晴れた空にただいまを

和尚

晴れた空にただいまを


 最後の力を振り絞って渾身の一撃を入れた瞬間、俺は吹き飛ばされて受け身も取れずに転がった。仰向けに倒れる中で、空が見える。


 顔だけ動かして、俺を弾き飛ばしたモノを見た。影のような人型だった。その黒い身体に、肩から腰の深くにかけて、俺の大剣が突き刺さっている。全ての元凶、全ての人類の敵。そう呼ばれた敵がもがき苦しんでいた。


 ――――ざまぁみやがれ。


 俺は、声にならない罵倒を吐いて、再びぐったりと空を見上げる。

 覆われていた暗雲が消え、晴れていることに気づく。青い空。久しぶりの大月リクス小月リュナだった。


 ――――あぁ、そうか。俺は、俺達は勝ったのか。


 少しだけ遅れて、そう実感するが、それで終わらなかった。

 言葉はわからなくとも、聞こえた。


Mhratēni諸共に


 最後とばかりに放出された炎を避ける体力どころか、もう指先すら動かなかった。そうして俺は身体ごと、炎に飲み込まれ。


 ――――なるほど、これが散華の炎ってやつか。


(ごめんなぁ、帰れんかった)


 そんな事を考えながら、俺の意識は途絶えた。

 最後に何か、耳元で叫ぶ声が聞こえた気がした。



 ◇◆



 声が聞こえた気がして、チドリ・ナタネは外を見た。

 陽の光が、差し込んでいるのに気づいてハッとする。慌てて外に出ると、村の皆々も同じように外に出て空を見上げていた。


「ヒバナがやったんだ……!」「やった、これでまた生きていけるのか!?」


 チドリはそんな歓声に包まれる中で、胸騒ぎに心臓を押さえながら、呟いた。


「……約束、したよね。ちゃんと帰って来るまでが、旅なんだからね」


 あれから一年。欠かさずに行い続けた日課をするべく、チドリは首を振って家の中に入る。そう。いつでも最愛が帰ってきて休めるようにと。



 ◇◆



 空に二つの月が上る名もなき世界。

 ある日、その世界は暗雲に覆われることとなった。 最初は誰もが長い雨だとばかり思って、不思議に思うことは無かったため、今となっては正確にいつからだったかは分からない。


