千佳ならではの、つま先のお話。
大創 淳
お題は「つま先」
――試みる。大人の入口。それはマニキュア。
スーッと塗ってみた。紫のラメ。つま先に。
これで、お母さんと同じ。僕はもう大人の仲間入りだ。……『僕』といっても列記とした女の子。一人称が『僕』なだけの所謂『ボクッ娘』だ。名前だって『
同じ部屋の中、お母さんと一緒。
今日、僕は人生で初めて、マニキュアを塗った。
事の始まりは「あけおめ!」と交わしたデートの帰り道だった。楽しい帰り道になる筈だったけど、
立ち寄った。とあるデパートのコスメコーナー。
フーフーと荒れる息遣いも、飾られている紫のマニキュアを見て落ち着いた。とっても深い色で……心は虜。彼氏が言った何気ない言葉も忘却させる程、吸い込まれた……
彼氏は、もちろん太郎君のこと。
そして、この部屋で、膝を抱えて座っていたら、
「あら、いい色のマニキュアね」と、お母さんが部屋に入ってきたの。そのマニキュアは片隅に置いていた。僕のすぐ近くに。顔を挙げたら、お母さんは笑みを浮かべて、
「じゃ、塗ろうか、マニキュア。つま先から……」
と言った。きっと僕は、涙を浮かべていた。でもその涙の理由は、訊かなかったの。
「フム、いい感じ。千佳も興味を持ち始めたのね」
と言いながら、お母さんは僕のつま先にマニキュアを塗って、それからは、
「左のつま先は、さあ、千佳が塗ろうね。……ほら、お母さんと同じだから」
と、お母さんも塗る、僕と一緒に。母と娘で塗る、マニキュア。まるで父と子が酒を酌み交わすような、そんな趣で。僕はまだ、そこまで大人ではないし、女の子。
「それにね、一人称が『僕』でも全然いいと思うよ。それが千佳の個性だし……まあ、もう一人いるけどね、あなたのお姉ちゃん。そして我が娘か。我ながらね……」
僕には双子の姉がいて、鏡を見ているようにソックリ。その子も一人称が『僕』
「そ、そうかな?」
「やっと喋ったね、千佳。これで本格的に母と娘の会話に発展するね。男の子にはわからない女同士の会話。太郎君も悪気があって言ったんじゃないと思うよ。子供っぽいって意味じゃなくそれ程、千佳が可愛いってこと。それがわかったところで、そろそろかな」
――丁度そのタイミングだ。
鳴るスマホ。飾り気のないショートメッセージ。
『さっきはごめん。千佳が良かったら、今からデートのやり直しをしないか?』
と、表示されていた。デートのやり直しと言われても……と、思っていたら、
「行っといで、子供たちは私が見てるから」
と、お母さんはその画面表示を見て、僕に言った。そっと囁くように。耳元で……
「ぼ、僕、耳元弱いから」
「あ、ごめん、私と同じね、そういうとこ」
って、これ、お母さんの遺伝? この時、初めて知った。十八年もの間、知り得なかったこと。それに、私には子供がいる。……子供っぽくても、僕は二児のママなの……
ほら、同じ部屋にいる。
僕の双子の娘たち。ケラケラ笑っている。
「行ってくるね」
と、ワンオクターブ高い声。紫のラメのマニキュアで飾った、僕のつま先。スキップ程に軽い足取りは、もうつま先立ちを必要としなかった。そこからは大人同士のデート。
何故なら……
彼氏である太郎君は、僕の娘たちのパパだから。
そして今は、僕たち夫婦のチョットした散歩道。
千佳ならではの、つま先のお話。 大創 淳 @jun-0824
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます