倦怠感の見える色から一変。犬歯を剥き出しにした、凄まじい剣幕を見せていたの唯音。


「お姉ちゃん、って……まさかっ!」

「唯音さんのお姉さんが率いた、特殊戦術魔法隊を全滅させた!?」


 その唯音の唸るまでの言葉を聞き留め。少女達がまた驚愕と合わせて、そんあ言葉を紡ぎ漏らしたのは直後。


「戦術魔法隊を、全滅だと……!」


 またそれを聞き留めた、部隊長も驚愕の色を見せる。


 今に対峙する、その最上級個体の幻魔獣は。かつてこの世界を一度襲い、巨大な被害を出した個体。

 そしてその際に戦いを挑んだ特殊戦術魔法隊を、しかし容易く全滅に陥れ。

 その時に部隊を率いていた魔法少女、唯音の姉を。拐い去って行った個体であったのだ。


「お姉ちゃん……」


 上級個体を睨み、ギリと血が出る程に奥歯を噛み締める唯音。


「お姉ちゃんを……お姉ちゃんを……返せぇっ!!!」


 そして、記憶から、沸き溢れた怒りと憎しみに。

 次には唯音は大剣を薙ぎ振るい、噛みつかん勢いで、上級幻魔獣に向かって飛び出した。


「唯音、無茶を!」

「唯音さん!」


 唯音は、現在の戦術魔法少女部隊のエースであるが。

 しかしそれでも、現れた上級幻魔獣に何の策も無しに真正面から飛び込むのは、自殺行為と言って良かった。

 それに仲間たちは制止の声を掛ける。


「うああああああっ!!」


 しかし今の唯音にはそれが届くことは無く、彼女は憎き幻魔獣に向かって、一直線に突撃を仕掛ける。


「っ!!……っぅ!?」


 しかしその怒りに任せた突撃は、儚くも阻まれた。

 唯音の脚元より飛び出し襲い来たのは、闇で形作られた太くから細くまでの無数の不気味な触手。

 上級幻魔獣が体の構成の一部を、這って回り込ませていたそれが。怒りに捕らわれ警戒を失した唯音を、飲み込むような形で易々と握り捕まえたのだ。


「っぅ!?やめ……んぅ……っ!?」


 抵抗を試みる唯音だったが。その闇の触手の捕まえる力は凄まじく。

 虚しくも程なく、彼女はその体を完全に飲み込まれ拘束され、動きを封じられてしまう。


「唯音さん!今行き……!……んぐっ!?」

「!!な、こっちにも……うぁっ!?」

「ひっ、まず……むぐっ!?」


 その唯音を救おうと飛び出した仲間の少女達。だが、触手の捕縛の手は彼女達にも及び。

 いずれもが飛び出して来たその悍ましい触手に、体を絡め捕まえられ易々と捕まってしまう。


「!、まずい!彼女たちの救出を!」


 魔法少女たちの危機を見止め、防衛軍の部隊長たちは救出行動に飛び出そうとした。

 しかし。その部隊長達には、次にはその脚を止める衝撃が襲った。


「……っ!?……ぅ!?」


 襲い来たのは、耳を突き刺すような形容し難い音声。そして全身を走り襲った悪寒、本能を揺さぶる恐怖。

 それは、上級闇魔獣が上げ響かせた咆哮。

 それだけで相手を震わせ恐怖で支配し、その動きを封じる一声。

 それに、その耐え難い気迫と恐怖に部隊長達は身を凍らせ。その場に足を縫い付けられたかのように、動きを封じられてしまった。


「っ……!」


 一帯は完全に、上級幻魔獣の支配下となった。

 魔法少女達と防衛軍にとっての、圧倒的な危機、窮地。


「うぐぅ……!」

「んぉぉ……!」

「ふむぅぅ……!」


 少女達は闇の触手の拘束の中で、必死に抵抗するが。それが功を成す気配はまるで無い。


「……っ!」


 防衛軍兵士たちは、氷りついたように動かない体を、精神を懸命に奮わせ少女達を助けに向かおうとするが。抗いがたい本能の恐怖から、その足は動いてくれない。


「……っ……っっ……!!」


 その、上級幻魔獣の支配下となった一帯の中央で。唯音は闇の触手に絡め捕らわれながらも、身を捩り必死の抵抗を見せながら。

 同時に憎しみに満ちた眼光で、眼前の上級幻魔獣個体を睨む。


「……っ……!?」


 しかし、次には唯音はそれ見た。見てしまった。

 上級幻魔獣の、恐ろしいという言葉すら足りない。恐怖と暴虐を現象として体現したかのような姿を。

 唯音を、彼女を。まるで小動物でも捕まえ、虐め弄ぶかのような。いやもっと悍ましい企みの気配を。

 そして。己を飲み込まんと掻き開かれたその顎を。その内にまざまざと見せつけられる、身の毛もよだつ禍々しく悍ましい上級幻魔獣の口内を。


 魔法少女は、幻魔獣にとっては脅威であると同時に――獲物だ。

 魔法少女の宿す膨大な魔力は、幻魔獣にとって膨大なエネルギーの供給源となる。

 幻魔獣にとって、魔法少女は仇敵であってしかし、甘美な蜜。

 そう、幻魔獣は魔法少女、『喰らうのだ』。


「……ぁ……」


 私は、ここで喰らわれてしまう。終わってしまうんだ、あっけなく。

 唯音は、そう確信。


 背後で必死に藻掻き、叫び上げて訴える仲間たちの声も最早届いていない。


(優音……お姉、ちゃん……)


 最期に、ついに再開叶わなかった最愛の姉を脳裏に思い浮かべ。

 そして唯音の体は、悍ましい顎の奥へと飲み込まれる……――




 ――――スタスタズカズカと。




 その上級幻魔獣の向こう真横から、一人のシルエットが堂々歩み踏み込んで来たのは直後。



「――――撤 ッ ッ 去 ァ ッ ッ !!!!!」



 グ ゲ ギ ャ チ ャ ッ ッ ッ ! !

