救世主は帰りたい
にゃべ♪
猫魔界の救世主
猫が人のように暮らす猫魔界は、突如現れた猫魔王『ニャアルゴン』と猫魔王軍に征服された。それから民衆は虐げられ、搾取される日々が続き、猫達は世界を救う救世主を求め始める。
そんな時、猫の霊的指導者ネコババ師の予言に従って人間の俺が猫魔界に導かれた。俺が現れた事でこの世界の有志が集まり、猫魔王を倒す旅が始まる。そして紆余曲折があり、ついに俺達は猫魔王を封印する事に成功した。
魔王を封印した後、俺達は国をあげて祝われる。その勝利の宴は三日三晩続き、未だに終わる気配を見せない。正直俺はこの馬鹿騒ぎに飽きていた。誰だって三日三晩も馬鹿騒ぎをしたら飽きてくると言うものだろう。
それに、俺はこの世界に来た時に約束したんだ。世界を救えば日本にまた帰れると。
「だから、もういいだろ? 帰らせてくれよ」
「フータ殿はこの世界が嫌いか?」
「いや、猫は好きだし猫と話せるこの世界は天国みたいだよ? だけどそれとこれとは話が別って言うか……。そもそも最初に約束したじゃないか。役目が終わったら帰れるって」
「だからせめて宴が終わってからと」
俺の旅の仲間で、この世界に導いた白黒ハチワレのリョウタが何故か俺の説得をしてくる。オレは猫の集会を見ていた時にこいつに誘われたんだ。歩いていたら知らない世界に辿り着いて、あの時はかなり焦ったな。
「だから3日も付き合ったじゃないか。もういいだろ?」
「いやいや、まだ宴はこれからが本番ですぞ! 1ヶ月は続きますからな!」
「いや長いわ! なんでこっちの世界には普通に来れて戻るのは出来ないんだよ」
「それは我々が強く望んだからなのです。フータ殿が元の世界の人々から強く望まれれば……あるいは……」
リョウタは戻る条件を力説する。この説明が事実なら、元の世界で友達のいない俺は一生戻れないと言う事か? いや、そんなはずはないぞ。両親は心配するだろうし、ネットになら俺を待っている声だってあるはずだ、ゲーム友達とか……。
色々考えが巡るものの、すぐに帰れる望みが薄い事だけは確定して俺は頭を抱えた。
「どうされました、フータ殿? まさか向こうの世界に貴殿を思う人がいないと?」
「うっせえわ!」
「おお怖。では拙者は退散しますぞ。しかしこちらも約束した手前、このまま放置と言う訳にもいきますまい。帰還の手段についてはまた後日話し合いましょうぞ」
リョウタが当てにならないので、俺は独自で調査を始める。ヤツの知らない帰還方法があるかも知れないからだ。幸い、魔王を封印した後の俺はもう何の予定もない。これからの時間を全てこの調査に費やす事が出来る。
冒険で培ったコミュ強スキルで様々な猫達に聞き込みをするものの、俺の欲しい情報を知っている猫はどこにもいなかった。
「なんでだよ……俺、本当にこのまま帰れないのかよ……」
聞き込みを開始して一週間。宴はまだ続いている。主役が不在だと言うのにどうして盛り上がれるんだ。この世界の猫達は本当に騒ぐのが好きなんだな。
俺が公園のベンチで塞ぎ込んでいると、またリョウタがやってきた。
「いい加減戻ってきてくださらんか。やはり宴には主役がおらぬとしまりませぬ」
「いや、帰りたいんだよ。和食が恋しいんだよ。アニメとかの続きも見たいんだよ」
俺は日本に帰りたい理由を力説する。どれもこの世界には馴染みがない理由だったのもあって、リョウタはピンと来ていないようだ。
俺の話を黙って聞いていたハチワレ猫は、視線をそらしてポツリとつぶやく。
「まだ時間が足りぬでござるか……」
「ん? なんだって?」
「そろそろフータ殿も猫魔界に馴染んできているでござろう?」
「は? 何言って……」
俺はヤツの言う言葉の意味が分からずに困惑する。すると、リョウタは俺に手鏡を差し出した。見ろと言う事なのだろうと察した俺はすぐに自分の顔を確認する。
そこには見慣れないものが映っていた。俺の頭に猫耳がピンと立っていたのだ。
「な、なんだこれー!」
「気付くのが遅いでござるよフータ殿」
「リョウタ、どう言う事だよこれ!」
俺はリョウタに掴みかかった。すると、ハチワレ猫は俺の顔マジ顔で見つめ、真実を語り始めた。
「この世界でずっと暮らしておると、誰もが我らと同じ姿になるのでござる。やがては見た目だけでなく、好みも思考も何もかも我らと同じになりまするな。ですから、フータ殿もこの世界で暮らすのが一番でござるよ」
「くっ、計ったな!」
「戻れない以上、腹をくくるでござるよー!」
リョウタはそう言うと笑顔で俺の前から去っていった。これが事実なら、俺はもうこの世界に馴染むしかない。あの時、人懐っこい猫に導かれたばっかりに……。猫世界は救えても、俺自身は救われないじゃないか。
残酷な真実を知って絶望に浸っていると、今度はこの国のお姫様が俺を見つけて近付いてきた。
「一体どうなされたのです?」
「シズカ姫……」
「シズカでいいですわ。それよりかなり落ち込んでいる様子。どうか私に事情を話してくださいまし」
