つま先から始まる出会い

秋月一花

つま先から始まる出会い

 やってしまった……と、自分の足元を見て大きなため息を吐く。


 つま先が痛い。履きなれた靴ではなく、新調した靴が馴染んでいないのか、ただ単に足に合わなかったのかは判断できなかった。


 辺りを見渡して、休憩できる場所を探す。幸い、パーティー会場にいるみんなは、ダンスに夢中で私のことに気付いている人はいない。


 ゆっくり、ゆっくり、じくじくと痛む足を動かしながら休憩スペースまで歩いていった。


 でも、途中で転んでしまいそうになる。


「きゃっ」

「おっと、大丈夫かい、お嬢さん?」


 誰かが私のことを支えてくれた。顔を上げて「申し訳ありません」と謝ろうと口を開き、固まった。


 まるで白雪のような肌に金色の髪、アクアブルーの瞳の、とても顔が整った人だったから!


「お嬢さん?」

「あ、す、すみませんっ。助けていただいて、ありがとうございます」


 パッと彼から離れて、慌ててカーテシーをする。


 このパーティーは国王陛下が主催だから、参加しているのは確実に貴族。きっと彼もそうなのだろうと考えた。


「いえ……ところで、足が痛むのでは?」

「えっ」


 どうしてわかったのだろうとびっくりして彼を反射的に見上げると、くすっと小さく笑ってからひょいと私のことを抱き上げた! ……待って、どうして私、お姫さま抱っこをされているの!?


「歩き方が不自然だったし、血の匂いが少し……」

「血……!?」


 ああ、だから靴の中が濡れている感じが……って、この方、血の匂いがわかるくらい嗅覚が鋭いの? と目を丸くした。


 自分の身体だからか、私には全然わからないのだもの。


 近くの休憩スペースに入り、椅子の上に私を下ろしてくれた。


「あ、ありがとうございます」

「いいえ、困っている淑女レディがいれば助けるのが紳士の役目ですから」


 にこっと人懐っこい笑顔を見せる彼に、頬に熱が集中するのがわかった。美形の笑顔ってドキッとするわね。


「あの、私はナタリア・エイヴァリーと申します。よろしければ、お名前を教えていただけませんか?」

「わたしはロードリック・リヴァーモアと申します。ナタリア嬢」


 リヴァーモア……!?


「ちょっと靴を失礼しますね」


 リヴァーモアの若き獅子と言われている、ロードリック・リヴァーモアさまとここで会うなんて思わなかったので私の身体は硬直してしまった。


 だって、リヴァーモア公爵家の次期公爵が目の前に……私の靴を脱がせて……っていつの間に靴を脱がせてもらったの、私⁉


「ああ、これはひどい……痛かったでしょう?」


 同情するような声に、視線を落とす。り、リヴァーモア公爵家の太ももに、私の足が乗って……その服を血で汚している……!


 くらりとめまいがした。これ、私、罰せられない? と内心冷や汗が大量に出て、なにも考えられないわ!


「え、っと、痛くて、このままではいけないと思って、それで、あの」

「大丈夫です、すぐに治しますから」


 つま先から流れている私の血。そっと手をかざして祈るように目を閉じる姿は、神官のようだ。


 ぽわっと優しい光がつま先を包み込み――光が消える頃にはすっかり痛みが引いていた。こ、これが回復魔法……!


 初めて見たわ。こんなにも美しい魔法。


「綺麗な魔法……」


 ぽつり、とこぼれ落ちた言葉。驚いたようにロードリックさまが私を見上げて、ふっと表情をほころばせた。


「ありがとうございます。自慢の魔法なんですよ」


 リヴァーモア公爵家の方々は、それぞれ得意な魔法が違うと聞いたことがある。ロードリックさまが授かったのは、回復魔法なのかしら?


「靴は血で濡れてしまいましたね。このままでは履けないでしょう」

「あ、靴を貸してください」


 ロードリックさまは素直に靴を渡してくれた。私が得意なのは、清潔クリーン魔法。一瞬で靴はもとの綺麗な状態に戻った。


「見事ですね」

「ありがとうございます。唯一の取柄です」


 容姿も成績も平凡な私の、唯一得意な魔法。それが清潔魔法だ。茶色の髪に茶色の瞳。どうみても地味な令嬢、それがナタリア・エイヴァリー。


 でも、今日、平凡な日々に非凡な出来事があった。


「……その靴ではまた足を痛めてしまいますよね」

「陛下の主体のパーティーでしたので、ちょっと張り切りすぎちゃいました」


 だって、滅多に入ることがない会場を隅々まで堪能できるのなら、気合も入っちゃうものでしょう。


「なにか目的が?」

「会場がとても綺麗だと聞いていたので、楽しみにしていたのです」

「会場……ですか?」

「はい。隅から隅まで歩こうと思って……せっかくだから靴を新調したのですが、慣れない靴で歩きすぎたみたいで……」


 伯爵令嬢の私は、そう簡単に王城に入ることができない。だから、この機会にたっぷりと会場の内装を楽しむつもりだった……と話すと、ロードリックさまはぷはっとき出した。


「このパーティーでそんなことを考えていたのは、きっとあなたひとりでしょうね」

「え?」

「年頃の令嬢はみんな、王子たちの妃候補になるのが目的ですから」


 ……ああ、そういえば友人がそんなことを言っていた気がする。でも、私の興味は会場だったから、挨拶だけして内装を楽しんでいたのよね。


「とはいえ、歩き疲れたでしょう。今日はもうそろそろお開きになるでしょうから、このまま馬車まで送りますよ」

「そんな、ロードリックさまの手をわずらわせるわけには……!」

「わたしがしたいからよいのです。それに、ナタリア嬢だってまたつま先を痛くするのはいやでしょう?」


 そう問われると、首肯しかできない。彼は私が靴をしっかりと持っていることを確認してから、再びお姫さま抱っこで馬車まで送ってくれた。


「あの、ロードリックさま。このお礼をさせてください」

「気にしなくていいのですよ」

「いいえ、本当に助かったので……!」

「……では、今度一緒にアクセサリーを見にいってくれませんか? そろそろ妹の誕生日なのですが、女性の意見がほしくて」


 照れたようにはにかむ姿を見て、胸の鼓動がトクンと跳ねた。すぐに我に返って「もちろんです!」と答える。


 彼は「よかった」と笑って、約束をわした。そんなことで本当にお礼になるのかしら? と少し不安もあるけれど……まさか、つま先を怪我することでロードリックさまと知り合うとは思わなかった。


 世の中、不思議なこともあるのね。


 ――後日、本当にロードリックさまが家まで訪れて、宝飾店でアクセサリーを選んだ。妹さんから『お兄さまが選んだにしては、センスが良いアクセサリーですね?』と不思議そうにしながらも、プレゼントを受け取ってくれたらしい。

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つま先から始まる出会い 秋月一花 @akiduki1001

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