コモンセンスホライゾン

@hajimari

第1話

「ああ......」


 高校の帰り、いつもの町を歩きながら、ただ意味もなく声がでた。 


 変わらない日々が、この灰色の曇り空のように永遠に続くような気がしたからだ。


(......何のために)


 まとわりつくようなその考えをふりきった。 それは考えても意味はないのはわかっている。


「......あれ」


 ふと気づくと、いつの間にか森のような木々が繁る場所にいた。


「町を歩いていたのに考え事をしていて公園にきたのか、いやこんな場所は知らない...... あれは......」


 ドオオオンッ!!!


 すごい音と衝撃が伝わる。


「なんだ...... 一体」


 目を開けると、飛び込んできたのは異常な光景だった。


「あれは、木の根!?」


 木々のあいだから、太くて長い植物の根が生き物のように少女を追っているのが見えた。 


「なんだあの生きてるみたいな動き...... それにあの女の子」

 

 赤い髪の少女は移動しながら、手のひらから衝撃波のようなものを放っているようだ。 


「あれはなんだ...... 戦ってるのか」


 あまりにも非現実的な光景に驚いたが、その根の奥に人型の木のような姿のものをみつける。


「あれは人...... いや木なのか。 木が根っこを操ってあのこを襲っている。 なんなんだこれ、でも......」


 状況は飲み込めないが、少女が苦戦しているのはたしかだった。

 

(なにかないか!)


 鞄をあける。  


(これなら...... あの木、こっちに気づいてない...... いまだ!)


 俺は走り、木の頭だと思われるところにモバイルバッテリーを投げつけた。


「そのモバイルバッテリーに衝撃を!」


 少女は驚くようにこちらをみると腕を伸ばした。


 バァンッ!!


 モバイルバッテリーは爆発し、動く木は瞬く間に炎に包まれる。


「グァ!!」


 木がそう声をあげた。


(よし! 効いた!)


「ぐっ!!」


 その瞬間、衝撃があり体をなにかが貫く感覚がして、その木から離れていく。


(しまった...... まだ根が)


 そのまま意識がうすれていった。



「うっ......」


 目が覚めると、目の前にさっきの戦っていた少女の心配そうな顔がみえた。 テントのような小さな部屋のなか、俺は膝枕をされているようだ。 


「ここは......」


「バカじゃないの!!」


 いきなり少女にどなられる。


「えっ...... ごめん」


「なんとか治療したけど、最悪死んでたわよ! 完全に傷が残つたわ」


「治療......」


 お腹をみると、確かになにかが貫通したあと、傷のようなものがある。


「あの根に貫かれたか。 でも傷が治ってる」


「まあ、でもありがと。 ......助かったわ」


 そう少女は髪を指先でいじりながら照れたようにいった。


「ああ、うん」


(あれ? さっき赤い髪だったのに、今は黒い)


「あの......」


「わかってる。 ......君には事情をはなさないとね。 私は【ニア】」


「ニア...... 俺は瀬野 興士郎せの きょうしろう


「興士郎もみたでしょう。 この森」


「ああ、こんな大きな森この近くにないはず......」


「いいえ、あったけど見えなかっただけ......」


「見えなかった......」

 