 わかるのは、長い雨が止んでも、その暗雲は消えることはなかったということだけ。ようやくにして、世界の人々は気づいた。これは異常事態だと。

 いつも共に在った月を久しく見ることはなくなっていた。


 幸運なことに、時の為政者は優秀な王だった。

 様々な伝手を辿り、賢者、研究者、魔道士たちを呼び集め協議を行い、各方面にも兵士を派遣して調査を行ったのだ。


 結果として判明したのは驚くべきことだった。

 大陸の西端。人里の離れた海岸部に大きな物体が発生しており、煙の発生点はそこだと、ボロボロになった兵士の生き残りは報告した。

 調査隊は彼を遺して、その場から現れた不思議な黒き獣に蹂躙されたと。


 程なくして、国の西側諸侯から救援が届いた。

 正体不明の黒き獣によって攻められているとの知らせだった。


 刺激してしまったからだと言うものもいたし、後手に回ったと批判するものもいれば、名君であったからこそこの段階で滅ぼされなかったのだと話すものもいた。


 ただ、皆の意見が一致していたのは、それらが敵であるということ。

 黒き獣たちは悪魔の獣として『魔獣』と、中心部にいたとされる巨大な人型の個体は魔獣の王として『魔王』と呼称された。


 そして一年。

 あっという間に西側は押し込まれ、大陸の半分は人類のものではなくなっていた。


 夏が終わり、収穫の秋が来て、冬が終わり、春が来ても、暗雲は解けないままで、人心は荒み、それ以上に日照不足による食料難が発生していた。

 備蓄は付き、比較的暗所でも育つ芋類やキノコ類で耐え忍ぶにも限界がある中で、教会に一つの神託がもたらされた。


 日の出づる地に住まう青年。

 火の精霊に愛される少年。

 水を司る一族の女性。

 深奥の森に住まう巫女。

 土中に住まう異形の大男。


 彼ら彼女らに秘奥の武具を与えて魔王を討ち倒すべし。


 果たして神というものが存在するのか。

 そして存在したとして神が神託をもたらすのかは定かではない。


 だが、打つ手を見失っていた時の王はそれぞれの地に派遣し、それらしき者たちを探し出したのだった。



 ◇◆



「ねぇねぇ、ヒバナは魔王を倒したら何をすんの?」


 その中の一人である、弓手アーチャーのミュールが俺に聞いてくるのに、少しだけ考える。


 神託とやらが本当だったのかは知らない。

 だが、魔王の、世界がこうなっている元凶がいるというこの場に辿りつくまでに色々あった中で、間違いなく背中を任せられる仲間で、頼りになる友人たちだった。

 しかし、目的の為に駆け抜けてくる中で、不思議とお互いの話をすることはなく。


 巫女という立場からは驚くほど明るく人懐っこい、小柄で細身、少年とも見間違うような少女が今のこの場で聞いてくるのは意外でもあった。


「あら、確かにあなたの話はあまり聞いたことが無かったですわね」


「確かに。まぁおっさんの話に興味あるかっていうとわかんねぇけど」


「…………」

 

 水魔法を得意とする、こちらの方こそ巫女然として魔法使いのスイレン。火の精霊の血が混ざっていると言われているホムラ。無口ではあるが縁の下の力持ちであるギガント族の戦士のコンゴールもまた、めいめいに俺に問いかけてくる。


 尤も、考えなくとも答えは決まっているのだが。


「……そうだな。村に帰って、畑を耕して暮らす。待ってくれているやつもいる」


「へぇ、そうなんだ! ってええ!? ヒバナそんな無骨って感じなのに恋人いるの??」


「無骨がどう関係するのかはわからんが、幼馴染の大事な女がいる」

 

 ミュールがのけぞるようにして大げさに驚き、そして、そこまでではないが他の面々も驚きの気配を見せているように感じ取れる。


「あら……? 確か王さまに依頼された時に、無事戻ってきたらお姫様と婚約がどうとか言われておりませんでしたか?」


 そして、続けてスイレンが首を傾げて尋ねてくる。

 本人にはそんなつもりは無いのだろうが、妖艶さが一つ一つの仕草に表れていた。聞いたところによると、セイレーンの先祖還りだと言われているらしい。

 俺はそんなスイレンの言葉に頷いて、答えた。


「……そうだな。だから、俺はこのまま魔王を斃した後はそのまま村に帰るつもりだ」


「「「えええ!!??」」」「………!?」


 三人に加えてコンゴールまで驚いた顔をしているのに笑ってしまう。


「だってだって、ヒバナ、あんた勇者だよ? 褒美もたんまりもらえるんだよ?」


「お前森の巫女のくせにそんながっついてていいのかよ……じゃなくて、おっさん流石に報告位はしろよ!」


「……まぁ確かに、倒せさえすればこの暗雲も消えるのでしょうし、正直その後は惰性なのかもしれないけれど、ねぇ」


「…………(コクコク)」


 四者四様に迫られ、俺は苦笑交じりに言った。


「国から使者が来て説明を受けた時も、国のためなんかじゃないとは言ったんだ……俺はただ、昔のように空が見える場所で、畑を耕して、あいつと一緒に歳を取って、あの村で暮らしていければそれでいい」