 と。


 そのシルエットが、えげつないまでの蹴りの一撃を〝ぶち放ち〟。

 闇の物体物質で構成されるはずの上級幻魔獣の巨体を。しかし肉のおもいっきり拉げる音を立てて蹴り殴り飛ばしたのは、まさにその瞬間直後だ。


 何を持ってしても敵うはずの、揺るがすことのできないはずの上級幻魔獣のその巨体は。

 しかし真横に面白いようにぶっ飛び。

 その先の向こうにあったビル建造物の根元に。隕石の激突の如き衝撃音を上げ立てて叩き込まれた。


「――撤 ェ ッ 去 ヨ シ ッ ッ !!」


 そして、上級幻魔獣がその場から「撤去」されたことを確かに確認し。

 上級幻魔獣に取って代わり、そこに堂々立ち構えたそのシルエットは。

 その組織機関の制服を兼ねる作業服を纏う、人相の悪く実年齢に反した少し老け顔のその者。

 ――脅威応急排除作業員の、守条は。


 その一声の轟きだけで。

 上級幻魔獣の闇も、恐怖の支配も。その全てを吹き飛ばすかの如き、号声のまでの作業完了の知らせを張り上げた。



 ちなみに今の一連の行動は。

 状況は良く分からなくとも、とりあえず排除物件と思われるものを排除しておく。

作業員の必殺技(セオリー)である――




「ぇ?……ひぁ……っ!?」


 それが、幻想獣の排除が完了された直後。

 唯音を捕まえていた闇の触手は、その主が事切れたことから、状態の維持が不可能となり霧散するように消滅。

 唐突に思わぬ形で解放された彼女は、そのまま地面に落下。

 尻餅をつき、いままでに反した素っ頓狂で可愛らしい悲鳴を上げてしまった。


「きゃぁっ!」

「わぁっ!」


 それは仲間の魔法少女も同じ。皆一様に、霧散した闇の触手から解放されて地面に落ちる。


「……っ!」


 同時に幻魔獣が放っていた、威嚇恐怖の気配も嘘のように消え去り。防衛軍の兵士たちも解放された。


「……ぇ、な……」


 しかしその皆はいずれも、揃って状況の一切合切を飲み込めておらず。

 呆気に取られた様相で、事態の根源中心たる。今も向こうで堂々と立ち構える、守条に視線を揃って向けている。


「!」


 だがそこに立て続けに、状況は変動する。

 皆の耳に聞こえ届いたのは、けたたましい電子的な音――サイレンの音。


「な……!」


 その音源を辿り、向こうに見えたものに、次には皆は再び驚きに目を剥いた。


 見えたのは、赤色灯を備えたクロスカントリー車。何らかの緊急車両兼作業車であろうそれが――〝宙空を浮かび飛んで、降下してくる〟姿であった。


 そんな皆の心情をよそに。

 その車両は悠々なまでの姿で降下してきて。程なくして唯音の前に、半分走り込む姿で着地。


「――大丈夫ですかーッ?」


 そして次には、その運転席のドアが開かれ。

 何か状況に著しく似合わぬ間延びした声色で台詞で。

 どこか飄々とした容姿に雰囲気の、中年男性――他ならぬ阿等が降り立って来た。


「失礼します、お怪我などないですかッ?」


 少し急く色ながらも、しかし今の状況にしては程があるほどに平然とした様子で。

 車両より降り立ち姿を現した阿等は。まず姿を認めた唯音に向けて、そんな確認の言葉を掛けてくる。


「ぁ……は、い……?」


 それに、ほとんど呆気に取られる様子で。半分反射で漏らすように答えを返した唯音。


「大丈夫か!?」


 そこへ、唯音の背後より声が飛ぶ。駆け付けたのは防衛軍の部隊長だ。


「あ、こちらの組織の方ですか?とりあえずこちらの方にお怪我はないようです。皆さんの方にはお怪我の有る方いませんか?」


 その部隊長の掛けた声にも、阿等が唯音を代理するように答え。合わせて続けて部隊長たちにも怪我などが無いかを訪ねる。


「……今の所、この場に重傷者は発生していないが……すまない、其方はどこの所属。いや、何者なんだ……?」


 それに一応回答し。そしてしかし少しの警戒を向けながら、尋ねる言葉を向ける。

 無理も無い。

 ただでさえ、上級幻魔獣を蹴り殴る一ムーヴで排除して見せ。おまけに緊急作業車両で宙空を飛んで現れた姿を見せたそんな存在を前にしているのだ。

 無論だが、唯音たちも部隊長たちも。その存在に正体に思い当たる節はまるで無かった。


「あ、すみません。私はこの管区の〝脅威応急業務作業員〟です、通報受けて来たんですけど」

「通……報……?」


 それに、まず公式の身分を名乗った阿等だが。

 相手方の部隊長に唯音もが、目を丸くして困惑の声を漏らすばかり。


「あぁー――案の条、管轄の境目だったしなぁ――「何それ」ってカンジですよね?ちょっと後でお時間取って詳しく説明しますので、まずは安全な場所に避難いただきたいんですよ」