「ええ、存在するのに認知ができない。 そういうものがこの森一帯に張られているの」


「それは魔法ってこと?」


「いいえ、認識阻害の技術」


「認識阻害の技術...... それって」


「そうね。 ありていにいえば宇宙人のもつ技術ね」


「宇宙人!? それって君も?」 


 少女は少しためらった。


「......ええ、まあ、多元宇宙マルチバース論って知ってる?」


「なんかいくつかの宇宙が存在するって話のこと?」


「そう。 この世界には異なる次元に宇宙があるの。 そして私はその世界からの越境者を取り締まってるの」


「越境者を取り締まる...... 何のために?」


「他の宇宙や過去、未来から来たもの行動で深刻な矛盾が起これば、全ての宇宙が崩壊するかもしれないからよ」


「パラドックスってやつか...... それで木のあいつもその越境者か」


「あれは【エルダートレント】という植物人種。 植物が適応して知性をもった宇宙のもの。 君を助けるのに逃げたけど......」


「そうか俺のせいでごめん」


「いいわ。 私も突然襲撃されて正直勝てそうになかったし......」


「そもそもそのエルダートレントがなんでここに?」


「越境者の目的は様々、犯罪、逃亡、好奇心だから、あいつの理由はわからない。 ただこの世界でなにかを起こそうとしているのは間違いないわ」


「なるほど、それでニアはひとりなの? 他に仲間は」


「......ここにはいないわ。 装備や情報を提供してもらえるだけ。 さっきいったように他の世界からここに来るのはリスクがあるから」


「そうか...... その行動がパラドックスを引き起こしかねないからか」


「それで、あなたにはここにいてもらう。 このテントは遮蔽されていてみつからないわ。 今は外と遮断されているから、ここからでることはできなかった。 多分、私があいつを倒せばこの森からでられるはず......」


「一人じゃ無理だ!  政府とか他の大人に協力をしてもらおう」


「だめなの、これ以上この事をしるものをふやすのはリスクがある。  私たち多元宇宙マルチバースの存在が確定してしまえば、パラドックスを起こしかねない」


「いや、でも戦うにしろ武器は? 銃とか、そっちの兵器とか」


「元々危険がえるから、あまり持ち込めないうえ、突然の襲撃でこの遮蔽テント以外はないわ」


(俺は戦闘経験もないし、武器もない。 あんな化物相手じゃなにもできない。 だけど......)


「あの衝撃波だけだと、倒しきれない。 倒せるあてはあるの?」


「私の力はあの衝撃波だけじゃない。 この前は突然の襲撃で集中して能力を使えなかっただけ、対策はあるわ」


 その時スマホがなる。 メールは友人の【ゆきひろ】だった。


「いま忙しいのに......  えっ! 坂本と結月たちが衰弱してるって、変な病気が蔓延してるみたいだから気を付けろ......」


「まずいわ! エルダートレントがもうなにかしている!」


「だが俺たちは何も起こってない」


「多分、私たちは森のなかだから影響はないんだわ。 自分に危害が及ばないようにしているのかも、ただこのままだともっと被害者がでる...... 君はここに隠れていて」


 そうニアは準備している。 俺は覚悟を決めた。


「やはり、俺もついていく」


「はっきりいうけど、来てもなにもできないわ。 ここにいて君を守ってる余裕はないの」


「あいつの気を引くぐらいはできる。 もし君が死んだら、どうせここででられないだろ」


「それは......」


 二人の方が倒せる確率はあがると、なんとか説得してついていくことにした。



「認識阻害で人間が近づけないようにしている。 つまり、ここでなにかをしている。 装置かなにかね。 あいつを倒さなくてもそれを壊せれば......」


「わかった。 そっちを狙おう。 それで手だてあるっていってたけど」


「ええ、私の力を使えれば」


「力......」


「私は【交換】《チェインジング》という異能力が使えるの」


「交換...... なにを?」


「他のマルチバース世界と肉体を交換できるの」


「他の世界から体の交換...... じゃああの超能力って」


「ええ、あのときは超能力をもっている他の世界の私の体と交換したの」


「他の世界から...... そんなことができるのか」


「私はその力でこの仕事を任せられてるの」


 ニアはなぜか悲しげにそういった。


「それで髪の色がちがったのか」


「ええ、世界の大気や組成などが違うと当然、つくられる肉体の組成がちがったり、能力がちがったり。 そもそも存在しなかったり。 でもこの世界には適さない肉体になるかもしれないから、よく考えて変換しないと危険だから集中が必要」


「確かにここの大気が毒とかもあるかもしれないか......」


「そう。 この世界の環境、空気や重力にたえられないとか。 逆に交換だから相手にこの体がわたることも考えないといけない。 もし向こうでこの体が耐えられないと、向こうの私が死ぬこともあるかもしれないから」


「そうなったら体が返ってこない。 返ってきても死んでたら君も死ぬな。 それは向こうに了承をとれるの?」


「ええ、精神での対話はできるから。 ただ他の私が必ずしも協力的とは限らないから難しいの。 いま説得して使える体は三種類ね。 超能力を使える体、体を流動金属化させる体、そしてエルダートレントの植物の体の三体」


「確かにそんな力があれば、この仕事を任されるか......」


「......ええ」


 その悲しげな笑みが気になった。


(なにかあるのか、いやいまは......)


