ほろ酔い気分で帰ってきたら浮気現場に遭遇した

烏川 ハル

ほろ酔い気分で帰ってきたら浮気現場に遭遇した

   

 アパートの階段を上る足取りは、少しふらついていた。

 とはいえ、これくらいでは千鳥足というほどでもない。酔ってはいたけれど、特に危なくはないはずだった。


 そんなほろ酔い気分で帰宅。部屋の前まで来て、ドアを開けようと思ったら……。

 安アパートの薄いドア越しに、なにやらなまめかしい声が聞こえてくる。

 慌てて「ただいま」の声を飲み込むと、俺は静かにドアを開けて、勢いよく部屋に飛び込んだ。


「あっ、旦那さん!?」

 俺を出迎えたのは、素っ裸の男が放つ叫び声。

 同じく何も着ていない女がベッドの上で、若い男と体を絡めたまま、同じように目を丸くしていた。

 素っ裸の若者の方は、おろおろしながら、俺と彼女を見比べている。

「どうしよう? この人、旦那さんでしょう? 出張で数日は帰ってこない、って聞いてたのに……。話が違うよ!」

 と小声で呟いているのは、なかば責任転嫁で、彼女を責めているのだろうか。

 一方、俺が考えていたのは……。


 妻の浮気現場に踏み込んでしまった夫。

 漫画や小説、ネットのまとめ記事などでは見たことあっても、自分がその立場になるなんて想像は、全くしていなかった。

 この場面で「どうしよう?」と言いたくなるのは、間男まおとこよりもむしろ俺の方だ。

 まだ酒が抜けていない頭で、まず何をするべきか、必死に考えようとするが……。


 そんな俺に対して、ベッドの上の彼女が表情を変える。

 険しい目つきで、俺を睨み始めた。

「あなた……。いったい誰ですか?」


 彼女の言葉で俺はハッとする。

 おかげで酔いも覚めて、ようやく頭もスッキリした。

 冷静になった俺は……。


「すいません、部屋を間違えました」

 ぺこりと頭を下げてすぐ、隣の部屋からおいとまする。

 落ち着いて考えてみれば、そもそも俺は独身。妻がいるという状況自体、酔っぱらいの妄想に過ぎなかったのだ……。




(「ほろ酔い気分で帰ってきたら浮気現場に遭遇した」完)

   

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ほろ酔い気分で帰ってきたら浮気現場に遭遇した 烏川 ハル @haru_karasugawa

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