 そんな唯音たちに部隊長の様子に。阿等は「それはそうかと」言うように、少し困ったような色を見せて呟き零すと。

 また改まっての丁寧な物腰で、お願いする形でひとまずの避難を促す言葉を紡ぐ。


「守条君、そっち大丈夫ー?」


 そして一度視線を外すと。制服兼作業服に装着していたトランシーバーを用いて、背後後方の守条に呼び掛ける。


《支障は無し――ですが完全排除、ウチらでの回収は無理です。メンテに回収依頼必要かと》


 その向こうでは、今にぶち蹴飛ばし排除した、一撃すでに事切れた上級幻魔獣の巨体を。

 しかしさらにエンピで突っつき寄せて退けつつ、排除の方法に試行錯誤している守条の姿動きが見えた。


「了解、そっちお願いできる。こっちは現場の皆さんをちょっと避難させるね」

《報告依頼を上げときます》


 通信にて、そんなやり取り調整を少し交わした後に。阿等はまた唯音たちに振り向き居住まいを正す。


「すいません。じゃあちょっと避難移動お願いできますか?」


 そしてまた寄越された促しの言葉。


 ――そしてそれから、唯音や部隊長達の疑問困惑はほとんどそっちのけで。

 あれよあれよという間に、これまでの恐るべき脅威の光景状況は。

 場の空気を吹っ飛ばす形で現れた、守条と阿等の手によって淡々と処理されていった――




 ――簡潔に事態。その実際の所を、状況を説明する。


 守条と阿等は、宇宙を越え次元を超え超空を越え。

 その内に存在し発生する、ありとあらゆる脅威障害の事象に物件の排除を業務とする。

 〝脅威応急排除部署〟の、その職員だ。


 此度は、亜空間に生息するはずの脅威指定生物――唯音たちの世界で『幻魔獣』と呼ばれたそれが。

 守条等の担当管区と隣接する、この世界に進入出現したとの通報を受け。


 出動急行から、今先に現場に現着。

 そして驚愕の光景を持って、その脅威指定生物の排除業務を遂行したという流れであった。



 それから後に、守条等の所属からメンテナンス部門などの応援が到着し。

 この世界での「処理排除作業」の初動が始まり。

 また、場所を移して唯音や部隊長たちには救護手当と合わせて。改めて詳細の説明がなされた。


 もっとも、それを受けてなお。唯音たちに部隊長たち、いやその場に立ち会ったこの世界の全ての人達は。

 総じてポカーン状態であったが。



 その場所を移した先の、この世界の防衛軍の仮設陣地。その内の一つの天幕内。


「――あ、そうだ。そちらの世界の方を、我々の方で接触から保護していたのですが」

「え?」


 そこで、詳細の一応のそれが終わった後。守条が端的な様子で、唯音にそんな言葉を告げたのはその時。


「あ、守条君。ちょうど来たみたい」


 そこ、阿等が言葉を続ける。

 そしてタイミングを丁度見計らったかのように、天幕に現れたのは。メンテナンス部門の職員と、それに連れられて来た一人の少女。


「……え……ぁ……!」


 その正体に、その可能性に真っ先に気付いたのは唯音。その少女の面影は、どこか唯音に似ていた。


「お姉、ちゃん……?」


 発せられた言葉。そしてその少女に駆け寄る唯音。


「お姉ちゃん……優音、お姉ちゃん……!!」


 そう、それこそ幻魔獣に拐われたはずの少女。唯音の姉であったのだ。

 思ってもみなかった突然の再会。それに、姉たる優音のその手を確かに力強く取る唯音。

 次には彼女のその眼からは、涙が零れかけた。


 しかし。


「……唯音ちゃ~~~ん……っ」


 その感動の再会を果たした姉が、唯音に向けて最初に発したのは。

 泣き声ではあったが、しかし何か真剣な状況に似つかわしくない、ふやけた色での声それ。


「え……?お姉ちゃん……?」


 それに少しの困惑を覚え、唯音は戸惑う言葉で姉の顔を覗き見る。


「あのねぇ……お姉ちゃん、助けてもらえたのは良かったんだけどぉ……向こうの人みんなぁ、わたしが魔法少女だってコト全然信じてくれなかったのぉ~~~……っ」


