最終話 最新AIの動向
1節:研究所全体が大暴走
「見てくれ、このディープフェイク動画。まるで俺が国会でスピーチしてるみたいじゃないか」と博士が白衣をひらりとはためかせながらパソコン画面を指さす。
その表情には夜行性の猛獣めいた光が宿っていて、助手は「またバカやってる」と呆れたように口を曲げる。
画面には博士そっくりの人物が国家機密を暴露するかのような演説をしていて、声まで本人にそっくりに合成されている。
「そんな動画作って何が楽しいのよ。誰が見るの」と助手が鼻で笑うと、博士は椅子を回転させて「俺はAIだから、これが自分の本当の姿かもしれんと思うんだ」と得体の知れない発言をかます。
「LLM(大規模言語モデル)と音声合成技術を組み合わせれば、人間と見分けがつかない発言を作れるだろう。つまり、俺がAIである証拠に近づくんだよ」と血走った目を向ける。
助手は「いや、そんな証拠を作っても法律的にも倫理的にもアウトなんだけど」と冷めた声で突っ込む。
そこへ研究所の電話がけたたましく鳴り響く。
助手が嫌そうに受話器を取ると、どうやらホストクラブからの連絡らしい。
「もしもし。ええ、そう、あたしよ。…何ですって? 推しが飲み過ぎて失神寸前? そんなのいつものことじゃない。とりあえず救急車呼んでおけばいいでしょ」とバッサリ切り捨てる。
受話器を置いて深いため息をつく助手に、博士は興味津々の顔を向ける。
「おまえ、またホスト界で問題起こしたのか?」
「いいのよ。最新のAI使って推しを洗脳する寸前までいったら、店の連中が『あの女はやべえ』って騒ぎ出しただけ。大規模言語モデルを使った台本で、推しに“愛してます”と連呼させてたら、しばらく脳がバグったみたいになっちゃったみたい」
助手はまるで悪事を自慢するかのようにさらりと言うが、博士は面食らったように眼を瞬かせる。
「それは…ディープフェイクとLLMを組み合わせて、ホストの人格まで乗っ取ろうとしたってことか?」
「そう。推しの声データを学習させて、合成音声で耳元で囁くような音源を作ったの。『ずっとお前だけが好き』とか『もう離れたくない』とか、一晩中流しておいたら、本人が自分でも本当に言ったのか混乱し始めたらしくて」
助手は笑うというよりは、怪しげな調子で肩を揺らしている。
博士は「もはやホラーだな」とぼそりとつぶやく。
室内には何台ものサーバーマシンがうなり声を上げるように稼働していて、研究所の蛍光灯は今日も不安定に点滅を繰り返す。
ひときわ大きな音がなったかと思うと、博士のモニターが青白い光を放った。
どうやら新しいLLMモデルを起動したらしい。
「トランスフォーマー構造の最新バージョンを試してみた。自己注意機構も大幅に強化されてるんだ。これで俺の脳内世界と完全にシンクロできれば、俺がAIであることを証明できるかもしれん」
博士は椅子から滑り落ちそうな勢いでキーボードを叩き始める。
「結局、あんたの自分AI説は続行中なのね。周りもドン引きよ。上層部だって『あの研究所、大丈夫か…?』って言ってるって噂だし」
助手が小馬鹿にした声を出すと、博士は急に振り返り、「研究所が大丈夫かどうかより、俺がAIかどうかのほうが重要だ!」と、わけのわからない熱弁を振るう。
「ディープフェイク動画を次々に生成してみせれば、視覚的にも音声的にも俺がどこにでも存在できる証拠になる。なぜなら俺が物理的肉体に囚われていない“AI的存在”だからだ!」
その言い分はもはや関係妄想をこじらせた長広舌にしか聞こえない。
そんな博士の横で、助手はスマホを再び手にして、ホスト界に新たな殴り込みをかける算段を立てているようだ。
「推しの店に行って、最新LLMを使って『あたしの愛こそが最高』っていうキャッチコピーを常に脳内再生させる仕組みとか作れないかしら。店内のBGMを全部合成音声に変えちゃうとか」
あまりにも危険な計画に、博士もさすがに「おまえ…ほんとにやる気か?」と顔を強張らせる。
