武田さんと僕

麻美弥 雄介

第1話


 それは、秋口の事の事だった。


 僕は家からあまり遠くない高校に入学して、これだけ時間もたてば気の合う相手もできて、それなりに充実している。

 スクールカーストの事は分からないが、あえて言うなら、特定のオタクグループの一員として認識されているんじゃないだろうか。

 少なくとものけものされているという自覚もない。クラス内で中心となっている集団とも特にコミュニケーションで苦労した覚えはない。


 話せる相手もそれなりに見つかって、休み時間に漫画やアニメの事を話したり、帰りに遊びに行ったりもしている。

 関係性は固まっているし、このクラスの自分の立ち位置に満足している。

 

 まあ、僕はあまり愛想のいい方ではない。 仲のいいわけじゃない相手に積極的に挨拶をしようと思っているわけではないし、できているわけじゃない。

そんな僕でもなじめているんだ。仲がいい方なんじゃないだろうか。このクラスは。


 知らないことがあるだけで僕が特別のんきなだけかもしれないし、自分の立ち位置を正しく把握できていないだけかもしれないが。

 それに、他と比べようがないけれど。



「あ、わり。今日はちょっと病院行かないといけなくて」

 普段よく話す友人の佐藤に放課後の誘をしたが断られたところだ。

「どっか悪いのか?」

「いや、じいちゃんがさ、ちょっと入院しちゃって。で家族でお見舞いいかないといけなくて」

「ならしゃーねえか。爺さん、お大事にな」

 事情が事情だ、佐藤のおじいさんが元気であってくれることを祈るばかりだ。


 それはそれとして、僕は困った。否、言うほど困ってはいないが。他の友人たちも部活だったり、用事だったりで、一緒に帰れないそうだ。

 今日からからしばらく親が母の親元に帰っている。親戚の事情らしいが、詳細は聞いてはいない。晩飯の金はもらっているし、ついでに門限に気を使わなくていいから万々歳。

 放課後、自由の身というにふさわしい。


 となれば、遊び相手が欲しいと思うのが常道だ、が。この通りである。

「はあ……どうしたもんかな」

 一人寂しく街へ行くか。それとも誰もいない家に帰るか。正直、どちらもノリ気がしなかった。


家で何らかのボイスチャット、というのも悪くはないが、なんとも違う。外で誰かと遊びたい気分だった。


 そんなどことなく、気分があがらないままに帰路に付く。とぼとぼと、とでも言うのだろうか。

 それはそれとして、あの新刊明日発売だったな。

 結局今日は行くこともないか。それとも無意味に本屋によるか? などと無為に思考を転がす。


「うわ!」

突然肩パンされた。

「や! どしたん? 山岡君。そんな一人でとぼとぼと」

 こうして話しかけてきているのは同級生の女子、武田さんだ。


 どっちらかと言えばクラスの中心の方にいる女子で、コミュ力が高い。何度か話したこともある相手だ。

 なんというか、まっとうが過ぎて会話が成立しづらい。正確には、話しかけられることがたまにある。だろうか。

 あまり仲良くはないし、あまり話そうと思わないが。

「別に。一緒に帰る相手いないだけ。」


 なぜならこうして話しかけてきてくれているのはいいが、どうにも話が成立しているようには思えない。

 趣味や価値観が違いすぎる気がする。

「なら私が一緒に帰ってあげる」

「まあ、はい」

 ハッキリ言って、この人はうっすら苦手である。話していて特に楽しい相手ではない。けれど拒絶する理由もない。


「そっちこそ、遊ぶ相手には事欠かないだろ」

「いやー、それがさ。放課後学校の外で朗読やってるんだけど。稽古が急に中止になっちゃって。今日開けてたからさ。普通に帰るだけになっちゃって」

「そーですか。楽しんでんの?」

 少し、雑すぎただろうか。

「そうなんよ。 小学生も参加しててかわいいんよ」

 言うが早いか、スマートフォンを起動して集合写真みたいなものを見せてくる。

「この子がかなえで、この子がキャサリン、この子がゲンちゃん」

 武田さんと、小学生男女が映った写真だった。どう見ても全員日本人だが。

「キャサリン?」

「この集まり、自分で決めたあだ名を名乗っていいよっていう決まりがあって」

 決まりなのか、任意なのかどっちだよ。

「良く撮れてるんじゃない?」

 我ながら気の乗らない抜けた返事であったと思う。悪い写真ではないと思うのは本当だが、何というか、僕の興味が乗らない。


 武田さんの中で、個人情報とかどうなっているんだろうか?

