第五話 世はまさにエロ世紀末時代!!!!!!

 

「ナシュアさん! 逃げるよ!」


 彼女の手をとり、こちらに引き寄せる。


 彼女も立ち上がろうとしたのだろう。勢いよく俺の胸にナシュアさんが飛び込んでくる。それを俺がキャッチ! 速やかに体を反転させ、走り出す。

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 はぁ、はぁ。


「マッテ、ハヤィ」


 はぁ、はぁ、はぁ。


 どんどん後ろからの振動が大きくなっている。だがそんなことは気にしない。無我夢中で走るだけ……。


 コテッ。


 手が後ろに引っ張られる。


 気づかなかった。その瞬間全てが遅く見えた。


 俺の走りに彼女はついていけなかったのだ。


 俺たち二人は地面に倒れた。


 俺が悪い。俺が……。走るのに夢中で気づかなかった。くそっくそっ!



 はぁはぁはぁ。


 後ろから荒い息遣いが聞こえる。そうだ彼女だけでも守らねば。

 力を振り絞り、彼女の元へと向かう。足がつりそうだ。


「ナシュアさん、まだ走れますか?」


 返答する余力も無いらしい。かく言う俺も、もう走れそうにはない。ここまでなのか……。


 クリムゾンなんとか、とかいう魔物も形がくっきりと見えるくらいのところまで近づいてきている。あと十数秒もすれば追いつかれるだろう。



「ナシュアさん、先に逃げて」


 守らなければ。俺なんか前世の記憶持ってるからその分長生きしてるみたいなもんだし。


 そうだ、彼女を守らなきゃいけないんだ。


 数秒経っても彼女が動く気配はない。


 くそっどうしてだよ。動いてくれよ!! なんで立ち上がって逃げてくれないんだ……。君が動いてくれなきゃ……俺は……。今、止まってるのでも精一杯なんだ。必死に逃げ出しそうな俺を打ち消してんだよぉ。


 でも! ……ここで引いたら、自分のことがもっと嫌になる。




 昔から自分のことが嫌いだった。


 昔から大抵のことはうまく行った。特に小さい頃はいつでも一番だった。

 それを誇っていた自分が嫌いだ。


 やがて成長すれば普通よりちょっと優秀くらいに落ち着いた。

 中途半端な自分が嫌いだ。


 その頃には、昔はいっぱいいた友達も二、三人になっていた。

 そんな自分が嫌いだ。


 教室の隅っこでうずくまっている子に声をかけるだけかけて、人に優しくするふりをして、自己満足を満たしていた自分が嫌いだ。

 そのくせ、人に声をかけられると喜んでいた自分が、哀れで嫌いだ。


 嫌いなところは、あげればキリが無い。


 こんなに嫌いな自分だけど……だけど……。


 死ぬ前くらい自分を肯定したい。だから……。



 一歩を踏み出せる。



 タッタッタ


 この子だけは守ってみせる。来いクマ野郎!!


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 ダンダン……。


 来る!!!


 クマが眼前に迫る。


 ガォオオオ!!!!


 怒れり猛獣は足を止め、こちらに鋭い爪を振り下ろしてくる。その時。


「お前が、止まるのを待てったんだよおおおおお!!!!」


 右手を振り上げ、上に、めいいっぱい上空に、魔力を込める。


「はぁあああああああ!!!」


 空に小さな石が現れると、それは俺の声に比例して、どんどんどんどん大きくなる。

 クマのかぎ爪が俺の腕に届く頃には、その猛獣ほどの大きさになっていた。

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 ヒューーーン、ゴオオオン!!!!


 巨岩は次第に落下し始め、やがてクマに激突した。

 魔物と巨岩の衝突は凄まじく、あたりには土埃が舞う。


「ケホッケホケホ、……やった、か?」


 土埃が髪に降り落ちる。視界に映る埃がスクリーンとなり、次第に影が映し出される。




 だが、その影は岩の形ではなく巨大なクマの形をしていた。


 倒しきれなかったのだ。


「はっ、ハハ、まぁ、じか」


 仕方ない。……精一杯がんばった。やれることはやった。習ったばかりの初級魔法で岩を作り、それを落としただけ。よくもまあそれだけで、ここまで抗えたもんだ。俺にしては、上出来……。


 頬になにか這う感覚が伝わる。左手で頬を触れれば指先が濡れた。涙だ。


「なんで涙なんか……」


 ガオオオオォ!!!!


 獣の雄叫びは木々を揺らし、大地を揺らす。

 もう終わりだ、そう思った時。一つの人影が目の前に現れる。


「待たせて、すまない」


 え? だ……れ? 女神様……?


 ゴトッ


 あ……れ?


