魔女学校の落ちこぼれマギーはダンスができない

竹神チエ

魔女にダンスは必須なのです!

 魔女学校に通う十三歳の女の子マギー。


 パサついたボブカットの赤毛に、そばかすたっぷりの青白い顔。目玉はぎょろっとしていて前歯はネズミみたいに目出す。ちっとも魅力的じゃない女の子だ。


 それでも未来の魔女王候補たちが集う学校。魔力がたっくさんあるならば、皆の人気者になれたはずだ。


 でもこのマギー。ちっとも魔力がない。


 だから箒に乗る浮遊術も、雪を降らせる天候術も、マギーひとりでは全然ダメ。

 そんなマギーなのに、魔女学校に通っている理由はただ一つ。


 校長をやっているマチルダおばさんが、「かわいい姪っ子には我が校の素晴らしい教育を受けて欲しい」なんて言い出し、マギーを特別入学させてしまったからだ。


 そのためマギーは学校では「ずるっ子マギー」と呼ばれ、皆の嫌われ者。友だちは一人もいない——そう人間の友だちは、ね。


「主君、何をやっとるんだ?」


 マギーが校庭でひとりダンスの練習をしていると、部屋で留守番していたはずの箒のボーボーが、ヒョコヒョコ柄で跳ねながら近づいてきた。


「あっ、勝手に出歩いちゃダメだって」


「でも主君。我は昼寝を終え魔力たっぷりなのだ。そうなると、ひとりぼっちはつまらんのだよぅ」


 心なしかボサボサの穂先をへにょりと曲げるボーボー。

 魔女学校の箒は持ち主を主君と呼び、よくしゃべる——わけではない。


 ボーボーは特別な箒だ。


 元々は校長のマチルダおばさんが、浮遊術がちっともできないマギーのためにプレゼントしてくれた箒なのだが、この声が聞こえるのはマギーだけ。だから箒のボーボーと会話していると、周囲からさらに変な子扱いされてしまう。


 それが嫌でいつも寮の部屋で留守番してもらっているのだが、最近ではこうして勝手に出歩くようになってしまった。


「主君、主君」


 すり寄る犬のように、ボーボーがマギーの周りをぴょんぴょん跳ねる。


「さっきから地面を踏んで何をしておるんだ?」


 くねんと器用に柄を曲げて、クエスチョン。マギーは「ハア」と大きなため息をつくと地面に座り込んでしまった。


 ◇


「はいっ。ワンツー、ワンツー。アン・ ドゥ・トロワ!」


 先生の手拍子に合わせてステップを踏み、華麗なターンを披露する生徒たち。気取り屋ダイアナは小さい頃からバレエをやっていたそうで、ひと際上手に「ふふんっ」と鼻高々に踊って見せる。


 一方、マギーは……。


「ほらほら、マギー。前にステップ、その次は左。ワンツー、ワンツー」


 あまりにひどいので先生が付きっきりで指導してくれているのだが、マギーのつま先は前に踏み出す時に左へ、左へ踏み出す時に前へといった具合でぐちゃぐちゃ。あげく、足が絡まってすてんっと尻餅をついてしまう。


 ぷっ、あはは。


 レッスン場に笑い声が響く。見れば先生も堪えようとはしているけれど、ほっぺがぴくぴく痙攣していた。


「マギー。魔女に優雅な踊りは必須項目なのよ。がんばって練習しなさい」


 先生の言葉に、マギーはうつむいたまま「はーい」と小声で返事する。


 魔女は踊りで人を魅了し惑わすテクを持つ。

 火を囲み魔女たちが踊り狂う魔女集会サバトに参加するためにも、簡単なステップひとつ踏めないようでは話にならない。


 だからマギーも放課後ひとり熱心にダンスの練習を続けていたのだが……。


 ◇


「わたしったら魔力だけじゃなくリズム感もないみたい」


 ボーボーに打ち明けると、ぐすんっと涙を浮かべるマギー。


 魔力がちっともないマギーだが、不思議な箒ボーボーと出会ったおかげで、箒に乗り空を飛べるようになった。


 さらにボーボーは杖にも変身できたから、マギーは杖で魔法を使えるようになった。ボーボーなくしてマギーの魔女学校生活は成り立たない。


 ボーボー様様の日々なのだが、今回ばかりは有能箒も出る幕がない。


 ——と思いきや。


「主君よっ」


 ボーボーは胸を張るように真っすぐに立つと、自信たっぷりに言った。


「我に任せろっ。ダンスのステップくらいお茶の子さいさいなのだ!」


 きょとんとするマギー。箒に何ができる……あららっ⁉


 ぼわんっと煙を吹き出したかと思ったら、箒のボーボーが大変身。

 なんと真っ赤なシューズになった。


「我を履いて踊るのだ、主君っ。ターンもステップもお手のもの。主君と我が組めば、プリマも真っ青になるぞ!」


 ◇


「ワンツー、ワンツー。アン・ ドゥ・トロワ!」


 真っ赤なシューズを履いたマギーは、前に後ろに、右に左に、優雅にステップを踏むと、ひらりとジャンプして着地。つま先立ちで華麗なターンを三回。最後は片足でバランスを取りポーズ、アラベスクッ。ズビシッ‼


 ダンスの先生は拍手喝采だ。


「マギー、素晴らしいわっ。まるで優雅な白鳥ね!」


 しかしそこで、こそっと気取り屋ダイアナが言う。


「わたしたちが目指してるのは魔女よね? あんなに踊れてどうするの」


 マギーはポッと頬を染める。

 今回ばかりはダイアナに同意してしまう。


 でもボーボーは意に介さない。マギーが望んでもいないのに再び前へ横へステップを踏むと強靭なつま先で吸い付くように床の上に立ち、くるくるくると目が回る速度で回転し始めた。先生は大興奮、生徒たちはドン引きだ。


「ボーボー、もういいって。目がぐるぐるする、気持ちわるーいっ!」


 叫ぶマギーなのだが。


「主君っ、我はダンスが大好きっ、もっと回る回る、回るんだああああ」


 ——後日。


 マギーのダンススキルを知ったバレエ団から勧誘が来たそうだが、「我が校の生徒は全員優秀な魔女になるためにいるんです」と言って校長のマチルダおばさんが断ってしまった。


 だからマギーは今日も魔女学校のおちこぼれを続けている。

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