第3話
三日目だ。今日も武田さんと帰路を共にしている。気まずいことこの上ない。
「なんかお腹空かない?」
「まあ、確かに」
実際、今日は体育の授業があった。おかげで、いつもより早い時間に空腹になっている。
「どこ行くー?」
武田さんの中では、もう一緒に行くことが決まっているらしい。
「三丁目のコンビニの向かいのファミレスとかどう?」
このあたりがちょうどいいんじゃないだろうか。あまり多く頼まなければ学生の懐にも優しい。
だが今日の僕には両親から賜った晩飯代がある。
「ん、いいね」
三日分使う機会もなくため込んできた。普段頼むことのない少し高いメニューを頼むことにしよう。
僕は武田さんと同席するとなるとどこまで喜べるのか。
この三日目にして、武田さんが僕をどう思っているかは定かではない。
僕からすればあまり好きになれないクラスメイトだ。
結局のところ。想像通りだっただけに過ぎない。話すことになったのは武田さんの行動であり、僕はそれに乗っただけ。
成り行きに身を任せているだけで、僕は何かに一歩踏み出したわけでもなく、それをする価値も、見いだせていない。
ただただ、なにか心によくわからない淀みが溜まっていくのを感じる。
「じゃあ、僕これとこれ」
サラダとライス、それからステーキ、ポテトもだ。せっかくだからデザートにアイスアか、パフェかケーキか。資金はその程度余裕があった。だから少し贅沢をできる。
「んー、じゃあ、ドリアで」
自分の注文をタッチパネルに入力した後、武田さんの注文を入力する。とりあえず、デザートは腹具合を確かめてから改めて注文することにした。
「お待たせしました」
水とおしぼりを店員さんが持ってきてくれた。えらく美人だとも。
「あ、裕子ちゃん。ここでバイトしてるの?」
「あ、タケちゃん」
どうやら、武田さんは店員と知り合いだったらしい。よく観察をしてみれば、裕子さんは少し年上の……大学生ぐらいの女性だが、二人はどういう関係なのだろうか。
「友達と来たん?」
「そー」
ども立ちかは微妙な所だと思うが……まあ、いいか。
「いつから働いてんの?」
「先週からー」
仕事の邪魔にならない程度の雑談を終えて、裕子さんは離れていった。
「誰?」
「朗読で一緒になってる人。結構すごいんだよ」
「そうなのか」
武田さんは楽しそうにしている。
「割と真面目に劇団とかやってて、見に行ったりしている。お芝居すっごくうまいんだよ」
「ふーん」
「あ、役によっては格好いいよ」
「ほー」
劇や舞台は僕にはあまり興味ないんだな、と自分で思う。あまり直接見に行こうとした事なかった。そもそも、どこでやっているのかさえ知らない。
少しは興味の幅を増やしてもいいかもしれない。裕子さんの芝居を見に行くことができるかもしれない。
………でも、結局やらない気もする。
事情は違うかもしれないが、それできれいなお姉さんとお近づきになれるのは、いいような気もする。僕も男だから。
どうしたことだろう。
僕は武田さんに対して、羨ましい要素が一つもない。こうなりたいと思える要素がない。というのに、妬ましい気持ちがどうにも膨れ上がってくる。
どうしてこうも、社交性や持っていないものうを比較して、ナーバスになっているらしい。
「はあ……」
「ため息は、」
「ため息ため込んでおく方が幸せ、逃げるんだよ」
ため込んで飲み込んで、飲み込めば飲み込むほど陰鬱としてくる。
そもそも、ため息をつきたくなった時点でその人間は幸せじゃないんじゃないだろうか。因果が逆な気がする。
ため息をつかないような生活をするべきだ。うん。
「なんか難しいこと考えてる」
「かもね」
「……朗読、実際どうなの? 楽しいの?」
「お、興味あるってこと? それとも、裕子お姉さんに興味深々かな?」
「……いいだろ。教えてよ」
「それとも私」
「武田さんに興味はそんなに」
我ながら即答だったと思う。クエスチョンマークを出させる暇も与えなかったと思う。
武田さんは少し眉をひそめた。
「声出すの、楽しいよ。みんなとお芝居で話すのも楽しいし」
少しだけ微妙な間があった。
「何?」
「私、お芝居はあんまりうまくないんだよね。でも、みんなかわいくて、すごい人らもいっぱいおるよ」
「ああ、なるほど」
納得しかない。それはそうだろうと思う。
「ええ……なにその訳知り顔」
うまく説明できないが。それは分かる。武田さんは物事に対し浅い理解しか示していない。
「だって武田さん、何事も浅いじゃん」
そしてあるいは、理解が浅くとも、才能があれば演技として昇華する事はできるのかもしれない。そして、武田さんにはそこまで才ある訳でもないのだろう。