 天地が傾く。……いや、俺が倒れたのか……それに地面の血……感覚の無い右腕。そうか、俺……腕、ちぎられてたんだ……。



 ◆


「……ヒール……おや? 目を覚ましたようだね」


 ん? 母ちゃん?


「……か、かあちゃん?」


 母ちゃんが俺を見下ろしてる?


「ハハッ、私は君のお母さんではないよ」


 笑っている彼女はまるで女神のようだった。


 う、うぇえ!? 母ちゃんじゃ、ないし……。めっちゃ美人……。

 びっくりしすぎて体を跳び上がらせる。どうやらこの美人さんに、膝枕をしてもらっていたようだ。


「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。ふふ」


 微笑むだけで絵になる人だなぁ。……美形ってすごいや!


 え、てかクマ野郎は!? 辺りを見回すが、クマの姿はおろか、周りにあったはずの木々すら近くには無い。


「大丈夫だよ。クリムゾンベアはもう倒した。もう森の外だ、安心するといい」


 この人があの化け物を? 確かに肉付きが良い。体も女性にしてはデカい。これなら、あの獣を倒したと言われても信じられないこともない。


「ありがとうございます」


「どういたしまして……」


 ……もうあのクマはいないというのに、彼女の顔が少し曇っているように見える。


「どうか……したんですか?」


「え、ああ、いや気がかりでね」


 何が気がかりだというのだろう。


「何が気がかりなのでしょうか?」


 彼女は手を顎につけ、斜め下をじーーーっと見つめている。


「ふむ、クリムゾンベアだが、毛が赤かっただろう?」


「はい」


「あれは繁殖期のメスの個体に見られる現象なのだが……おかしいんだ……」


 繁殖期? だからあんなに凶暴だったのだろうか?


「おかしい……それは一体どういう?」


「ふむ、端的に言えば、今の時期はクリムゾンベアの繁殖期ではないのだよ。それに今はエロ世紀末時代だ……そもそもがクリムゾンベアに繁殖期が訪れるのは珍しくなっている。しかも人を襲うほど凶暴になるなんて……どこかおかしい気がするんだ」


 エロ世紀末時代……。そう今はまさに世紀末の時代。魔族も人間も亜人も、全ての生き物がまるで呪いにでもかかったように性欲が減退し、その数を減らしている。


「不安にさせるようなことを言ってすまない。……ところで右腕の調子はどうだい? 皮一枚で繋がっている状態から、なんとか治癒魔法でくっつけたんだが?」


 右腕、確かになかったはずの感覚が戻っている。だが、手を動かそうとすると手が震え、言うことを聞かない。


「あ、……あれぇ? 本調子じゃないですね〜汗汗」


 本当に本調子じゃないだけなら良いのだが、ずっとこのままだったら、俺は……。


「そうか、私の治癒魔法が至らないばかりに……」


 いけないいけない、美女の顔を曇らせてしまった。


「と、ところであなたの名前は……?」


「わ、わたしか? 私は……ルージュ・ナシュアだ。よろしく頼む」


 この方が!? どおりでめっっちゃ美人なわけだ。


「僕はイシュタル・トーマスと申します。よろしくお願いします」



 しばらくの間ナシュアさんと世間話をした後だ。彼女が声をかけてくれたのは。



「……アノ」


 ん、何か後ろから声がしたような……気のせいか。


「あの……」


 ん? また声がしたような?


「お、リリアじゃないか!? どうしたんだい私に用があるのかい?」


 リリア……さん……!? ばっと後ろを振り向けば、そこには儚げな少女がいる。ナシュアさんだ。


「ア、エットォ、違うんです。そこの……オトコノコに」


 両手の人差し指の先っちょをツンツンしている。

 かわえぇえ。もじもじしているところもグッドですねぇ。


「どうされました? ナシュアさん」


「……あのぉ、話に割り込んで悪いのだが……私もナシュアなんだ……できたら名前で呼んでくれないだろうか?」


 そうだったぁ……。僕としたことがキリッ。


「すいません。怪我は無いですか? リリアさん」


「ハァはぁい、ダイジョブデス。……えっと、それで、ありがとおございました!!! 助けてくれて……それじゃ、ササッ」


 行ってしまった……。もうちょっと喋りたかったなぁ。


「すまない、うちの妹は照れ屋さんなんだ」


「……いえいえ、謝ることはありませんよ。素敵な妹さんです」


 にこやかにそう言えば、ルージュさんも笑顔を返してくれた。


 でもよかった。リリアさんが無事で。


 嫌いな自分を少しは好きになれた気がした。

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伝説の聖者ならぬ性者様は地道にハーレムを築くようです〜ちょっとエッチでギャグシリアスなラブコメ冒険譚〜 来世は動物園の動物になりたい @nyakonyako893

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