第2話
さて、今日も武田さんとの帰宅の最中だ。そうなった理由は昨日と大して変わらない、省略することとする。
「本屋行っていい?」
「いいよー。なに買うの?」
「漫画の新刊だけど」
無駄に考えることが多い。どうすれば伝わるのか、どうすれば向こうの話題に……少なくとも興味のあるフリができるのか。
「へ―何の漫画?」
「東条へ向かえ 14巻」
「え? なにそれ。どんな漫画なん?」
無理もない。
ブランデッドフォースに比べればマイナーな漫画だ。連載している雑誌も違う。
内容を比べれば間違いなく、王道ではない。
命を問わず、悪にすらなる。そんな者たちの戦いだ。
ちなみに、ネットの知り合いからは古めの硬派な話、という意見も聞いた。僕はこれが好きなのだ。
「どしたの?にやにやして」
「え? マジで?」
武田さんいわく、僕はにやついていたらしい。こちら側の土俵の話が展開できたことがうれしいからに決まっている。
「いや、かなりいいんだぜ? 最近の連載だと章ボスのメーディ・山田ってやつが、今戦っててかなり外道なんだけど、最後にどうなるのかが楽しみでさ。」
「ふーん」
「多分そろそろ死ぬんだけど、メーディ」
「そうなん? 死んだら意味なくない? 苦手だわ、人が死ぬ話」
「いや、そう……じゃなくて。因果応報っていうか、やるだけやったやつがどう転ぶのかって気になるじゃん」
ああもどかしい。東条へ向かえ、の魅力を語ることができていない。
改めて考えてみれば、僕は他人に向けて、好きな作品を語る言葉を持っていないのかもしれない。絶対に作中の、人の生き死にだけで語れるようなものじゃないはずだ。
「ふーん」
興味がなさそうに返された。もう、武田さんの興味は別のものに移っている。
「だから……! 違うくて! 」
「おおう、どしたん?」
情けない気持ちでいっぱいだ。大きな声まで出している。
「……機会があったら、読んでみてほしい」
そんな言葉しかのどから出てこない。
「ま、機会があったらね」
「たまに無料公開もしてるから……」
言葉を小さく、もごもごと口の中でこねるがごとく。自分で自分が情けない。
とにかく、僕は僕なりに考えた言葉は届かなかった。
「……ゴメン」
敗北感でいっぱいだ。それも、自分自身に負けている。
努力をしていない。好きなものに対して。それがあらわになっている。
「なにイライラしてんの?」
「うまく言えなかった。から」
「????」
僕は伝わる相手にだけ言葉を届けていたということなのだろう。少なくともあまり武田さんを不愉快にしていないらしいのがせめてもの救いか。
いや、不愉快にさせていた方が僕の救いにはなったかもしれない。
「武田さんは、人にうまく意図が伝わらないの、気にならないの?」
「んー、そんなに?」
「なんで?」
「人と話すの楽しいし」
「伝わってなくても?」
「……あんまり考えたことなかったかも」
なんだか、それは気に入らない。会話って伝わってこそじゃないのか? 意見を交わすことができてるから、会話じゃないのか?
心と心のふれあいとか? もっとこう、そういううまく説明できない何かじゃないんだろうか。
「……」
「けど、楽しいよ。山岡君も、今楽しいんじゃないの?」
「……」
正直な話、僕はあまり楽しくはない。
僕に良くわからない話をされた武田さんが楽しいと思っていることが意外なくらいだ。
相手の反応が気にならないというのならば、それはお互いに思ったことを壁に向かって話しかけているのとどう違うのか。
武田さんのことははっきり言って気に食わない。話がかみ合わないのに話しかけてくる。だから対応が難しくて仕方ない。
けれど、明け透けに本音を話せば、傷つけてしまうかもしれない。
「どしたん? また黙って」
それ以上に。また、どうでもいいことのように流されるんじゃないだろうか。
その時僕は、どうなるんだろうか。怒るんだろうか。ありえないとは思うが泣くのだろうか。
「ん、まあ、別に。いいんじゃない?」
どうして僕はこんな、覚悟を持たなければならないのだろう。
そうこうしているうちに本屋についた。
僕は迷いなく、東条へ向かえ 14巻を購入した。
武田さんは、僕には興味がないファッション誌をパラパラめくっているらしかった。
「読んで」
結局、僕は同時に購入していた武田さんに東条へ向かえの1巻を手渡した。
「あ、え?? ……いいの?」
困惑と、気まずさだ。 わかっていたことだ。……どう考えたって、いきなり渡されたって困る。単行本は僕にとっても無傷ではない。特に理由なく渡されたら僕だって困る。
完全に僕の意地を押し付けている形だ。
こちらとしても、引くに引けない。
「時間空いたら読むね。ありがと」
武田さんの礼には困惑がにじんでいる。 当然だと思う。
「……よろしく」
結局、僕は一人空回りしただけ、なんだろうか。
分かれ道。右に行けば僕の家。武田さんの行先は左らしい。
特に何もなく、分かれた。
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