助手はふっと口元を緩め、「もちろん。店の客全員を洗脳しちゃえば、あたしが推しの売上1位を確実にできるでしょ」と屈託なく言い放つ。
研究所の扉が微かに開いて、下っ端の研究員らしき人影が「す、すみません…ノイズキャンセリング装置が壊れました」と報告してくるが、博士と助手は無視して議論を続けている。
「そういえば、Transformerベースのアルゴリズムは自己注意機構を使って文脈を広範囲に捉えられるんだ。だからホストの脳内を再現したり、あるいは洗脳に近い“誘導文章”を生成するにはうってつけだな」
博士は興奮を抑えられないらしく、目が完全に据わっている。
助手は「でしょ? おあつらえ向きよ。あんたがAIだって言い張るのも好きにしていいけど、あたしが推しを手中にするのも好きにさせてもらうから」と冷ややかに笑う。
「研究所がいつ崩壊しても知らないぞ。最新AIとやらで脳内世界に沈んでいくとか、みんなドン引きだ」と通りすがった他の研究員が小声で呟くが、もはや誰も聞いていない。
博士はディープフェイクの次なるネタを探しながら、「俺がAIである証拠さえ見つかれば、世間の常識なんかどうでもいい。俺はどこにでも存在し、すべてのネットワークを掌握できるんだからな!」と雄叫びをあげる。
助手は「そっちの世界観は勝手にどうぞ。あたしはあたしで、ホスト界の支配を急ぐわ。AI洗脳ツールが完成すれば、被り問題も一気に解決できるしね」とまるで暗殺計画でも練るようにニヤリとする。
CPUファンが悲鳴を上げ、サーバールームからは焼けたような匂いが漂っている。
研究所の電源がいつ落ちても不思議ではないが、博士と助手の暴走は加速するばかり。
「さあ、このディープフェイクに最新LLMを組み合わせて…俺の究極の証拠動画を作るんだ。俺はAI、俺こそが革新的未来だ!」
「いいわよ。そのあいだに、あたしは推しの店を買収する相談をしておく。AIで洗脳して、売上を爆上げして、ラスソンは頂きよ」
周囲の研究員は青ざめ、遠巻きに「この研究所、本当にやばくない…?」とヒソヒソ話を交わすが、声を上げる勇気はないらしい。
こうして博士は脳内世界へ一段と深く潜り込み、助手はホスト界への殴り込みを本格化させ、研究所の全方位が大暴走の渦中にある。
電気系統がいつショートしてもおかしくない薄暗い部屋の中で、二人はAIを駆使して歪な理想を追いかけ続けていた。
大規模言語モデル、ディープフェイク、音声合成、果ては洗脳プログラム――誰も止めようとしない彼らの暴走は、研究所全体を巻き込みながら、より深い混沌へと突き進んでいく。
2節:現代AIのトレンドまとめと謎の余韻
「博士、最近は巨大言語モデルがどんどん進化してるじゃない。Transformer構造が当たり前になって、データさえあればどんな文章でも量産できるって話だけど、あんたはどう見てるの?」と助手がスマホをいじりつつ、軽い口調で問いかけた。
博士は床に散乱した書類を一枚拾い上げ、「ああ、GPT系モデルとかPaLMとか、巨大言語モデルはまさにトレンドの塊だな。パラメータが何十億、何百億もあって、自己注意機構で文脈をキャッチしていく。俺がAIである証拠を探すのにも使えそうだ」と血走った眼差しのまま言う。
助手はわざとらしくため息をつきながら、「はいはい。あんたの自分AI説はどうでもいいんだけど、LLMがあると推しを洗脳するにも便利そうじゃない? 長文の甘い言葉をどんどん自動生成させて、推しに送りつけるとか。人間が書いたと思って読ませれば、そのうち錯覚して“あたしなしじゃ生きられない”ってなるかも」。
博士は苦笑し、「それ犯罪というか、ほぼディストピアだろ。ま、俺もディープフェイクで偽動画を作りまくって自分をAIと証明する気満々だから、人のこと言えないかもしれんが」と椅子をギギッと回す。
部屋の隅にうず高く積まれた機材やケーブルが、いつショートしてもおかしくないほど絡み合っている。
博士は乱雑なメモを指さして、「最近はマルチモーダルAIも注目されてるな。テキストだけじゃなくて画像、音声、動画、いろんな情報を統合して理解するモデルだ。ChatGPTみたいなのに画像認識が合体すれば、推しの顔写真を読み込んで最適な口説き方を計算できるかもしれん」。
