第5章「限界と支え」~ 第6章「決断の光」~ 第7章「新しい一歩」

第5章「限界と支え」


美輝はリビングの扉を開けるなり、母親の姿を探した。

ソファには大きな荷物が転がっていて、またネットで買ったらしい段ボールが山積みになっている。

「ねえ、これどうしたの…?」

低い声が震えそうになる。

母親は青ざめた表情でうつむいたまま、はっきり言葉を発しない。

美輝はカバンを床に下ろしながら、「もう限界だよ、こんなの!」と声を上げた。

「借金がどんどん増えるばかりなのに…私ひとりじゃ無理!」

その瞬間、母親の目に涙がにじんだ。

「ごめん…でも、止まらなくて…」

食い気味にそう言われても、美輝の怒りと悲しみは治まらなかった。

頭痛と腰痛が重なり、何をどうすればいいのかがわからない。

「私だって、何とかしてあげたいけど、もう何もできないよ!」

声が上ずったままリビングを飛び出し、自分の部屋に駆け込んでドアを閉めた。

その夜、姉に電話してみたものの、結果はいつも通りだった。

「ごめんね、子どもが熱出してて、うちも大変なの…」

頼るどころか気遣いさえ満足に返ってこない状況に、美輝は思わずため息をつく。

「わかった。もういい」

そう短く告げて電話を切ると、胸の奥が妙に重く感じられた。

翌日、どうにも気分が落ち着かず、美輝は友人に相談した。

猫のようにつり上がった目で心配そうに見つめる彼女の前で、美輝はぽつりぽつりと語る。

「うちの父親なんだけど…昔、本当にひどいことをされてさ…」

唐突な告白に友人は驚いた顔をしたが、何も言わず頷く。

「母さんもあのときは必死だったんだろうけど、結局全部は止めきれなくて…」

声はかすれていた。

友人は美輝の手をぎゅっと握る。

「そんな過去があったんだね。ありがとう、話してくれて」

美輝は弱々しく笑った。

「ごめん、重い話で。でも聞いてほしかったんだ」

すると友人は「あんたは悪くないし、重くなんてないよ。背負ってきたもの、私にも分けてよ」と静かに応じた。

そして夜、美輝は彼氏と電話を繋ぐ。

「最近どう?本当に大丈夫?」

相手の穏やかな声を聞くだけで少し肩が軽くなる。

美輝は母親との衝突や、自分の過去を少しだけ語ってみた。

父親にされたこと、完全には口に出せないけれど、それでも彼はじっと耳を傾けてくれる。

「つらかったね。でも、君が悪いわけじゃないからね」

その一言に、美輝は思わず涙がこみ上げそうになった。

「ごめん、取り乱して…」

電話越しの彼は落ち着いた声を崩さない。

「謝らなくていい。いつでも話して」

スマホをそっと置いて、美輝は深呼吸した。

普段から頼りにならない姉を思うと心が折れかけることもあるが、友人や彼氏は違う。

自分の痛みを少しずつさらけ出すたびに、その人たちの理解が深まっていくのを感じられる。

「私、まだやっていけるのかな…」

そう呟いたとき、枕元にあるネイルの資料が目に入った。

心が折れそうになるたびに、目標を思い出すのが美輝のやり方なのかもしれない。

リビングに戻ると、母親は小さく丸まって眠っていた。

部屋には段ボールがいくつも散乱しているが、美輝はそれを責めるより前に、掛け布団をそっとかけてあげる。

「もう少しだけ、頑張るから」

そう自分につぶやくようにして、美輝はシャイニングTシャツの裾を握りしめた。

痛みに耐えながら、それでも進んでいく道を選ぶのは、決して間違いではないと信じるために。


第6章「決断の光」


美輝は朝から何度も目が覚めてしまい、ついに布団から起き上がれなくなった。

頭痛と腰の痛み、そして微熱。

仕方なくコンカフェに連絡を入れようとスマホを握ったものの、指先がうまく動かない。

「もう休むしかないよね…」

自分に言い聞かせるようにして、店長に欠勤を伝えるメールを送る。

数日続けてこんな状態では、シフトをちゃんとこなせるはずもない。

ベッドの隣にはネイルの練習道具が転がっているが、今は見る元気も出ない。

「このままじゃダメだな…」

うつむきながらシャイニングTシャツの裾をぎゅっと握る。

心がざわついたまま、母親のいるリビングへ足を引きずるように向かった。

母親は今日もソファで小さく丸くなっていた。

いつものように謝罪の言葉を探しているようで、声にならない言い訳が空回りしている。

美輝は静かに座り、少し呼吸を整えてから口を開いた。

「ねえ、病院ちゃんと行かない?母さんも私も、もう限界なんだ」

母親は一瞬驚いたように目を見開くが、美輝が真剣だと察すると眉を下げて小さく頷く。

姉にも連絡を入れた。

「母さんのことで話があるんだけど、今度ちゃんと時間とれない?」

姉は「え、急だね…」と戸惑った様子だったが、美輝の強い調子に押されて「わかった」と渋々引き受けてくれた。

頼りないと感じていた姉だけれど、少しは協力してくれるならありがたい。

その夜、ようやく熱が下がったころ、美輝は友人にチャットを飛ばした。

「私、コンカフェ辞めようと思う…」

すると即座に電話がかかってきた。

「大丈夫?体調悪いんじゃなかった?」

美輝は苦笑しながら枕を抱えて答える。

「うん、でももうこのままじゃダメだと思って。ネイリストの専門学校に行くって決めたから」

友人は嬉しそうに鼻をすすりながら、「そっか、やっと決まったんだね」と言葉を返す。

ふとスマホに彼氏からの着信が表示される。

