見えないおまじない。

第1話 見えないお守り

「いらっしゃいませ〜」


店の扉を開けたのは新規のお客様。

若いお肌のピチピチお客様。

ほっぺたを高揚させながら入り口でキョロキョロしている。

気合の入ったお化粧品と可愛らしいワンピースがとても初々しかった。


ここは、小さなネイルサロン「Saku」。

オーナーである私が一人きりで切り盛りしている。


来るお客様は、年齢も性別も見た目も様々。

だけれど、1日に請け負う人数は最大3人。

その人が求めた物を形にしたいから。


まぁ。お店の利益的にはあんまりだけどそれをも超える経験がここにはある。

そう思っている。


私は、入り口でキョロキョロしている可愛らしいお客様へ声を掛ける。


「ご予約いただいた中野なかの萌絵もえさんですね。お待ちしておりました。さぁ。中へ。寒かったですよね。」


「はっはい!寒かったです!しっ失礼します!!」


お客様は、ロボットのようにガチガチに緊張していたようで、足と手が連動して動いていた。

私は思わずふふっと笑ってしまった。


お客様は、申し訳なさそうに頭をかきながら謝っていた。


私も必死に「こちらこそごめんなさい」と伝えた。

お客様と私は少し間を開けてお互い笑っていた。


「こちらのお部屋で少しお待ち下さい。」


お客様へそう伝えて、ヒーリングする用の部屋に通してからあったかいお茶を用意した。


お客様の手は寒さにさらされていたせいか赤くなっていた。


「だいぶ寒かったですよね。まずは温まりましょう。」


二人でお茶を飲んだ後、ヒーリングを行っていく。


「今回、どのような仕上がりにしましょうか?」


お客様は、私の目をじっと見る。

私は、少し首をかしげ、お互い見つめ合う時間があった。

そんな時間を過ごしたあと、お客様がオズオズと話し始めた。


「足の指にネイル…出来ますか?手はしないで…足先だけ…」


私は、ニコッと笑いかけながら答えた。


「大丈夫ですよ!」


そう言ったあとふと疑問に思い、お客様へ聞いた。


「どうして足先だけなんですか?」


お客様は、うつむきながら話し始めた。


「実は…会社でネイル派手なものは出来なくて…というか、見えるところには装飾品はつけられないっていう所で…」


お客様は、そこまで言うと少し落ち込んだような声色に変わってしまった。


「一度、ネイルというか、派手じゃないネイルしていったんですけど…実は暗黙の了解で派手じゃなくても駄目だったみたいで…でも。ネイルが指にある時、すごく元気が出たんです。地味な色合いだったけどネイルがきれいなだけですごく元気になれた。だから…いろんな事があっても帰って靴下やストッキングを脱いだ時に元気が出るネイルをしたいなって…」


お客様は、スカートの裾に手を置いていた。

その手には何も塗られていなかった…

どんな気持ちでネイルを落としたんだろうか…

私は思わず彼女の手を握っていた。


「私にお任せください!あなたの事を教えてください。」


彼女は、顔を上げてくれた。

その顔にはふんわり柔らかなほぐれた笑顔があった。


私は早速、彼女の好きな色やテイスト、形など聞いていった。


ネイルをするために足の指や爪を整え、素敵な色、ラメ、パーツをはめていく。

パンプスを履き続ける仕事に支障がないようなデザインを心がけつつ、彼女の好きな物を詰め込んだ。


作業をしている間、キラキラした目で見られるのは、照れるやら恥ずかしいやら…うれしいやらで、

マスクの下の口が緩んでいた。

やっと完成したフットネイルをマジマジと見つめる彼女を見つめてしまう私。

どうしよう…気に入らなかったら…


そんな気持ちを吹っ飛ばしてくれる笑顔で彼女は言った。


「ありがとうございます!こんな素敵なフットネイルしてくださって…私、大事にします!私の見えないお守りです!」


私は、素敵な笑顔の前で少し鼻をすすり目頭を押さえた。


素敵な彼女に施したネイルで少しでも彼女を元気に出来ますように。


私の見えないおまじないの効果がでますように。

足先のおまじないが彼女の心を守ってくれますように…

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見えないおまじない。 @wataru-kaiki

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