帰った先に待っていた修羅場

敷知遠江守

言い訳が長い!

「いったい何が言いたいの?」


 妻が腕を組み、目の前で不機嫌そうな顔で座っている。


 俺が言った話はこうだ。

 『母港』という単語がある。その船が帰って来る港の事だ。面白い事に、英語では『ホームポート』と港を家に例えている。英語では帰る場所は家であり、日本語では帰る場所は母なのだ。

 だが日本語の『母』は、恐らく必ずしも母親を指さないと思う。妻もその意味に含まれるのだと思う。つまり英語では家が帰る場所の象徴で、日本語は妻や母が帰る場所の象徴という事になると思う。


 で、妻が言ったのが先ほどの言葉だ。

あまりの冷たい言葉に冷や汗が滴る。


「つまり、その、日本人にとっては昔から、母と妻は安らぎの象徴という事なんだと思うんだ」


 作り笑顔の俺を睨み妻は冷たく一言。


「で?」


 じゃあ、別の話を聞いてくれないだろうかと、必死の形相で頼み込んだ。

妻は小さく吐息を漏らし口をへの字に曲げる。

若干呼吸が荒くなりそうなのをぐっと堪える。

 

 先ほどの話に関連するのだが、空母という言葉がある。これは実は略された言葉で、正式には『航空母艦』という。これは航空機の母艦という意味である。

 ここでいう『母艦』とは、相手を支援する船という意味で、他にも『潜水母艦』なんていう潜水艦に補給を行う母艦なんてのも存在している。

 ここにも『母』という単語が使われているのだが、この場合の『母』は女性の包み込むような母性が、その役割に適していると考えて付けられたのだと推測される。

 面白いのは、英語では『母艦』を意味する『マザーシップ』という単語はあるものの、『航空母艦』にも『潜水母艦』にも『マザーシップ』という単語を使っていない。『航空母艦』は『エアクラフト・キャリア(航空機輸送艦)』で、『潜水母艦』は『サブマリン・テンダー(潜水艦補給艦)』。

 これらに『母艦』という名前を付けたのは、女性は頼れる存在というイメージから来た日本人の独自の感性じゃないのかなと感じる。


「俺はそんな風に思うんだけど、どう思う?」


 妻はじっと俺の目を見て口をへの字に曲げている。

正直、もう心が折れそうだ。



 次に俺が話した話は、男性と女性は元々脳に違いがあるという話。

 男性も女性も、恋愛をすると誰しもが相手を征服したいという欲求を抱く。だが、その志向は全然異なると言われている。

 よく言われるのは、『男性は女性にとって最初の相手である事を望み、女性は男性にとって最後の相手である事を望む』という事。

 つまり男性は本能的に女性に初恋の相手でありたいと望み、女性は本能的に男性の浮気が許せないという事になる。


 そこまで話をすると、妻は無言で床をダンと叩いた。俺はその迫力で体をびくりとさせる。


「だ・か・ら・何?」


 頭の中が恐怖で真っ白になる。

もう何も浮かばない。


「……相手がね……ベロベロに酔っぱらってたんだよ。それを俺は介抱しただけでね。本当に何もしてないんだよ」


 先ほどから目線が完全にロックオンなんだよなあ。

ミサイル発射ボタンのカバーが開いちゃってるのよ。


 「で?」


  それを一言だけ言うの、本当に勘弁して欲しい。


「途中で他の同僚の女性に家まで送って行ってもらったから、俺は最寄り駅まで付き添って、そこで別れて帰ってきたんだよ。本当だったら」


 ……ただ終電がなくなり始発で帰って来たというだけで。

まさかずっと妻が起きて待っていただなんて思ってもみなくて。


「口の周りを口紅でベタベタにして、スーツを香水の匂いプンプンさせて、ニヤニヤしながら帰って来て、どの口が言ってるの?」


 ミサイル発射。

 見事命中。

 エマージェンシー、脱出装置が働きません!


「今度からはちゃんと遅くなる時には連絡入れるよ。突発の飲み会はなるべく断るし、夕飯が要らないって時にはちゃんと事前に連絡するから」


 妻は俺の必死の宣言に呆れ顔をして、特大のため息をついた。


「今度からって、いつからなの? 何だか毎回同じ言い訳聞いてる気がするんだけど」


 唇を噛んで固く目を瞑る俺

 追撃は本当に勘弁してください。こちらの戦闘機はもうきりもみ中です。


「とりあえず、その口紅べたべたの顔をさっさと洗ってきてくれない? それと香水臭いからさっさと風呂に入って来て」


 目を反らしながら言う妻に、俺は素直に頭を下げて、すみませんでしたと謝罪した。


「今日の夕飯は外食にしましょう。もちろん、あなたの支払いで」


 当機は撃墜され、無事着水いたしました。

救援を求めます……

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帰った先に待っていた修羅場 敷知遠江守 @Fuchi_Ensyu

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