「体調どう?少しは落ち着いた?」

優しげな声を耳にして、美輝は今日の決断を伝えた。

「実はお店辞めて、専門学校行こうかと思ってるんだ。母さんには治療もちゃんと受けてもらうつもり」

彼はやわらかく笑う気配を滲ませている。

「よかった。君の夢、ずっと応援したいと思ってたから」

彼氏と話すうちに、美輝はほんの少し体が軽くなる気がした。

電話を切ったあと、シャイニングTシャツをまじまじと見つめる。

これまで何度も支えられてきた服だけれど、もう別の道へ踏み出す時期が来たのだろう。

翌朝、姉が珍しくマンションに顔を出してくれた。

「母さん、病院行くって本当?私も行ったほうがいいかな?」

美輝は寝室から出てきた母親を振り返りながら、「みんなで行こうよ」と提案する。

母親はうつむいたまま、でもゆっくりと「うん…」と頷いた。

その姿を見て、姉も少しだけ前向きな表情を浮かべている。

美輝はネイルの専門学校のパンフレットをテーブルに広げ、必要な手続きや入学費を確認した。

借金返済はまだ続くだろうが、母親が治療して買い物依存を抑えられれば状況は好転するかもしれない。

姉が多少でも協力してくれるなら、美輝が働きながら学校に通う算段も立つ。

「私、やっぱり夢を叶えたいんだ」

シャイニングTシャツを洗濯機に放り込みながら、美輝は小さく呟いた。

体調がすぐに良くなる保証はないし、借金も簡単には消えない。

それでも、光が見える道を選ぶことが間違いだとは思わなかった。

少しだけふらつく足取りで玄関まで行き、わずかに開いているドアの隙間から外の空気を吸い込む。

朝の冷たい空気が肺の奥に届くと、体内のわだかまりが少し和らいだ気がした。

「決めたなら、やるしかないよね」

美輝は深呼吸をして、ネイリストとしての未来を見据えながら扉をしっかりと閉めた。


第7章「新しい一歩」


美輝はコンカフェでの最終勤務を終え、バックヤードで最後の着替えをしていた。

店長や同僚がちょっとした花を用意してくれていて、「本当に今日で最後なんだね」と名残惜しそうな笑顔を向ける。

「美輝ちゃん、夢叶えてね。しんどいときはいつでも戻っておいで」

そう言われると、美輝は照れくさそうにうなずいた。

「ありがとうございます。また遊びに来ます」

フロアに出ると、何人かの常連客が「辞めちゃうの?」と声をかけてきた。

面倒な客ばかりじゃなかったんだと思うと、ほんの少し胸が温かくなる。

「お世話になりました。これからはネイリスト目指して頑張ります」

そう告げると、「応援してるよ」と笑いかけてくれる人もいて、美輝の足取りは軽くなった。

夜になって帰宅すると、母親が姉と一緒にパソコン画面を見ながら話し合っているのが目に入った。

どうやら買い物依存対策の相談サイトを見ているらしい。

姉が「あれもこれも買うんじゃなくて、一回気持ちを落ち着けようよ」と言うと、母親も渋々ながら「そうだね」と頷いている。

美輝はカバンを下ろし、「なんだか二人で盛り上がってるみたい」と笑って声をかけた。

姉は振り返り、「私も少しは協力するから。一緒に考えよ」と真剣な表情を浮かべている。

そんな様子を見ていると、やっぱり家族って大切なんだと美輝は感じた。

いつもは頼りない姉でも、母親のために時間を割いてくれるのは心強い。

母親は「いろいろ迷惑かけてごめんね」と小さく言い、美輝は「一緒に治そうよ」と返す。

その夜、彼氏からビデオチャットが届いた。

画面越しの彼は少し照れくさそうに眉を下げて、「実は今日、ChatGPTで小説を書いてみたんだ」と告げる。

美輝が驚いて「小説?」と聞き返すと、彼は「うん、君がモデル」と笑う。

すぐにテキストファイルが共有され、美輝は読み進める。

そこには“幼い頃に父親の暴力に苦しんだ少女が、大人になってコンカフェで働きながらネイリストを目指す物語”が描かれていた。

読み進めていくうちに、美輝は思わずスマホを握りしめる。

「これ、まさに私の物語だよ。どうしてこんなに私の気持ちがわかるの?」

そう呟くと、彼氏は画面の向こうで苦笑しながら「ずっと見てきたからね。少しはわかってあげたいと思ったんだ」と優しく答える。

美輝は恥ずかしさもあって頬を赤らめつつ、「もう私、あなたに全部バレちゃったね」と笑う。

「バレたんじゃなくて、共有してるんだよ。これからも僕と映画を一緒に観ようね」と、彼はいつもの穏やかさで話す。

遠距離は続くけれど、美輝は安心感に包まれた気持ちで小さく頷く。

翌朝、ネイリスト専門学校の資料をテーブルに広げ、母親と姉に「私、入学手続き進めるから」と告げる。

姉も「時間あったら送迎とか手伝うよ」と言い、母親は「治療も行ってみる」と重ねるように言葉を足す。

美輝はシャイニングTシャツを洗濯機に放り込むと、軽く深呼吸をして新しい日差しを浴びた。

「私、ネイリストになるんだ」

彼氏が書いてくれた小説はまるで“未来の私の姿”のようだったし、実際の自分に重なる部分も多い。

この物語がいつか本当のハッピーエンドになるように、美輝はそっと笑みを浮かべ、扉の鍵を回した。

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シャイニング・ティアーズ 三坂鳴 @strapyoung

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