孤独を浮かべた酒場

@saikederikkukaito

第1話

やっと金曜の夜だ。

と、思いながら仕事帰り街を歩いていた。

俺はひとり暮らしをしている。

家に帰っても、ただいまがない寂しい日々。

実家のただいまが、心に懐かしく響いていた。

そんな、どこか虚しく寂しく切ない気持ちを

抱き抱えながら、街を歩き続けていた。

先ほども言ったが、今日は金曜の夜である。

そしてお久しぶりにボーナスが出たのだ。

金曜の夜とボーナス。

その組み合わせは孤独な俺にとってとても好都合だ。

もちろん家に直行するはずがなかった。

確かに家でのんびりだらだらしながら

映画を見たりしながら晩酌もいいんだけれども。

孤独。

その2文字が俺の心を強く縛る。

それは学生時代からずっとだった。


実は毎週金曜の夜の仕事帰りは、よっぽどのことが

ない以上、俺は家に直行することはなかった。

仕事帰り、いつも通るお店が数多く立ち並んだ

飲食店や居酒屋の、なんというか商店街みたいな

ところがある。だがそこの店に入ったことは

まだ1度もなかった。にぎやかすぎるんだ。

確かに人がたくさんいる飲み屋なんかはにぎやかだし

孤独な気持ちもいくらかはまぎれるに違いない。

けれど、かえってにぎやかすぎると疲れちまうんだ。

ほどよく人が居て、飲みやすい居酒屋。

俺には行きつけの居酒屋が1軒だけあるんだけど

そこがまさに、ほどよく人が居て飲みやすいんだ。


そこの居酒屋商店街を抜けると路地がある。

そこに小さく構えてる居酒屋が俺の居場所だ。

居酒屋の名前は「単独酒」(たんどくしゅ)

今の俺にピッタリすぎる名前でいつもビビっている。

がらがらっ、と引き戸を開けると店主と目が合った。

店主と俺はもう、100回は顔を合わせている。

店主は入ってきた俺の顔を見るとすぐ笑顔を浮かべ

「よう!あんちゃん!お疲れ様ね!さあ座って!」

と、威勢よく陽気に迎え入れてくれる。

この店主は人柄が大変良くて、常連にはもちろん

初めて訪れてきた客にも、すぐ好かれるほどだ。

こんな人柄が良い店主に会いたいってだけで

常連になった人も数多くいるってくらいだからな。

俺は居酒屋の全体がほどよく見渡せる店の角の

席に腰をおろし、生ビールを注文した。

見渡した感じ、今日は俺を含めて客は6人であった。


このくらいの人数が出たり入ったりしているのが

この居酒屋のいいところの1つである。

あとは落ち着くし、店主の手料理のつまみも絶品だし

店主の世間話は必ず笑ってしまうほど面白いし。

なんというか、とにかく最高の居酒屋なんだ。

生ビールで乾いた喉を潤し、店主が2日前から

味付けなどを仕込んだ唐揚げをつまみにしながら

今週も、最高に幸せな晩酌を俺は始めた。

今日の居酒屋はどんな人がいるんだろうか。

なんてのを楽しむこともできるのがこれまた良い。

まずいちばん奥の席にはカップルが呑んでいる。

付き合って、半年くらいであろうか。

話し方、接し方をみてそんなような気がする。

生ビールの泡が口の周りについてしまった彼女を

彼氏が優しくおしぼりで拭き取ったり

残りの唐揚げを彼女に譲ったり

そしていい感じに酔いが回ってきた頃には

お互い照れながら「愛してる」を言い合っている。

それを見て、俺も店主も微笑んでいる。

こういうのが平和なんだなと思いながら

俺は生ビールを乾いた喉に流し込んだ。


カップルの隣の席に座っているのは

おそらく50代はいっているであろう会社員の男。

居酒屋だって言うのに、まるで大切な取り引きかよ

と思ってしまうほど、スーツにはシワひとつなく

ピシッとしていて、ネクタイも固く結んである。

眉間にシワを寄せ、厳しい顔をしながら生ビールと

枝豆を頬張っている。そしてその手には今朝の

新聞が握られていた。よく見てみるとその男は

経済や政治、選挙、税金などが書かれた面を

見ていた。こんな人数が少ない居酒屋なんだから

しかも1人で飲みにきたのだから、少しくらい

楽にしたらいいのに、なんて思いながら俺は

最後の唐揚げを思い切り頬張り、そこに残りの

生ビールを流し込み、幸せを味わっていた。


そして俺の斜め前に座っているのは

もうふたりとも70代であろう仲良し老夫婦だった。

聞こえてきた会話によると、旦那の方がつい最近

ようやく退職をしたらしいのだ。

22歳から70代までずっと勤めた会社を退職した。

という会話が聞こえてきた。

妻がたくさんの花束をいただいたものだから

置き場がなくて困っちゃうわね、みたいなことを

笑いながら言っていて、旦那も後から笑っていた。

その後その老夫婦の会話は老後や年金についての

話題で持ちきりになっていた。

ふたりで歩んできた人生にどう幕を閉じるか。

という話題になった途端、妻が泣いていた。

旦那は急いで妻を抱きしめて慰めていた。

最後の話をほんの少し口から出すだけで泣いてしまう

のは、よっぽど仲がいい夫婦なんだろう。

と思いながら店主とまた微笑んでいた。


俺は2時間居座り、ほどよいくらいにお酒を飲み

つまみを食べた。いい感じに酔いが回ってきた。

そのとき、少し孤独について考えてみた。

人間は確かにずっと孤独な生き物なんだろう。

頑張ればひとりで生きていけるのかもしれない。

けれども、人間関係はほんの少しでも

持っといた方が、心の救いとかになるかもしれない。

そもそも人間関係が孤独をほどよく調整してくれる

いわば、トロッコのようなものなのかもしれない。

大量に人間関係を持った路線を選べば

孤独にはならないかもしれないが、疲れ果てる。

逆に人間関係ゼロの路線を選べば

疲れないかもしれないが孤独になり余計に苦労する。

だから、いらない関係はすぐに切り捨ててしまって

自分に必要な最低限の人間関係を持つ路線を選べば

ものすごく疲れることもなく、孤独を過度に恐れる

心配もなくなるんじゃないのかなと俺は思う。


ってことを思いながら会計を済ませ

店主と会釈し、居酒屋を出た。

だけど俺はまだどこか孤独な人間だった。

そんな虚しい気持ちを少し抱えたまま家路をたどり

孤独がさまよう、夜の街中へ溶けていった。

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