「でしょー?」

 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、生返事を返す僕に他の数枚の写真を見せてくれた。

 いや、僕の心情なんてものは分かる訳ないんだが。


「そうそう、山岡君は結構漫画とか読んでるんだよね?」

 武田さんはこうして勝手に話を先に進めている。マイペース

「まあ、それなりにだけど?」

「ブラフォーのジュンヤ知ってる?」

「知ってるけど」

 通称ブラフォ。ブランデッドフォース。一般受けしているタイプの漫画だ。王道冒険ものとでもいうのか、僕もそれなりに読んではいる。

あとで一気に読めば面白いが、正直週刊連載を追うのはつらい。話が進まない上に同じような展開に、見えてしまう。

 

「本当? あそこで死ぬの意外でー」

「いや、割とわかりやすかったと思うけど」

「どういうこと?」

 武田さんは本当にわかっていない、という風に首を傾げた。

「ジュンヤ・ランビリスはキレやすかったじゃん。身内を大事にするし。あそこで自分の恋人を罵倒されたらもう逃げるわけにはいかなくない?」

 後から読み返して分かったことだ。

「あー、そういえばそうだね? でも死んじゃったら意味なくない?」

「いや、ジュンヤにとっては恋人罵倒される方が命より大事なことだったって話なんだけど。……」

「そうなん? でも死んだらどうにもならないんじゃない?」

 本当に会話が通じているのか不安になってくる。

 いや、こっちが話題を選んだ方がいいのか?

「だから、作者の意図的にも主人公陣営がジュンヤと同じ感じになるのは良くないって……」

 話は無理やり続けてみたが、しっくりこない上に武田さんの「よくわからない」というような表情はより深くなっていく。

「……はあ」


 申し訳ないが、武田さんは浅い。

 確かにいつもの友人たちに語る語り口で語ったのは間違いだったと思う。とはいえ、もう少し乗ってくれてもいいんじゃないか? ……とつい思ってしまう。


「どしたん? ため息をつくと幸せ逃げるぞ」

 ため息ぐらい好きにつかせてほしい。

「すんませんね、それは」

 僕は武田さんにそんなことを言われる筋合いはない。

「……」

 そんな事を考えていたら会話が止まった。けど、僕は別にそれでもいいと思う、むしろ


「でさあ」

 武田さんは構わず会話を続けた。

 僕は自分のことを割と勝手な人間だと思っているが、この人も相当だ。


「友達がねえ、彼氏とラブいのを見せつけてくるんだけどさあ」

「友達って?」

 少し辟易した感情が入ってしまったかもしれないが、武田さんは構わず続ける。

「同じクラスの麻朝ちゃん」

「あの人彼氏いるんだ」

「いるよー。結構ラブくって。あつあつだよー」

 麻朝さんはおとなしく、クラスの中心からも少し離れているタイプだ。

彼氏がいるのは少し意外だった。……とはいえ割と妥当な気もする。「仲のいい異性」との関係性でそうなるのは妥当な気もする。

 まっとうなお付き合いしてそう、というやつだ。 実際は分からないけれど。幻想を抱きすぎか?

 だったらいいな。程度の感情しかない。

 まあ、わざわざ不幸になればいいと僕は思わないわけだし。

「それで、二人が遊園地に遊びに行ってきたときにのお土産がこれなんだよね」

「はあ」

「幸せのおすそ分けだってさ」

 近くの遊園地のキーホルダーだ。僕も小学生だったか幼稚園だったか。両親や友達と行った事がある。

「かわいいでしょ」

「まあ」

 だからどうした。と思わなくもない。


「武田さんは彼氏いんの?」

 我ながら安直な話運びだなあ、と思った。話の停滞は何となく避けたいなあ、と思う。

「いないよー」

 僕は納得した。武田さんに彼氏はいてもおかしくはないと思うが、いた方が時の方が驚きは大きかっただろう。

 多分、武田さんは陽キャというよりただのおしゃべりなんだと。

「ふーん」

「なにー? もうちょい興味を持ってよ。」

「いいだろ別に」

 僕は他人の色恋に興味はない。昼のワイドショーとか、週刊誌とか。よくもそこまで、大っぴらに追えるものだ。

好きにさせておけばいいんじゃないかと思う。


「よくないよー。もっと周りに興味持たないと」

「僕の勝手でしょ」


 気づけば僕はとても疲れていた。なんともまあ、話の合わない相手との会話というのはどうにも負担になるものらしい。

 相手に伝わるように頭をひねっているというのに、それがいまいち届いていないとなると何とも辛いものだ。


「はあ……」

「あ、またため息」


 そうこうしているうちに、別れの時は来た。

「あ、じゃあ僕こっちだから」

分かれ道。右に行けば僕の家。武田さんの行先は左らしい。

「じゃーね。また明日」

「また明日」

 なんとも後腐れなく、この日は別れた。

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