「植物にもなれるのか」


「エルダートレントがいたのと同じ植物が適応した世界の私の体。 その世界の私の話だと、あれは元科学者、過激な種族至上主義者で、向こうでも犯罪をおかして違法にこちらの世界に飛んだらしいの」


「種族至上主義者...... そいつが理由はそれに関係してるんだろうな」


「おそらく...... 調べてはもらってるけど、今浜だわからないわ」


「話し合いは無理かな」


「おそらく無理ね。 向こうでも環境テロリストだったの。 どうやら他の星の生態系を変えようとしたらしいわ。 そして失敗逃亡してこの世界に入り込んだ」 


「そうか。 それならこの地球の環境を変えようとしてあるのかもな。 とりあえず話しはしてみよう。 あと、その能力なんだけど......」


 俺は思ったことをきいてみた。


「えっ!? ええ、それは確かにできるけど......」


 それから対策を考えながらあるく。



「......準備は整ったな。 それで能力はどのぐらいもつ」


「金属の体は1分。 向こうの大気で私の体がすぐに死んでしまうみたい。 超能力は10分ぐらい。 とても頭のいい人間で衝撃波と治癒、念波を使える。 だけど気難しく気分屋なの。 そしてエルダートレントの体はかなりもつけど相手の方がずっと強いみたい」


「わかった。 まずは対話しよう。 無理なら、さっき話した手でいこう」


「わかったわ」


 俺たちは森の中を歩く。


「......逃げるのはやめたか」


 茂みの奥から声がした。 そこには焼けこげた人のかたちをした木

がこちらをみていった。 その奥には何かの装置があり、紫色の霧状のものを空高く噴射している。


(あれが外の人たちに影響しているものか)


「......話がしたい」


「......何の話だ」


「あなたは環境テロリストなんでしょう。 この地球の現状に腹が立っているのはわかるわ」


「............」


 エルダートレントは黙ったまま何もいわない。


「もちろん、すぐに解決できないが、できる限りのことは......」


「......そんなことは不可能だ」


「なぜだ? いままでがそうたったからか。 ただ今は自然のことを考える人は増えている。 自分達に類が及んでいるからだ。 いずれ......」


「......無駄だといっている。 私の目的は人間の完全な排除だからな。 この霧の成分はこの世界の植物の成長を促進し、人間たちを衰弱させ死に至らしめる」


「何......」


「どういうこと、環境を破壊しているものもいるけど、自然を守ろうと保護しているものもいるのに、それを身勝手に滅ぼそうというの!?」


「自然を守ろうと...... ふっ、とんだ偽善だな!」


 そういうとエルダートレントは、その無数の根や枝を動かしてこちらへと向けた。


「ニア!」


「【交換】《チェンジング》」


 ニアの体が植物のようになると、根や枝が無数にのびエルダートレントの伸ばしてくる根を絡めとる。


「それは...... わが種族の体!!!」


 ニアの根をエルダートレントは逆にからみつぶしている。


(......奴の方がやはりおしているな)


「貴様、それは変身ではないな...... やはり混ざりものか...... よく私のことをいえたものだな。 貴様が最もいびつなものなのに」


 エルダートレントの根は絡み付き、ニアの体を締め付け拘束している。


「ぐっ、くっ......」


(混ざりもの......)


