そのティラミスの美味しさの謎を追え!

よし ひろし

そのティラミスの美味しさの謎を追え!

「まったく、めんどくさいったらありゃしない」


 目的地に向かう道のりで、思わずグチる。


『いい、涼平りょうへい、しっかりと偵察してくるのよ。特にデザート。マスカルポーネを使った奴が評判らしいの。店長の手作りらしいわ。しっかりね!』


 姉貴に言われた言葉が頭の中で蘇る。


「全く、近くにライバル店が出来たからって、弟に偵察を頼まなくてもいいのに……。大学生の男子にデザートの味を確かめてこいなんて――ああ、本当にめんどくさい」


 足取りが重い。空を見上げるとどんよりと雲が立ち込め、今にも雨が落ちてきそうで、より気持ちが落ち込む。そんな気乗りのしない状態で歩みを進めていくと、程なくして問題の店が見えてきた。


 姉貴の経営する喫茶店もこぢんまりとしているが、目的の店は更に小さい感じだ。前は確か町中華の店かなんかがあった場所だ。外見は喫茶店風に改装してあるが、さて中はどうかな?


 俺は扉の前で一度大きく深呼吸してから、静かに店の扉を開けた。


 カランコロン、カランコロン……


 綺麗なベルの音が響くと共に、


「いらっしゃいませ!」


 これまた鈴のような清らかな感じの女性の声が迎えてくれる。


(彼女がこの店を一人で切り盛りしているという店長さんか……)


 美人さんだな。年齢は――三十前後か?


 俺はさっとその店長の姿を眺めてから、軽く会釈し、店の一番奥の席に着いた。ランチタイムが終わった時間のせいか客はなく、すぐに店長が水を持ってきてくれる。


「こんにちは。初めての方ですよね?」

 少し自信なげに首をかしげて訊いてくる。


「ええ、友達にここのデザートがおいしいと聞いたので来てみました」

 あらかじめ用意していた嘘をつく。まさか偵察に来たとは言えない。


「そうですか。えっと、そちらがメニューになります。あまり種類はないですけど、一つ一つ心を込めて作っていますから」

 真っ直ぐこちらを見つめる瞳が、デザート作りにどんだけ真剣なのかを表しているようで、好感が持てた。うちの姉貴も出来合いの菓子を仕入れて儲けを上乗せしたりせずに、自分で作ればいいのに、と思わず考えた。


「手作りなんですね。えっと――」

 さっとメニューに目を通す。そして、一番上に書かれたデザートを注文する。

「じゃあ、ティラミスと紅茶を」

 大抵一番上にあるものが自信のあるものだ。店のウリなのだと考え、頼んだ。


「わかりました。少々お待ちくださいね」

 そう言い残し、彼女はカウンターの奥へと引っ込んでいく。


 そこで、出された冷や水に口をつけながら、店内の様子を探った。


 木を基調とした温かみのある空間だ。観葉植物がセンス良く置かれ、控えめな照明が落ち着いた雰囲気を醸し出している。各種インテリアも木の温かみを感じさせるデザインで統一され、おしゃれな空間を演出している。

 見事にリフォームされ、前身が町中華だったとは微塵も感じさせない。ただ、その狭さばかりはどうしようもない。十人いや八人ほどで満席か。


「お待たせしました。紅茶とティラミスです」

 程なくして店長が品物を運んできた。テーブルにそれらを置くと、

「ごゆっくり」

 ニコっと爽やかな笑みを残して、再びカウンターの奥へと戻っていく。


「さて、どんなものかな……」

 目前のティラミスは見た目からして美しかった。ふんわりとしたマスカルポーネが丁寧に層を成し、その上にはココアパウダーがきめ細かく振りかけられている。香りも優しくて、食欲をそそる。

