●第3章:『真夏の光の中で』
七月に入り、庭には強い日差しが降り注ぐようになった。朝顔の青い花が朝日に輝き、ひまわりが空に向かって背を伸ばしている。
イザベラは早朝から水やりを欠かさない。暑さで弱った花々や野菜たちに、たっぷりと水を与えていく。
「暑い日が続くけれど、頑張りましょうね」
水を受け取った植物たちは、まるで生き返ったように生き生きとしてくる。
「ありがとう、イザベラおばあちゃん」
「この水が、とっても美味しいの」
「私たち、もっと強く育つわ」
蒸し暑い空気の中、野菜畑では夏野菜たちが豊かに実りつつあった。真っ赤なトマト、艶やかなナス、みずみずしいキュウリ??それぞれが太陽の恵みを存分に受けて育っている。
畑の片隅では、バジルやシソの香りが漂っていた。イザベラは、これらのハーブを使って手作りのペーストソースを作るのが好きだった。
「健一郎が『君のペーストソースは最高だよ』って言ってくれたのを覚えているわ……」
思い出に浸りながら、イザベラはハーブの葉を丁寧に摘んでいく。
真夏の日差しが強くなる頃、近所の子どもたちが水やりを手伝いに来る。
「イザベラおばあちゃん、この花、なんで太陽の方向を向くの?」
「ひまわりはね、太陽の光を求めて動くのよ。太陽に恋をしているみたいでしょう?」
「わぁ、すごい! 私も太陽に恋してるひまわりになりたい!」
子どもたちの無邪気な声が、暑い庭に清々しい風を運んでくる。
畑では、エダマメの収穫が始まっていた。みずみずしい緑色の莢が、まるで宝石のように輝いている。
「おばあちゃん、私たち、立派に育ったでしょう?」
「今が食べごろよ。きっと喜んでもらえるわ」
「収穫されるの、少しドキドキするけど、嬉しいの」
エダマメたちの声を、イザベラは心で感じ取っているかのように、優しく収穫していく。
夕暮れ時、イザベラは夫の墓前で今日の報告をする。蝉の声が響く中、彼女の言葉は静かに、しかし確かに響いていた。
「今日はね、健一郎。子どもたちがひまわりの話を聞きに来てくれたの。あなたが教えてくれた『花には魂がある』って言葉、私、ちゃんと伝えているわ」
夕陽に照らされた庭には、不思議な静けさが漂う。花々は、まるでイザベラの祈りに耳を傾けるように、静かに頭を垂れていた。
「おばあちゃん、私たちがついているから」
「寂しくないよ、みんながいるもの」
「明日も、もっと綺麗に咲くからね」
花々の声が、夕暮れの空気に溶けていく。
真夏の夜、月光に照らされた庭は幻想的な姿を見せる。夜風に揺られる花々の影が、まるで踊っているかのように見える。イザベラは、窓辺に座って庭を眺めながら、穏やかな気持ちに包まれていた。
静かな夜の中で、花々は明日への期待を語り合っていた。
「明日も、きっといい天気になるわ」
「イザベラおばあちゃんの笑顔が見られるといいな」
「私たち、精一杯咲いて、おばあちゃんを守るの」
真夏の夜は、そうして深まっていった。
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【短編小説】花たちの囁く庭で ~イザベラおばあちゃんの祈りと静かな生活~(約8,000字) 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi
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