第7話 雲の上の幸せ

 六十年以上の伝統があり、いくつかのコンクールで全国大会まで行ったこともある瑞城ずいじょう女子中学校コーラス部は消滅した。

 二年生は、全員、継続する気がなかった。

 一年生のうち、部の活動再開をいちばん熱望していた上西うえにし永遠とわは、「卒業式に必要だから」という学校の都合があまりにあからさまな再開理由を知って激怒し、突如、部の存続に反対する側に回った。その永遠子と大げんかして部の活動再開を主張した竹柏なぎも、竹柏と白子はくこの二人では部の再開のしようもなく、けっきょく、部の消滅に同意した。

 あとには、永遠子と竹柏のあいだの気まずい関係が残った。

 二年生と三年生のあいだ、永遠子と竹柏は互いに接触を避け続けた。そして、永遠子は、瑞城女子でエスカレーター式に上に上がるのを拒否して、線路の向こうのエリート校明珠めいしゅ女学館じょがっかん第一高校に行ってしまった。

 卒業式にも来なかった。瑞城の三学期の授業が終わっていないときから明珠女の制服を着て、明珠女の高校に行っていたという。何をしていたかは知らない。

 だから、竹柏も白子も、永遠子とは別れのあいさつもしていない。

 あの顧問は、新しい年度に入ってから、コーラス部の活動再開、活動再開と大騒ぎを始めたらしい。でも、教師がいくら騒いでも、生徒会に、名簿も、予算書も、前年度活動報告も、新入生歓迎行事参加希望届も出していない部の活動などあり得ない。三学年にわたり部員がゼロになり、コーラス部は廃部になった。

 それから、もうすぐ二年。

 コーラス部の校歌合唱が消滅し、ほとんどだれも歌わない校歌斉唱だけが残った中学校卒業式が終わったあと、竹柏と白子は、運動場の端から高校体育館のほうを見ていた。

 今日は、もちろん、コートを着て、マフラーまで巻いている。

 運動場の端に整列して卒業生を送ってくれるコーラス部員の姿なんか、幻や影としてすら、存在しない。

 エスカレーター式に瑞城高校に進学する二人には、卒業式と言っても普通の学年修了式以上の重みはない。二人とも親には「来なくていいよ」と言い、実際に二人とも親は来なかった。

 親子で来ている生徒もいたけど、生徒どうし、親どうしのあいさつが終わると、ぱらばらと学校を後にしている。午後に部活のある生徒たちは、たぶん昼ご飯でも買いに行くのだろう。生徒どうしでまとまって校門を出ていく。

 何の盛り上がりもない、寒々とした光景だ。

 春はまだ遠い。

 白子が聞く。

 「竹柏は、高校の合唱部、入らないんだよね?」

 高校には「シンギングバーズ」という愛称の合唱部がある。竹柏も白子も誘いを受けていた。

 「うん」

と竹柏は答える。ぼんやりと聞き返す。

 「白子は?」

 「入らない」

 ため息まじりにそう答え、白子は竹柏を見た。

 「高校、生徒数、中学校の倍以上だよ。部活もいっしょじゃないとしたら、会う機会、もうほとんどないかも」

 「ま」

と、竹柏は大きく息をついた。

 「そうだよね」

 もちろん、SNSで連絡を取り合って待ち合わせすることぐらい、できるだろう。

 でも、会って何を話せ、と?

 「さよならだね」

 竹柏が言う。

 「うん」

と白子は短く答えた。

 白子は、はあっ、と長く息をつくと、両目で空を見上げた。

 あの日と同じように、空は、白く、明るく曇っている。

 「ねえ」

と白子はぼんやり言った。

 「あの雲の上に、幸せとか、あると思う?」

 竹柏も、ゆっくりと息をついて、目を閉じた。

 目を開いてから、言う。

 「わかんない」

 今度は、短く息をつく。

 「わかんないし、どうでもいい」

 もういちど目を閉じて、言う。

 「幸せなんて、どうでもいい」

 言って、ふふっ、と笑って、顔を横に向けて、白子を見る。

 「そうだね」

 白子も言って、背中をぴくんとさせて笑ってから、竹柏を見た。

 これはこれで、いい笑顔だよな、と竹柏は思う。

 口に出しては言わなかったけれど。


 (終)

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上を向いて歩こう 清瀬 六朗 @r_kiyose

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