俺は今までに起こった事を包み隠さず姫に伝えた。彼女は白いサイベリアンでとても気品に溢れている。声も透き通った美しい鈴の音のようで、癒やしの波動を感じるんだ。
全てを聞き終えた彼女は、目をキラキラと輝かせながら俺の手を取った。
「実は城の地下に人間界に通じるゲートがありますの。王族しか入れない部屋ですので、共に参りましょう」
「あ、有難う」
俺は姫に案内されるまま城に向かう。ゲートのある部屋は普段は入ってはいけないと言う決まりがあるらしく、俺達は誰にも見つからないようにこっそりとその部屋を目指した。
今が宴の最中だったのが幸いしたようで、警備の猫も少なくて何とかバレずに地下に通じる階段まで辿りつく。
「身体が猫になって足音を消せたのはラッキーだったよ」
「フフ、猫化のおかげですね」
「俺、日本に帰れたら本当に人間に戻れるんですか?」
「当然です。フータ様は最初から人間なのですから」
姫いわく、猫魔界で他の生き物が猫に変わるのは呪いのようなものなのだとか。なので、それが存在しない他の世界に行くと自動的に呪いは解けて元の姿に戻れるのだそうだ。
地下に続く階段を降りながら、俺達は他愛もない雑談を楽しむ。お互いの好きなものとか、俺の冒険の話とか、王家の生活の窮屈さとか――。
「へぇ、それは大変だ」
「でしょう? 私も辟易しているのです。私も冒険したいくらい」
「冒険は大変ですよ。でも姫なら意外と活躍出来るのかも」
「言いましたわね? 言質は取りましてよ」
辿り着いた地下室は明かりもなく真っ暗だったものの、姫がパンと手を叩くと設置されてる魔法灯に明かりが次々に灯っていく。王族しか入れないと言うギミックのひとつがコレなのだろう。俺が手を何度叩いても魔法灯は反応しないのだから。
問題のゲートのある部屋はこの廊下の一番奥の突き当り。着いたところで、姫がドアノブに手をかける。
「さあ、この部屋の中にゲートはありますわ」
「何もかも有難う。これで帰れるよ」
「でもこの部屋に入りたくば、ひとつ条件がありますの」
姫はそう言うと俺の顔をじいっと見つめる。かわいい猫の顔ならこっちだってずっと見ていられるぞ。でもおかしいな、今までは猫の可愛さを感じていたのに、ちょっと恋愛の可愛さを意識し始めている気がする。これが、猫化の影響?
そんな可愛らしい姫の口から、熱の入った声で入室の条件が伝えられた。
「私も一緒につれていってくださいませ!」
「えっ?」
姫の要求を聞いた俺は頭を抱える。とは言え、これもお約束の展開だ。外の世界に憧れる少女が、外界から来た男に憧れを抱く。まさか自分にこの問題が降りかかる日が来るだなんて。
俺は深呼吸すると、連れていけない理由を思いつく限り羅列した。
「君はこの姫のお姫様だろう? そんな事をしたら追手が来て大変な事になっちゃうよ。俺も王様には世話になったし、迷惑はかけたくない。それに、俺の住んでいるアパートはペット禁止なんだ。それと、えーと……」
「大丈夫ですわ。父様の許可は得ていますの」
「え?」
「では行きますわね」
「ちょ……」
肝心の俺からの返事を待たずに姫は部屋を開ける。その部屋の中央には大きな黒い鏡のような装置があった。きっとあれが人間界に通じるゲートなのだろう。
俺はそのSFチックな構造物を前に、ゴクリとツバを飲み込む。
「これで俺は帰れるんだ……」
「それでは先に参りますわね」
「や、待って。ちゃんと俺の故郷に通じてるか分からないだろ」
「入ってみれば分かりますわ~」
姫は俺を嘲笑うかのように悪戯な笑みを浮かべながら、躊躇なくゲートに飛び込んでいった。彼女を追いかけて、俺も流れでゲートの中に飛び込む。次の瞬間、目の前がすごく明るくなってギュッとまぶたを閉じた――。
次にまぶたを上げた時、目慣れた光景が瞳の中に飛び込んでくる。
「やった、帰れたぞ」
「へぇ、ここがフータの生まれた舞鷹市なのね」
「姫? ここでは猫が喋ると怪しがられるので」
俺は彼女の声がした方向に顔を向け、そうして目を大きくする。何故ならそこにいたのは白いサイベリアンではなく、女子高生くらいの背格好の美少女だったからだ。
「フフ。見とれちゃった? 私、この世界ではこの姿みたいね」
「え? 姫……?」
「もう、ここでの私は姫でもなんでもない1人の女の子よ? ちゃんとシズカって呼んで!」
「あ、うん。そんな姿になるんだ」
こうして、人間界に帰ってきた俺は成り行きでシズカと一緒に暮らす事になった。ちなみに人の姿と猫の姿、どちらにも好きに変われるらしい。この世界でリョウタが猫の姿だったのはそう言う理由だったのだ。
それからは猫魔界からの追手が来たりして、シズカを巡ってのラブコメな日々が待っていたりもするのだけれど、それはまた別のお話。
(おしまい)
救世主は帰りたい にゃべ♪ @nyabech2016
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