 添えられた小ぶりなスプーンを手に取り、そっとティラミスの表面に押し当てる。


 柔らかい…。蕩けるようだ。


 これはフォークでは食べづらい。なるほどスプーンが用意されるはずだ。

 すくった一口を口へと運ぶ。


「うっ……」


 これは、うまい。


 姉貴のところのティラミスとはまるで違う。口当たりがまろやかで、マスカルポーネの上品な甘さが口の中に広がっていく。ココアパウダーのほろ苦さもいいアクセントになっていた。


「……」


(確かにこれは美味しい……。しかし、何か隠し味が――? 普通とは違う、この食後に残るこの感じは……)


 俺は一旦紅茶で口内をリセットして、再びティラミスを口に運んだ。


「ふむ……」


 なんだ、これは?


 マスカルポーネの作り方か? 元のミルクが違うの?

 エスプレッソ、いや、リキュールか……

 何か特殊なものを――


「うーん……」


 わからない。わかるのは、特別だという事だけ。


(…一体、何が違うんだろう?)


 美味しいデザートを食べているとは思えない唸り声を思わず出してしまった。その時――


「あ、あの…、もしかして、お口に合いませんでしたか?」

 いつの間にか傍に来ていた店長が心配そうに訊いてきた。


「あっ、いや、その……」

 その心配そうな眼差しに、俺はドギマギする。しかし、これは偵察だ。ここは直球勝負といってみようか。


「いや、とても美味しいです。――ただ、今まで食べたティラミスとは、何かが違う。何か隠し味があるんじゃないかと、考えていたんですよ」

 素直にそう言って、店長の目を真っ直ぐ見つめた。


「あら、嬉しい」

 彼女はそう言って満面の笑みを浮かべてから、少し顔をつ近づけてこう囁いた。


「ふふ、実はわたし、魔法使いなんです。だから仕上げに、ちょちょっと美味しくなる魔法をかけるんですよ。うふふ……」


 冗談っぽく微笑むその表情は、無邪気でかわいらしく、少女のようだった。

 魔法使いだなんて、まさか……

 そう思いながらも、その笑顔を見ていると、本当に魔法をかけられているような、不思議な気分になった。


「魔法、ですか……」

「ええ、魔法です。――では、そういうことで、最後までじっくり味わってくださいね」

 そう言い残し、自称魔法使いはカウンターの奥へと戻っていった。


「ふむ……」

 なんかはぐらかされたような気がするが――

 そう思いながら、俺は残りのティラミスを口に運んだ。


「えっ……」


 先程よりも、甘くて美味しく感じる気がする。きっと気のせいだろうけど、口にした時の幸福感が増している。


 魔法――そんな馬鹿な……


 最後の一口まで、ゆっくり味わいながら、俺はティラミスを食べ終えた。

 仕上げに紅茶を飲み干し、ほっと一息つく。


「ごちそうさま。とても美味しかったです」


 俺がそう伝えると、店長は嬉しそうに微笑んだ。勘定を払い、ドアを開けると、あの綺麗なドアベルの音が響き、その奥から、


「ありがとうございました。また来てくださいね!」


 涼やかな店長の声が俺の耳に届いてくる。

 俺は肩越しに彼女の方を振り向いて、軽く会釈してから店を後にした。


 外に出ると、空模様がさっきまでとは別世界のように明るく変わっていた。厚く重たかった雲は消え、空は澄み切った青色に染まっている。


 そういえば、気乗りせず重かった俺の心もすっかり晴れあがっているな……


 そんなことを考えながら、俺は姉貴に報告すべく店へと歩き出した。



 姉貴の店に着き、この魔法使いうんぬんの話をそのまま姉貴に報告したら、頭を思いっきりどつかれ、「この役立たず!」と散々なじられた。全くあの人とは大違いだ。あの店長――そういえば名前、聞いてなかったな。よし、もう一度行って、名前、聞こう。もちろん、自分の自己紹介もしよう。


 ああ、楽しみだ。どうやら俺も、彼女の魔法に掛かってしまったようだ。もしかしたら、彼女は本物の魔法使いなのかも……



おしまい


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