『昔っからの馬鹿力を活かすのね。それに、このままじゃ皆倒れちゃうもんね…………』


 喜ぶ国の使者や村長とは違い、あいつは辛そうに、でも笑顔でそう言って。

 そして―――――


『ほんとは行ってほしくない。ねぇ、旅は帰ってくるまでが本番だからね? 絶対……帰ってこないとだめだからね? いつ帰ってきても良いように、御飯作って待ってるから』


 背中に頭を付けて、俺にだけ聞こえる声でそう言ったのだから。




「へぇ、そっかそっか、じゃあ明日は頑張らないとだね!」


「あぁ、俺は魔王を倒す……できたらお前たちも、いつかは村に来てほしい」


「うん、是非とも!」



 そして、俺達にとっての運命の分かれ目となる、朝が来た。



 ◇◆



 魔王は強かった。

 影で表情はわからなかったが、何かを背負う鬼気迫る気配を常に出して、何度攻撃を打ち込んでも、切りつけても倒れなかった。


 最初に倒れたのは、スイレンとホムラだった。

 周囲にいる魔獣が、時には魔王の盾となり、時には矛となり、長期戦になれば数に劣るこちらがじり貧となるのは明らかだった。

 そのため、二人は全ての魔力を消費して、一時的に精霊を下ろして魔王の周囲にいたものを一掃し、そして限界を超えた魔力枯渇に陥って倒れた。


 だが、その御蔭で俺もコンゴールもミュールも魔王にのみ集中すれば良くなる。


 そして、次に倒れたのはミュールだった。

 相手に隙を見出す為に、コンゴールの庇える範囲の外、場の死角から見事に魔王に矢を突き立てて、魔王を怯ませるも、返す一撃をまともに食らった。


 その後の俺の攻撃が通る様になったのは、その抜けない矢が魔王の行動を阻害してくれたおかげだった。


 最後にコンゴールと俺は、それぞれ満身創痍の中で、無言で視線を交わして、方針を決めた。

 コンゴールが全ての攻撃を受け止めつつ前進し、倒れ伏すその背中から、俺が大上段に切り下ろしたのだ。


 初めてに近い手応えのある一撃、間違いなく相手の何かを刈り取った気はしていた。


 だが、そこまでだった。

 その後吹き飛ばされた俺の意識は途切れ―――――



 ◇◆



「…………っ」


 ―――――。


「…………?」


 ―――――。


「…………!」


 ―――――?

 

 俺は、不思議と穏やかな気持ちで目覚めた。

 随分と長いこと、眠っていた気がする。


(……この天井は、知っている。それに、この感触は?)


 柔らかい布団に、太陽の匂いがした。

 身体が固まっている感覚の中で、なんとか起き上がって見渡すと、なるほど、所々変わっているがここは俺の部屋だ。


 天国というところは実は家のような場所なのだろうかと、呆けた頭で考えていると、外に気配を感じる。

 咄嗟に声を出そうとして、かすれた声になって咳き込んでしまった。


 すると―――――。


「…………ヒバ……ナ……?」


 扉が開いて、そこには少しだけ記憶よりもやつれた、しかし美しさは損なわれていないチドリがいて。


「っ! …………!」


 そのまま無言で、固まっていた俺に飛び込んできた。

 俺に比べてちょうどいい小柄さの体躯が、そうすることが当たり前なのだと主張するように腕の中に収まる。


「ヒバナ! うう……! 起きて、起きてよかった!」


「チドリ……俺は、俺は一体?」


「コンゴールさんが……とっても大きな人が、貴方を連れて帰ってきてくれたの……他の仲間の方も皆、ありったけの薬と魔法で、貴方を生かしてくれたのよ。いつ死んでもおかしくないくらいだったって。そこからもずっと目覚めなくて」


 チドリは泣きながら、俺にこれまでのことを話してくれた。


「そうか……皆無事だったのか、良かった…………俺は一体、どのくらい眠っていた?」


「空が晴れてから、もう一月になるわ。他の方も残ってくれていたのだけれど、報告しないといけないからって王都に。それに、どちらにしても貴方はここにいる方がいいだろうからって――――」


「感謝をしなければな……」


 俺が仲間たちに感謝をして想いを馳せていると、チドリがようやく泣き止んで、そして、静かに、でも、噛みしめるように、告げた。


「おかえりなさい、ヒバナ」


 その温もりが、声が、俺がここにいることを喜んでくれていて、俺はようやく、帰ってきた実感が心から湧いて。


「あぁ、待たせて済まなかった……ただいまだ、チドリ」


 窓から差し込む太陽が、腕の中の温もりが、守れたものを俺に教えてくれていた。


 これは終わらなかった世界の物語。

 勇者が仲間と魔王を倒して、ただ、帰るべき場所に帰り着いた、物語。



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