第23章:結末の意味
火の手から逃れるように管理室を出た高坂宏太は、廊下を支えを探すように歩き続けた。
死闘を繰り返した足取りは既に限界に近く、時折めまいをこらえながら視界をさまよう。
すべてが終わった——そう頭では理解していても、体がその事実を拒んでいるかのようだった。
扉という扉が閉鎖され、ほとんどの経路が火災の煙や崩れ落ちた瓦礫に塞がれていたが、周囲の警報が次々と停止していくのを感じ取る。
扉のロックが解放されるほどに、施設が最終段階に突入しているのだろう。
仲間の死体を踏み越えるたび、血に濡れた靴がじわりとその重みを伝えてくる。
主催者の声はもう聞こえない。誰もが望んだ「外への道」が、今だけは開かれているのかもしれない。
ついにたどり着いた大きな扉を、ひしゃげた腕で押す。
金属の重厚なパネルが軋みを上げながらずれ、そこにわずかな光が射し込んだ。
手をかざすと、肌の奥まで熱が焼きついているのを感じる。
死線を越えた実感と、失った命の数が胸を刺す——もう、誰も続く足音はない。
外の空気は、想像していたより冷たかった。
夜の闇とも朝焼けとも区別できない空の色を仰ぎ見ると、吹き抜ける風が火傷のように頬を撫でる。
血と汗まみれの体で立ち尽くす宏太の耳に、警報や悲鳴の類はもう届かない。
施設が遠ざかり、そこから上がる炎だけが赤く迫っているのがわかる。
「……ああ……」
言葉が出ない。火と煙の中を必死に生き残ったのに、ここに立つのは自分だけ。
自分で殺めた仲間たちを思い返し、足元が揺らぐ。
影を操る力など、最初から何の役にも立たなかった。
ただ最後に死ぬか生きるかの闘争を繰り返し、気がつけば自分がこの「勝者」の立場にいる——それだけの結末だ。
世界は静かだ。あの狂ったゲームの音や叫び声は、背後で燃え尽きる施設とともに封印されていく。
宝生ルカも、森下海人も、青木幸子も、高麗杏奈も、北条光希も、南條エリカも、伏見圭も——あの場所に散った名もなき死者たちも——誰一人ここにはいない。
血でぬめる掌を見下ろし、宏太は吐き気をこらえた。
「……これが、勝ち残るってことか……」
痛みに耐え、背筋を伸ばそうとするが、全身が悲鳴をあげる。
息を切らしながら崩れそうな体を懸命に支え、暗い地平をにらむ。
殺し合いを制して手に入れた自由に、何の意味があるのか。
彼は一歩ずつ足を出すたびに、血が滴り、足跡を残す。
空気が冷たい。肌を刺す風が、あの鬼気迫る爆音や死の匂いから解放してくれているのかもしれない。
それでも胸の奥は重く沈み、押しつぶされそうな罪悪感が絡みついて離れない。
きっと夜が明けようと朝が来ようと、この痛みは消えないのだろう。
その場にうずくまりそうになる感情を振り払って、宏太は歩く。
出口の向こうに広がる夜か朝かもわからない景色は、どこか不吉な静けさに包まれている。
主催者が仕組んだ罠から逃れられたとしても、新たな闇が待っているのかもしれない。
それでも、死に追い詰められる施設よりは幾分マシだと信じるしかない。
誰も、何も、声をかけてこない。
明らかに異常な死闘だったのに、世界は何も変わらないまま、冷ややかに彼を受け入れている。
影が伸びる地面を見て、宏太は自嘲する。
せめてこの能力で誰かを救えたならよかったが、そんなことは叶わなかったのだ。
薄い影の揺らぎが、彼の無力をまざまざと示している気がする。
「生き延びちまったな……」
かすれた声が闇に消える。後ろを振り返ることはできない。
あの施設が火砕に飲まれ、すべての死体も証拠も焼き尽くされるのだろう。
あまりに多くの血が流れた。自分が抱える重荷は、簡単には拭えない。
こうして高坂宏太は、血まみれのデスゲームを生き残る。
ただ一人、外の風景へ足を踏み出していく。
誰の祝福もなく、ただ命を繋いだだけの勝利。
だが、果たしてそれを勝利と呼べるのか。
彼にはわからない。ただ、足を引きずりながら深い闇の中に消えていく。
最終的に、施設の爆発が轟音を上げ、夜空を真っ赤に染める。
記録も死体も炎の中で焼かれ、連鎖する破壊音だけが遠くまで響き渡る。
誰もその先の結末を知らない。主催者が用意したこの殺人劇が何を意味したのか、何も語られないまま、デスゲームは幕を下ろす。
命を背負った一人の亡霊を残して——。
そして夜の闇は静寂を取り戻す。
世界はまるで何事もなかったかのように回り続ける。
外へ出る一人の足音だけが、かすかに遠ざかっていく。
高坂宏太はただ、心を病むほどの罪悪感と苦悩を抱えて夜の果てへ歩み去る。
その姿を照らし出すのは、遠くで燃え盛る炎と、過ぎ去った仲間たちの幻影だけだった。
無能力バトルロイヤル 三坂鳴 @strapyoung
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