「えー? 浅いって何? 私深いし?」
そしてやはり、伝わっていない。一歩、踏み出したつもりだった。伝えたつもりだった。
そんな話をしているうちに、頼んだ品が運ばれてきた。
「お待たせしました。ご注文の品、お揃いでしょうか」
僕は一歩踏み出してみたくなった。
「あの!」
困った。裕子さんに声をかけてみたはいいものの、何を言っていいものなのだろう。僕が一歩踏み出したいと思ったことに対して、ほぼ知らない人を勝手に巻き込んでいる。
届くのだろうか、届かないのだろうか。
どれだけ考えただろうか、それとも一瞬だったろうか。
「東条へ向かえ、好きですか!?」
ようやく出た言葉はそれだった。
「好きかと問われれば、憎んでいる」
「っ」
僕が呆けている間に、裕子さんはニッと笑って引っ込んでいった。仕事に戻ったのだ。
「え? 何今の」
武田さんはぽかんとしている。
「東条へ向かえの主人公の決め台詞的なやつ。……――!」
芝居が、うまかった。正直な話、めちゃくちゃうれしい。あれはもちろん解釈の一つだと思う。その解釈をこちらが喜んでくれると思って晒してくれるのがうれしい。
実際僕はあんなポップな感じではなく、もっとダークな感じだと解釈しているが。
「うれしそうだね」
「びっくりしてる」
武田さんのおかげで思い出せた。そういうのはあまり考えず嬉しかった実感さえあればいいのだ。
裕子さんはきっとエンターティナーで他人を喜ばせることが好きなんじゃないだろうか。同じ学校にいれば、多分好きになっていたと思う。
実際のところなんて、まったくわからないわけだが。
なんだかどんどん自分があさましい人間であるような気がしてきた。好みのものにしか興味がないのか僕は。
結果、武田さんの方を向いてため息をつくことしかできない。
「あー、またまたまた!」
僕は何も言えなかった。そんなに僕は、波風が立てたくないのか? そんなに僕はネガティブなことを他者に言いたくないのか。
いや、よく考えると言っているのかもしれないけれど。
「はー。悪かった。ゴメン」
よどんでいく。泥中で、もがくように。馬鹿みたいだ我ながら。余計なこと考えて勝手に喜んで勝手に落ち込んで。
どうして僕は、周囲とこんなにも違うのだろう、と。
結局、僕はデザートを頼まなかった。
#
「おいしかったねー」
「まあね」
実際それなりの満足度だった。勝手に浮き沈みしていたのは僕だけだ。
料理自体はおいしくいただきました。ステーキおいしかったです。
益体のない会話を繰り広げつつ。そして、今日もまた分かれ道。
右に行けば僕の家。武田さんの行先は左らしい。
前二日はこのまま別れている。
「なあ」
今日は言うべきだと思う。なんというか、このままにしておきたくはない。
あきらめずにもう一度やってみたいと思う。
「なにー?」
「一つ、聞いてほしい事がある」
明日は、一緒に帰るかどうかなんてわからないからだ。だからきっと、ここで伝えてしまった方がいい。
しっかりと、武田さんの目を見据えて。言いたいことを伝えるべきだ、と。
ずっと測りかねていた。何を言っていいのか。それはもしかしたら気の迷いかもしれない。もしかしたら違うのかもしれない。
武田さんへの印象は、結局初めから、今まで変わっていない。だからそれをまっすぐに伝えるべきだ。
「なに?」
そう応えた武田さんの真意は僕にはわからない。けれど。
まっすぐに。武田さんの目を見て、言葉をかけた。
「僕は武田さんの事苦手だし、話が通じなくて疲れる」
「そんな事、初めて言われた」
ほんの少しの沈黙の後、武田さんは応えてくれた。
武田さんは、話を流す訳でも、謝るわけでもなかった。
それだけが嬉しかった。
#
あれ以来、武田さんと一緒に帰るというイベントは起こっていない。今のところは。
結局のところ、僕は武田さんのことを苦手なままだ。武田さんも、こちらに対する態度は特に変わらない。
そもそも学校での武田さんとのコミュニケーション量が増えたか、と言われればそうでもない。
僕が言ったことを本当の意味で伝わったのかも、分からない。
けれど、僕は武田さんとの差異を気に病まなくてもいいらしい。
「おはよー、武田さん」
「おはよー、山岡君」
最近、武田さんが教室に入ってくるのを見かけたらこちらから挨拶をしている。
武田さんと僕 麻美弥 雄介 @smmddw-cx02
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