わたしメリーさん・・・。今、ストーカーされてるの!!!

真島こうさく

わたしメリーさん・・・。今、ストーカーされてるの!!!

 わたしメリーさん。え、知ってる? 知ってるわよね? もはや紹介不要の都市伝説の女。いつもは電話越しに「今あなたの後ろにいるの……」なんて寒気を誘う芝居をするのがわたしの鉄板芸だけど、今回ばかりは笑えない。いや、むしろ笑いたいくらいに状況が変だ。――わたしが「ストーカー」されているなんて、こんな洒落にもならないホラーがある?


 ただ、ここで断言するけど、わたしは別に怖がってなんかいない。むしろ困惑している。ターゲット(つまりわたし)をつけ回すって、他にやることないのかしらって問いかけたくなる。本当に恐怖を味わわせるなら、わたしみたいにもっとスマートな方法を考えればいいのにね。ほら、夜中に電話をかけたり、フフフ……。ま、ご存じだと思うけれど、わたしメリーさんの面倒くささは筋金入り。相手は相当な覚悟を決めて追いかけてるんだろうけど、なかなかの物好きね、なんて自分で言ってて情けない。


 事の始まりは数日前だった。わたしがいつものように電話越しに脅かし――じゃなくて、挨拶を済ませてからというもの、何やら背後を感じるのよ。背後といっても幽霊的な意味じゃない。肉体を伴う、もっと生々しい気配。わたしがこの街の片隅に潜んで昼寝をしていたら(ホラーヒロインにも休息は必要)、誰かが遠巻きに見てるのよ。ふとその方向を見るとササッと物陰に隠れる。頭上から葉っぱが落ちるほど分かりやすい挙動だわ。


「だ、誰・・・!?」

 であるべき存在なのに思わず声に出してしまったわ。ああ、恥ずかしい。けど叫ばずにはいられなかったのよ。それを聞きつけたのか、ストーカー君が慌てて物陰から飛び出しそうになったのが見えた。そこが面白いって言ったら、まあごめんなさいだけど。


 ところが、姿を捉えようとしても、どうしてもあと一歩のところで消えるのよね。その姿はぼんやりとしかわからない。人間……だといいんだけど。わたしのファンなのか、ただのいたずらなのか。あるいは、わたしを都市伝説の頂点から引きずり下ろそうという新手の怪異かもしれない。想像が膨らむと同時に、思わずワクワクしてしまうわたしもいる。ごめんなさいね、元がこういう仕事なもので。


 翌日、慎重に様子を探るために街の外れのコンビニへ向かった。電話だけじゃ退屈だからね。わたしもたまには表に出たっていいじゃない。ところが……感じる。まだ感じるの。ストーカーの視線。これがすごく微妙で、恐怖というより――なんだか愛着すら覚える視線なのよ。思わず「追うならもうちょい大胆に来なさいよ、こっちだってヒロインなんだから」って言いかけてしまった。でも、それじゃホラーの品格に関わるわ。だからぐっと堪えたの。


 するとどうだろう。人影が一瞬、街灯の明かりの範囲に入った。――ふつうの青年だった。なに、幽霊でも怪物でもないじゃない。それが分かったとたんに、わたし胸を撫で下ろしたわよ。「そっちが人間なら、わたしも姿を隠しておく必要もないじゃない」と思って、意を決してその物陰へスタスタ向かった。でも、わたしがそいつに話しかけようとした瞬間、スッと逃げていく。あれ、わたしって怖がられてるのかしら? 立場逆転してる気がするわ。


 ここで気づいたわたしは悟ったの。「ああ、これは何かのすれ違いだ」って。もしかしたら彼は、わたしのことを本当は怖がってる。だけど気になって仕方ないからつけ回している――まるで子どもがホラー映画を怖がりつつも目を離せないように。そう考えると、わたしはいっそ申し訳ない気すらしてきた。


 だから今日の夜、わたしは決意したの。逃げる彼を追ってみようと。意外だよね、メリーさんが追う立場に回るだなんて。ストーカーしてる相手を逆に追いかけるなんて聞いたことないでしょう?


 そして路地裏に追い詰めた瞬間――そこにいたのは、見るからにオドオドした青年。でもやはり興奮と怖さがごちゃ混ぜになった目をしていたわ。わたしは静かに、できるだけやさしく言ったの。「わたしメリーさん……わたしを追いかけるのはやめてくれないかしら? そうじゃないと、わたし、あなたの夢にまで出ちゃうかもしれないわよ?」


 青年はガタガタ震えながら、「す、すみません……でも本当にいたんですね……」と吐き捨てるように呟いた。その言葉を聞いて、わたし正直なところ少しうれしかった。たとえホラーの怪談でも、都市伝説でも、存在を認められるってのは悪くない気分だから。だから、わたしは彼に満面の笑み――つまり絶対に見せちゃいけない、『あの』笑みを見せたの。すると、やはり悲鳴を上げて気絶しちゃった。むしろご褒美じゃない?


 結局、彼に深いトラウマを植えつけたかもしれないけど、わたしも悪気はないのよ。ただ、ストーカーがもう現れないといいわね……いえ、やっぱり現れてもいいかもしれない。だって少しだけ、退屈がまぎれたもの。わたしメリーさん、怖がられたり怖がらせたりするのが仕事だもの。追う側だったり追われる側だったり、人生はいろいろ。これもまた、あなたへの電話が繋ぐ新しい伝説になるのかもしれないわ。


 ――というわけで、「もしもし。わたしメリーさん。……今あなたの後ろにいるの。だから、ストーカーには気をつけてね?」

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