【短編怪談】マンゴー泥棒

佐藤莉生

【短編怪談】マンゴー泥棒

【※マレーシア在住の某日本人イラストレーターのブログ(2020年5月11日)より引用】


たいへん興味深い話を聞いたので、皆様にお聞かせしたいと思います。

私はマレーシア北西部ペラ州のクアラカンサーという町に住んでいます。

ブログを初めて閲覧される方のために簡単に説明すると……このクアランカンサーはかつて王都として栄えた町で、現スルタン(イスラム教国における世俗的な統治者)が居住する町としても知られています。

そのような歴史ゆえに、『王宮の町』と言われることもあります。

観光スポットは、かつての王宮だった建物を改築して作った『王宮博物館』や、マレーシアで一番美しいモスク『ウブディア・モスク』などがあります。


移住して3年が経ちますが、現地でできた友達というか、すっかり顔馴染みになった警察官の男性がいます。その方から聞いた話です。


「俺がCID(犯罪捜査課)にいる先輩から奇妙な話を耳にしちまってさ。聞いてみたいか?」


そう前置きをして語り出しました。

警察内部の情報を一般市民である私に話していいのかなぁ?(苦笑)

………と思いつつも少し興味があったので、私はこの男性からその「奇妙な話」とやらを聞いてみることにしました。



2005年頃の話だそうです。

当時、クアラカンサー近郊のマンゴー畑に強盗三人組が侵入した事件がありました。

犯人らは畑に実ったマンゴー12玉を奪って逃走を図ろうとしたものの、農場の経営主である高齢の男性に見つかり、畑に落ちていた石で男性の頭を殴打。その後、三人は散り散りになって農場から逃亡しました。

どのような経緯で犯人逮捕まで行き着いたのかは割愛しますが、身柄を確保されたのは若い男性二人でした。

二人は取り調べの場において、ほぼ無計画で犯行に及んでいたと供述していたといいます。現場から逃げ出した所までは良かったものの、その後にどうするかまでは特に決めていなかったそうです。さすがに杜撰すぎ……(°_°)

更に、男性二人は強盗を働いた動機については正直に白状したそうです。

どうやら二人はお金に困っていた訳ではなく、


「ちょっと、悪いことしてみたいなぁ」


という、単なる悪事に対する知的好奇心で犯行を決行してしまったらしいのです。

これには取り調べをしていた警察官も、二人のあり得ない言い分に思わず激昂して机を蹴り飛ばしたそうですが、その後に真摯に謝る姿を見て心の内では感心していたといいます。


しかし、奇妙なことに気づきました。

二人の喋り方が何だかおかしいのです。


まるで『口に何かを入れて喋ってる』ような、終始モゴモゴと羅列の回ってない喋り方だったといいます。

口もあまり動いていません。

更にほっぺが不自然に膨らんでいます。


「口に何か隠しているのか?開けてみろ。」


警察官がそう言うと二人とも苦し紛れに口を開けました。一体なぜ、口に物を入れたような喋り方になっていたのか。


「舌が異様な長さだったんだよ。先っちょが丸まった普通の人間の舌なんだけど、物差しで測ってみたら32cmはあったな。」


32cmというのは、ハイソックス一足と同じくらいの長さ。(あくまで大体です)

日本の方に馴染みやすい例えだと、一万円札二枚分くらいの長さです。



この話を聞いた私は独自に、マレーシアで「舌が長くなる」伝承がないか調べてみることにしました。

その結果、以前にマレーシアの田舎の方に住んでいたというご近所さんから、興味深い話を聞かせていただくことができました。

マレーシアにはハントゥ・リダ・パンジャンという名前の、舌の長い精霊が田畑を守っているという言い伝えが存在します。

自分以外の他人が所有する田畑で、盗みを働こうとするものには、ハントゥ・リダ・パンジャンが罰として「舌が長く」なる呪いをかけるそうです。

因みに『ゲゲゲの鬼太郎』で知られる漫画家の水木しげる先生の著書にも、このハントゥ・リダ・パンジャンは「舌長」という名前で登場しています。



このお話を聞かせていただいたご近所さんのご厚意により、実家にあるというハントゥ・リダ・パンジャンの顔を模した木製の仮面を見せていただくことができました。


やはり怖かったですね(汗)。


小さい子供があんな怖いお面を見ちゃったら泣いちゃうかもしれません(笑)。クリクリの目つきといい、剥き出しの鋭利な牙といい、本当に迫力があります。

問題の舌も人間の顔二つ分くらいはあって、とても長いです。


イカツイ見た目な反面、自分たちの畑を懸命に守ってくれる良い神様でもあるので、とても神聖なものに感じました。


悪いことをすればどんな形であれ、いつかは天罰が下る。それは日本だけではなくマレーシアにも根付いているようですね。

この怪談はそんなことを教えてくれます。

皆様も、気になったらハントゥ・リダ・パンジャンについて調べてみてはいかがでしょうか?


カタカナで検索するより、アルファベットで「Hantu Lidah Panjang」と検索をしてみた方がいいですね。


怖い画像がバババッと出てくるので、

一応閲覧注意ということにしときます(笑)。


それでは、またお会いしましょう!


【End】



私の職場の経理部に千田君という心霊マニアの同僚がいる。いつの頃だったか忘れたが、彼と一緒にお昼を取ったことがえり、この時に上述のブログの話を聞いた。

その話を聞いた週の土曜日のことである。

私は奇妙な女性を目撃した。場所は文京区湯島に所在する喫茶店。その時は私とその女性以外にお客さんがいなかった。

30代後半と思われる、見た目の肌が浅黒いその女性は、喫茶店の奥の方に座っていた。

玄関近くの席に座っていた私に背を向けて。

私がコーヒーフロートをじゅるじゅる飲んでいると、女性はその様子を見て飲みたくなったのか、マスターを呼んだ。

日本語がカタコト風だったことから恐らく外国の方で、風貌が日本人とそこまで変わらなかったことから東南アジア方面から来日された方なのだろうと思った。

しかし、少し気になったのは喋り方である。

目から下の顔が半分覆える程の大きめのマスクをしているのに口を手で覆いながら、モゴモゴと喋っている。

まるで、口の中に何か物を入れて喋っているような。マスターが何度も聞き返していたのを覚えている。

四苦八苦しながら何とか注文を終えて数分が経って、女性の席にコーヒーフロートが運ばれてきた。

女性はマスターに会釈をすると、マスクを外した。後方にいる私とカウンター越しに作業をしているマスターをチラチラ気にしながら、コーヒーフロートにありついている。


ほんの刹那、前を向いた時だった。

女性の舌が見えた。それがウネウネ動きながらコーヒーフロートに浸かっていた。


私が女性の前方にいるならまだしも、こちらは女性の後方に座っているのだ。現実的に考えても女性の舌がチラッと私の視界に入ることなどありえないはず。

どう考えても舌が異様に長い。

喫茶店へ来る前に、あのブログを読んだばかりなので私は少し動揺した。


ハントゥ・リダ・パンジャン


あのブログにて紹介された、マレーシアに伝わる田畑を守護する舌の長い精霊。

彼女も他人の田畑で盗みを働いた過去を持っているのだろうか。それによって精霊の怒りに触れて舌を伸ばされたのだろうか。


「いやぁ、まさかね……。」


と独り言を溢した所で、その女性の過去を調べる手立てなど私にはなかった。






         《 完 》


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