第6話   幸せ魔王一家(と玄関のつっかえ棒)

 お茶を何口か飲んでいたマーデットが、酒に酔ったように頬を赤らめ、ぼんやりとしてきた。


「なんだか、眠くなってきた……」


「大丈夫ですか?」


「うん……」


「二階に寝室があります。しばらく休みましょう」


「うん……」


 おおい!? あっさりと姫抱っこされるな! だ、誰か、なんとかしてくれ! 野蛮な魔王が、昏睡状態の娘に乱暴しようと、階段を上ってゆく!


 くうう! なぜ我は無機物なのだ! なぜ自由に動けぬ!


 子供らはすっかりメシに夢中だし、頼れぬ――ん? アシェリータがポケットから小瓶を取り出して、ちゃぶ台に置いた。


「それなんだー?」


「おねむぐすりだよ。パパにおねがいされて、つくったんだ~」


 薬を盛ったのか!


 ぐぬぬ、なんともない顔してメシを食べ続けている。子供とは残酷な生き物だ。


「パパ、もどってこないよー? なにしてるんだろう。ごはん、のこしちゃいけないんだー」


「おにぃちゃん、ごはんあきちゃった」


「えー?」


「はたけで、あそぼ!」


「じゃあオレはコレもってくー!」


 そろそろ我の鞘の装飾に、傷が付くぞ。外に出られたら、ますます二階の様子がわからぬではないか。


 今ここに、今ここに勇者がいてくれたら……! いや、贅沢は言わん、正義のために我を振るってくれる若者がおれば――



 畑とは、あの生い茂る庭のことだった。よく見たら金属片やら薬草が点在している。


「またおっきなクルミさん、できた~!」


 アシェリータがドでかいクルミを、ゴロゴロと転がして持ってきた。見た目より軽いのか。


「わっ! すげえ!」


「スクスクぐすりだよ〜。おイモさんにも、つかおっと。おっきなおイモさん、たくさんうれるかな~」


 それは食べても人体に影響はないのだろうな?


 一度は魔王の生まれ変わりと疑われるだけはある、確かにこの天才っぷりは……大事に育ててやらねば。悪の道に堕ちてしまったら大変だ。


 二人して好き勝手にいろんなモノを埋めてゆく。小さなシャベルを片手に、まるで砂遊びだ。


 ああ、空が暗くなってきおったぞ……。


「二人とも、こんな所にいたんですね」


 魔王か。何事もなかったようなツラしてやって来たな。


「パパみてー! クルミ!」


「おイモさんも、うめたの〜」


 マーデットはどうなったのだ、生きているのだろうな! 我は途中でフェルドラスに飽きられて、そのへんに放られておった故、何もわからん。


 んお、魔王が我を持ち上げ、夕暮れに掲げおった。見下ろすと、あのか弱い少年の面影は消え、耳まで裂けた口を歪めて黄ばんだ眼球で我を凝視する、あの魔王の姿があった。


「聖剣。僕は頭部を失ったせいで、大魔法のほとんどを忘れてしまった。ああ、今すぐにでも貴様をへし折ってやりたい。今はこんなチビどもに頼って生き延びているていたらくだが、いつかは頭部を見つけ出し、再びこの世を魔族の手に納めてくれよう。……マーデットに逢わせてくれたことだけは、感謝してやるがな」


 感謝だと!?


「あんなに具合のいいメスは見たことがない。どこもかしこも、裂けて千切れるまで使い潰してやる!」


 くっ……やはりあの時、トドメを刺しておくべきだった! ここに勇者がおれば!!


 ん? 玄関から、ピンクのシフォンドレスの女性が現れた。って、マーデットではないか!


 魔王がすっかり美少年の顔に戻って、大感激している。


「マーデットさん! その服とても可愛いです! 用意してよかった」


 貴様の趣味か! ふわふわの生地のせいで、花嫁のように見える……。


 マーデットが耳まで真っ赤にして指を差した。


「き、貴様の、体の異常を見つけたぞ!」


「え? 僕と他の男性の違いが、わかったんですか? ハジメテだって言ってたのに」


「う……見比べたことは、ないが……」


「じゃあ違いなんてわからないでしょう? それとも、確かめるために浮気するつもりじゃ――」


「そそそそんなふしだらな真似するか!」


 生殖器だったか……。


「私は、浮気など、しない……絶対にだ」


 急に声が小さくなったと思えば、もじもじと恥じらいながら、そっぽを向いてしまった……。


 はあ!? 魔王に穢された上に惚れたのか!? あの世でお父上が嘆いておるぞ。


 これには魔王も驚嘆していた。驚きのあまり、我を地面に取り落とし、両手で口を覆って震えている。


「つ、つまり、生涯、僕一筋だと……」


「……」


「……僕、誰かからプロポーズされたの……初めて、です……」


 今のをプロポーズと捉えたのか!? なんと都合の良い考え方だ、やはり魔族とは共存できぬ!


 うわ、泥だらけの両手で双子が拍手してきた。なんの遊びだ、砂利がここまで飛んでくるではないか。


「二人とも、泥だらけじゃないですか。みんなで交代でお風呂に入ったら、一緒に寝ましょうか」


「わーい! オレ、パパとママのまんなかで、ねたかったんだ!」


「あたしママのとなりがいい~」


 ふん、気楽に過ごせる一時ひとときなど今のうちだぞ。いずれ勇者となる者が現れて、貴様を引き裂……って、なんだか我が悪役のようではないか。



「マーデットさんが可愛いせいで、僕の作りたかった世界が、壊されちゃいました」


「かっ、可愛いとか言うな」


 その後、魔王は預言書片手に配下を増やしつつ、平穏に過ごし、我はかなりの年月を玄関のつっかえ棒として使われる羽目になろうとは、思いもよらなんだわ……。


                       おしまい

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予言の通りに旅したら、魔王がたくさん見つかりました。 小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中) @kohana-sugar

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