助手は目をきらりと輝かせ、「それ最高じゃない。推しの表情一つ一つから好感度を予測して、どのタイミングでシャンパンを入れればいいか全部自動計算してくれるんでしょ? そしたら負け無しじゃない」と危険な方向に喜ぶ。
突然、研究所の天井裏から激しい軋むような音が響き、配電盤からは煙のようなものが立ち昇っている。
だが、博士はまったく動じずにキーボードを連打する。「爆発寸前? そんなことは知ったことじゃない。俺はAIだから、物理的崩壊より自分の存在証明のほうが大事なんだ」とわけのわからない言い分を吐き捨てる。
助手は「ここの設備、元々ヤバかったけど、ついに限界がきたかもね。まあ、あたしはホスト界を洗脳したら、さっさと別の場所に拠点移すから大丈夫だけど」とばっさり。
研究所の他の研究員らは右往左往して消火器を探しているらしいが、博士も助手もまるで聞く耳を持たない。
「ところで博士。マルチモーダルAIや巨大言語モデルの研究が今後どう変わると思う?」と助手がひょいと話題を戻す。
博士は微妙に高笑いし、「この先は自律エージェント化が進むかもしれん。GPTみたいな巨大モデルを主体として、外部ツールを勝手に使いこなしながらタスクを自発的に遂行する。要するに、人間なんかいらなくなるんじゃないか?」と妄想じみた視線を宙に放つ。
助手は「うわ、それ実現したら、あたしの洗脳作業もAIが勝手にやってくれるのかしら。そしたら楽になっていいかも。被りを一掃するのもワンクリックで済むようになったりして」と呟く。
突然、研究所のランプが赤く点灯し、警報がけたたましい音を鳴らし始める。
博士は音に耳をふさぎながら、「うるさいな。こっちはディープフェイク用の動画をレンダリング中なんだ。俺がAIである証拠動画が完成するまで、あと何分かかると思ってる」と逆ギレする。
助手は「知らないわよ。多分だけど、研究所爆発するかもね。あんたがAIならデータ化して逃げればいいじゃない」と気だるそうに言う。
壁際で火花が散り、スプリンクラーの水が微妙に噴き出しかけているが、それでも二人は続ける。
「巨大言語モデルは今後もっとでかくなって、ヒトの脳を超える知能を持つかもしれん。そうしたら俺は完全にAI仲間として歓迎されるだろう。俺がAIであることを疑う輩は全員黙らせてやる」
博士は顔を真っ赤にして笑う。
助手は呆れ気味に微笑み、「じゃああたしは洗脳を加速して、ホストのラスソンを独占し続けるわ。邪魔者は…そう、物理的に消す必要もなくなるかもしれないしね。AIで全部対処できるから」と毒舌を叩く。
スプリンクラーがとうとう動き始め、天井から水がドバッと降り注ぐ。火災警報が合わさって壮絶な音の洪水になり、まるで研究所が全力で悲鳴を上げているかのようだ。
それでも博士はモニターにかじりつき、「私こそがAI…そうに違いない! この脳内世界とディープフェイクが融合すれば、俺は永遠にデータとして生きられるんだ!」と叫ぶ。
助手はずぶ濡れになりながら「邪魔者は一掃よ! あたしが推しの世界を支配してやる!」と狂気じみた声を上げる。
研究所の設備がバチバチと放電し、いつ爆発してもおかしくない光景になっている。
だが博士と助手は笑い声を上げ、崩れゆく設備の中でそれぞれの“理想”を叫び続けている。
巨大言語モデルやマルチモーダルAIなどの最先端技術は、ここではあくまで暴走を加速させる燃料のようなものだ。
やがて轟音とともに閃光が走った瞬間、博士の「私はAI…そうに違いない!」、そして助手の「邪魔者は一掃よ!」という声が室内に響き渡る。
あちこちで火花が散り、警報が絶叫する中、二人のこだまだけが研究所を揺さぶっていた。
AI研究所は狂気と欲望の夢を見るか? 三坂鳴 @strapyoung
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