戦慄の女王

パンチ太郎

第1話 女神

 女は努力の鬼であった。

 小学2年から柔道を始めて24年

 現在32歳である

 そして、ついに成し遂げる。

 48㎏級のオリンピック金メダリストである。

 この日を境に、ニュース番組やバラエティ番組に引っ張りだこである。

 ボブの髪型に、相手を射抜くような眼、八重歯が特徴の女であった。

 数か月前のオリンピック

 最後は巴投げで決めた。

 体格差数センチの相手に、巴投げである。

 アナウンサーは叫ぶ

「決めました!!巴投げ!!丸田優実まるたゆうみ!!」

 彼女は柔道界の女神と称された。

 彼女の収入はうなぎのぼりであった。

 32歳

 この年は格闘家において分かれ道となる年であった。

 次のオリンピックは4年後

 36歳である。

 精神の方は未だ衰えていないが

 人間には必ずやってくる老い

 今まで培ってきた技術などは稽古を積めばサビない。

 しかし、衰え、コンディションの低下などは徐々に表れ始める。

 それとどう向き合うかを考えていた。

 人によっては結婚や出産を考えるものもいる。

 引退発表はまだ考えていない

 本日は道場で子供たちに柔道教室を行っていた。

 地元の小さい道場であったが、スポンサーのつながりか何かで断ることはできなかった。

 自身のSNSの発信もぬかりなく行った。

 フォロワーも徐々に増えている。

 仕事と稽古の往復

 周りから、結婚しろ、などと言われないことはない。

 男がいれば別にしたいと思っている。

 しかし、今は競技と仕事に向き合っていて充実している。

 すべては順調であった。

 はずであった。

 次の仕事はスポーツ番組のロケであった。

 移動中の車内にて、携帯を見ていると、週刊誌が書いた記事が、優実の目に飛び込んだ。

「丸田優実、高校時代に未成年飲酒」

 丸田はニュースの記事に飛んだ。

 そこには、嵐山高校柔道部のOGのA氏が、週刊誌に丸田がお酒を飲んでいる映像をリークしたのであった。

 嵐山高校の柔道部は全寮制であった。

 したがって、お酒を入手したのは大人と言うことになる。

 寮は部外者の侵入は禁止で、21時半には就寝と言う厳しい規律でできていた。

 ましてや、丸田は将来オリンピック候補であった。

 他の寮生とは、扱いにも差が出ていたはずである。

 当の丸田よりも顔を青くしていたのは、この番組のプロデューサーであった。

 もう丸田の替えが効かない状態でのニュースであった。

 しかし、幸いと言うべきか....

 この番組は生放送ではない。

 しかし、このニュースを知った状態で撮影を行ってしまうと、ロケの日をごまかしたとしても、バレたときに炎上する恐れがあった。

 ニュースが出てから、数分しか過ぎていないが、ロケ自体は半日で動いている。

 2時間の特番であった。

 ロケ地には険悪なムードが漂っていた。

 ニュース記事のコメ欄を、プロデューサーがしきりにチェックしている。

 スクロールでページ更新を狂ったようにしていた。

 会議の結果、ロケは無事行われることになった。

 出演者も、いつもの調子で番組を盛り上げた。

 丸田も何も悟られぬよう、自分の役割を全うした。

 休憩時間が地獄であった。

 言葉にはしないものの、視線や表情などから、あからさまには出さない、しかし、得体のしれない圧が丸田にひしひしと伝わっていた。

 自分から何かを言おうとすると、それを全面的に認めたことになってしまう。

 記事には、ところどころ、否定しなければならない箇所がいくつかあったからであった。

 自身の携帯の通知も鳴りやまない。

 ほとんどは、アンチコメントであったが、先輩や親族からの連絡も少なくなかった。

 自ら起こした愚行であったが、携帯の電源をひとまず切った。

 ロケを終えた、午後6時ごろ、丸田は、全日本柔道連盟に、本部に呼び出される。

 皆、意見は一致してるかと言えばそうではないが、組織は個人の意見が、好き勝手に通る場所ではないのである。

 本部の会議室には、連盟の幹部が数人と丸田のコーチそして、母校の恩師までもが来ていた。

「大変忙しい中であるが、何で呼び出されたか分かっているね?」

 短髪に、190㎝を超える巨体、ナイフのように鋭い目を持つ中年、スーツを着ていたが、既定のサイズがあるわけもなく、特注であった。

「はい。」

 丸田もスーツに着替えていた。

 神妙な面持ちでそれぞれの、問いに答えた。

 それでどうこうしようとは、はなから考えていない。

 それはあらかた、丸田が来る前に話し合っていたのである。

 今行っているのは、質問と言うより尋問である。

 声を荒げたりしないものの

「選手としての自覚は?」

「あなたがやって行動で被る被害を考えましたか?」

 などなど、今更確認するまでもないことをねちねちと聞き続けたのであった。

 そして、これまた、丸田が覚悟していたことが告げられた。

「丸田優実を全日本柔道連盟から除籍処分とする」

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戦慄の女王 パンチ太郎 @panchitaro

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