 俺はその事に気になりながらも、隙をうかがう。


「自然を壊しているのはわかっている。 だが環境や生物を守ろうとしてる人々もいる。 それをわかってでも滅ぼすのか」


「はっ! 守ろうとしてるだと、それはお前たちの歪んだ常識だ! 守ろうが壊そうが、お前たちの行動は全て自然を破壊する行為でしかない」


 エルダートレントはそう吐き捨てた。


「歪んだ常識...... どういうことだ?」


「お前たちは自然を守ろうとしているといったな」


「ああ、滅ばないように保護を......」


「それだ! 保護、それは誰が望むことだ!」


 エルダートレントは俺の言葉に激昂した。


「お前たちは全ての生物が人間によって滅ぶとでも思っているのか! 人間が生まれてもいない時、滅ばなかった生物がいないとでもいうのか! この世界では植物は知性ある人種にはならない! それがなぜかわかるか!」


「この世界の植物が知性をもたない......」

 

「我らの世界では植物は適応して人をしのぐ知性をえる! それは天敵となる生物や環境が自然になくなったからだ!」


「まさか......」


「そうだ! この世界では我らの植物の天敵どある生物や環境を人間が保護してしまった! それゆえ植物の適応は起こらず、知性をえることもない! ここではただの植物として永遠に知恵をもたない蛮種となりえるのだ!」


「人間のせいで知恵をもてない...... それで」


「愚かにも自然を守るなどと傲慢なことを考えたゆえ、本来なら適応をする生物も変化しない! それが自然か! 自然保護も破壊も人間の常識とやらの価値観に即したものでしかない! 他の生物は滅ぶのも生き残るのも自然の一部だというのにな!」


「それで人間を滅ぼすのか......」


「そうだ! なにが原因で我ら植物に変化が起こるのかわからない以上、この世界で植物の適応が起こりえる人類の排除の可能性にかける!」


「いうことはわかる...... その通り人間は勝手で傲慢だ。 だからその傲慢を通させてもらう」  

 

「なに!?」


(ニア!)


(ええ)


 ニアはその体を金属化して絡まった木の根をきりさくと、機械の方へむかった。


「なんだ!? また代わったのか! させるか!」


 エルダートレントはその根を全てニアに向け放つが、俺は衝撃波をはなってそれを阻止した。


「なっ!? お前も!! やめろ!!!!」


 ニアは金属の体でその装置を叩き壊した。


「ばかな......」


 エルダートレントは膝をついた。


「確かにこれは人間の都合でしかない。 だから身勝手にこの世界を守らせてもらうよ」


「貴様も混ざりものか! 一番自然から遠い存在の癖をして、私を! 自然を壊すのか!」


 こちらに強い憎しみの目を向けながら、エルダートレントは光の粒子となって消えていった。


「消えた」


「どうやら、あの機械は世界の壁を越える装置でもあったのね。 強制的にもとの世界に転移したみたい」


 そうため息をついてニアはいった。


「戻してくれる」


「ええ」


 俺は借りていた体からもとの体に戻った。


「それにしても私の力で、超能力のもつ他の世界の自分と体を交換するなんて...... よくあの種族を短時間で説得できたわね」


「ニアの力が他者にも使えるらしいから、その体を使わせてもらおうと思ってね。 あの自分が話がわかってよかったよ」


(あいつも変わらない日常にうんざりしてたからな。 でなければ力はかしてもらえなかった)


「それとニア、混ざりものって......」


「そうね。 もうわかっていると思うけど......」


 そう少しニアは戸惑いながらも口をひらいた。


「私は越境者とこの世界の人間との混血児なの」


「それで混ざりものか......」


「そう私は存在が間違いなの。 本来交わることのない世界の者たちの子供、この交換チェインジングもそれで発現した能力。 本来なら抹消されるところだったけど、その能力で越境者を監視する任務を与えられた罪人......」


 そううつむいてニアはこたえた。 


「......別に罪人でもなんでもない」


「えっ......」


「エルダートレントがいってたように、俺たちの常識なんて人間が考えた都合でしかない。 俺たちは元々身勝手で傲慢な生き物なんだ。 正しいもまちがってるもないだろ」


 空を見ると装置が壊れたからか、曇り空が晴れてきた。

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