今そこにあるタイムマシン

ながる

第1話 大人と子供

 ピー……ピー……ピー……

 継続して鳴る電子音に、私は段差に置いた足を引っ込める。

 キーボードで何か入力した佐伯さんは立ち上がって、小さな丸テーブルの上にあるを交換した。

 佐伯さんが席に戻るのを待ってから、また段差に足を乗せる。つま先から、そぉっと。

 今度は電子音は聞こえない。


「乗っちゃって」


 佐伯さんの声に頷いて、段差を上がる。


「一歩ずつ近づいて」


 言われた通りに一歩ずつ。丸テーブルの手前まで来たところで、機械は弱々しくピィと鳴いた。


「うーん。微妙。大丈夫そうだけど……これは保留にして、じゃあ次。着替えてみよう」


 セーラー服から学校ジャージへ。

 そして同じことを繰り返す。

 入口側のテーブルに座って、烏丸からすまも真剣な顔でメモを取ってる。

 風見さんはいなかった。たぶん、用務員の仕事が長引いてるのだろう。自分も立ち会うとずいぶん食い下がったらしいけど、佐伯さんは「誘導員ナビゲーターとして、これ以上偶発的な〝渡り〟はさせないよ」と自信たっぷりに告げた(って自分で言ってた)。


 お婆ちゃんが数回しか腕を通してないセーラー服。もったいないからって着てるけど、時々ガラクタに反応して過去に跳んじゃう。

 ガラクタは実はガラクタじゃなくて『TIM』と呼ばれてる過去の情報が詰まったアイテムらしいんだけど、私にはよくわからない。だってそれらはチョークやネジや雪の結晶だったりするんだもん。見分けなんかつかないよ。

 一応、廃墟みたいなところで管理されてるとはいえ。

 結局、ジャージと私服ではなんの反応もなかったから、やっぱりお婆ちゃんの制服が原因だと佐伯さんは結論付けた。ちなみにいつも光る校章は外してみたりもしたけど、そっちの結果はあまり変わらなかった。


「じゃあ、〝渡り〟のテストはいつもの制服とジャージとそれぞれでやろう。反応が弱いやつならこちら主導で出来るはずだから」

「烏丸君は……」


 ひょいと顔を上げて、烏丸はアイドルのように爽やかに笑う。


「俺もテストしてもらうけど、『誘導ナビゲート』の方も教えてもらおうと思ってるから、重点はそっちじゃないかな」


 前回のテスト勉強ですっかり佐伯さんに魅了されてしまったらしい烏丸は、弟子入りする勢いで佐伯さんに懐いている。二人の会話を聞いていても宇宙語で話されているような気分になるので、よかったね、としか。

 片付けが全部終わったタイミングで風見さんがやってきた。


「無事に終わってんだろうな!」


 走ってきたのか、風見さんは肩で息をしながら開口一番そんなことを言った。


「あたりまえでしょ。偶発的な渡りはさせないって言ったじゃない」


 すっかり帰り支度の私と烏丸を見て、風見さんは大きく息をついた。


「……そうか。……腹減ったな」

「走ってきたからじゃない? そうだな。あれこれしてもらったから、月果ちゃんも疲れたでしょ? ラーメンくらいなら奢るけど」

「やった!」

「少年には言ってねぇ気がするが」

「そんなことないですよねぇ!?」


 じゃれつく男性陣をよそに、私はちょっと考えてからスマホを取り出した。


「家に連絡してみます」


 連絡と言いつつ「バイト先の先輩とラーメン食べて帰ります」と決定事項として母に送信する。

 こうやって並んで立っていると、みんな私より背が高くて、同い年の烏丸さえも年上に感じてくる。佐伯さんと対等に話ができたり、晩御飯も自分の意思で決められるというところも、そう感じさせる要因なんだろうけど。

 ちょっと見栄を張ってつま先立ちしながら話に混じる。


「大丈夫そうです」

「よかった。じゃあ、車出そうか。来々軒でいい?」

「もっと若者向けのとこじゃないのかよ」

「得々チャーシューセットで!!」


 思わず手を上げて飛び跳ねた私を、風見さんはちょっと呆れたように見てからニッと笑った。ぽん、と頭に手を置いて、ぐぐっと押さえつける。

 背伸びをしていた足はかかとがついてしまった。


「食べ盛りのお子様は野菜も食えよ」

「じゃあ、来来サラダみんなで分けましょう」


 子供扱いして!って抗議する前に烏丸に割り込まれた。彼は得をするならなんでもいいようだ。

 まあね。そうだよね。奢りだもんね。


「……ゴマ団子と自家製アイスも美味しいよねー」


 くるりと踵を返す。

 うん。今夜は子供でいいことにしよう。



今そこにあるタイムマシン・終

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