 そして。悲願の、感動の再会だというのに。姉である優音が発し寄越したのは、まるで迷子になって保護された子供のようなムーヴであった



 唯音の姉、優音は。確かに上級幻魔獣の戦いに敗れ、幻魔獣の巣窟たる亜空間に拐されたのだが。

 その亜空間の幻魔獣の巣窟は、優音が拐われ連れ込まれた間もなく直後のタイミングで。

 通報を受けて排除業務に赴いた、また別の脅威応急排除部署の職員班によって。塵の一つも残すことなく、潜んでいた一体の幻魔獣の生存逃走すら認める事無く、完膚なきまで処分処理されていたのだ。

 実は当人たちも知る由は無かったが、唯音たちの世界を襲っていた幻魔獣の軍団も。実はとうに帰る場所を失った残党と陥っていたのであった。


 そしてその経緯から偶然、超空世界の脅威排除業務部署に保護されるに至ったのが優音。

 その優音であるが、彼女は幻魔獣に捕らわれ拐われてから連れ込まれるまでは、眠らされていた為記憶は無く。

 目覚めた時にはすでに超空世界の組織機関で保護されていたのだ。


 そしてだ。その間、姉の優音は己の身分を説明したが、自称魔法少女の困った子扱いを受けており。


 今はその真相、経緯から嘆きでいっぱいなのであろう。「ふぇ~~」と締まらない様子で泣く姿を見せた。


「え゛ぇぇ……?」


 その、唯音のここまでの、哀しみと憎しみに暮れていた心情をそっちのけにして。さらに大変に残念な形で塗り替えて台無しにする、再開を望んだ姉の「ふやふや」ムーヴに。


 唯音は最初のクールな姿も、憎しみに悲しみの色も全部吹っ飛び。

 微妙な色で顔を顰め染め、濁った声を漏らす羽目になったのである。




 さて。以降は唯音たちの世界への、長期の復旧復興支援のフェーズへと移るため。また別部署部門に手が移る事となる。


 そのため、初動の対応排除が役目である守条と阿等は。指示された業務はこれにて終了となり、離脱する。


「――巡回基東40から、結礎本部」

《――結礎です、巡回基東40どうぞ》

「現場、指令脅威物件は排除完了。以降は復興部署に引き継ぎ、当局には離脱指示有りで離脱。帰隊方向、どうぞ」

《処理完了、引継ぎで離脱。了解、お手数でした、どうぞ》

「以上、巡回基東40――」


 業務を終えた守条と阿等を再び乗せた、作業車のその内で。

 指示系統を担当する指令センターに、車輛搭載の無線機で完了報告を入れる守条。

 運転席ではハンドルを阿等が預かり、この世界より超空空間へ復帰するべく発進。地上に停車していた作業車はその胴をフワリと浮かべ、自動車と言う形態に反して宙空へと悠々と飛び上がる。


「――騒がしくなりましたね」

「接触介入制限のある世界に、向かう事になっちゃったからね」

「まぁ――珍しいことじゃないか」


 車内でそんな会話を交わす守条と阿等。

 そんな二名を乗せた作業車は、程なくして搭載するジャンプ航法装置を起動。

 この世界の宙空よりジャンプ航法にて、彼等の活動の場である超空空間へと飛び去って行った――



 ――脅威応急作業員。

 彼等の現着する場所は、いつも衝撃的に騒がしく引っくり返る――



――――――――――



 お役所機関的な所の、業務作業員的な人々が。

 魔法少女とかそういう特別な存在すら苦戦する恐ろしい敵を、業務的に淡々と排除するというネタをやりたくて書いた短編ネタでした。


 呼んでくれた方は感じたと思いますが、作者の大分偏屈した考えからのお話です。

 本当に申し訳ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

脅威応急作業 人類の敵を倒すのは、魔法少女たち――ではなく公共業務作業員? EPIC @SKYEPIC

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