激突💥従軍本土たぬきさんvsサバゲーオタハーフ銀髪美少女さん〜二人に迫られて俺が困る😅〜

アガタ

第1話 邂逅、従軍本土たぬきさんvsサバゲーオタハーフ銀髪美少女



 俺がそのたぬきを見つけたのは、小学三年生の夏休みの終わり頃だった。


 夏休みのその日、俺は幼馴染のアリョーシャをつれて田舎のおばあちゃんの家に遊びに行った。

 アリョーシャは、ロシア人の母親譲りの青い瞳が印象的な女の子だ。俺たちは小さい頃から一緒に遊んでいて、家族ぐるみの付き合いがある。今日は俺のおばちゃんが住む山間の村に、二人で泊まりに行くことになった。


「ほら、あの山が見えるでしょ? あそこが俺のおばあちゃんの家だよ」


 電車を降りて田舎道を歩きながら、俺は遠くに見える山を指差した。アリョーシャは麦わら帽子を押さえながら、眩しそうに目を細めた。


「すごくのどかだねー!」


 アリョーシャが嬉しそうに笑うのを見て、俺もなんだか誇らしい気持ちになった。

 おばあちゃんの家に着くと、庭先で畑仕事をしていたおばあちゃんが、俺たちに気づいて手を振った。


「まあまあ、よく来たねえ! アリョーシャちゃんも元気そうだね」

「こんにちは、おばあちゃん!」


 アリョーシャが元気よく挨拶すると、おばあちゃんは感心したように頷いた。


「さあ、荷物を置いて遊んでおいで」


 俺たちは川へ遊びに行ったり、山で秘密基地を作ったりして目一杯遊んだ。


 アリョーシャと俺は縁側でスイカを食べながら、庭の景色を眺めていた。庭には大きな柿の木があり、その下ではおばあちゃんの飼っている黒い犬が昼寝をしている。


「スイカって、こんなに甘いんだ……!」


 アリョーシャが目を輝かせて言う。


「そりゃあ、おばあちゃんが育てたスイカだからな。スーパーで買うのとは違うんだよ」

「すごいわね。おばあちゃん、農業もできるなんて尊敬する」


 アリョーシャは真剣な顔でスイカの種を一粒ずつ取りながら言った。その仕草がなんだか面白くて、俺は笑ってしまった。


「何よ、笑わないでよ!」

「なんか真剣すぎて面白いんだよ」

「スイカを食べるのは真剣勝負なの!」


 そう言ってアリョーシャが怒ったふりをするので、俺は慌てて謝った。


 俺たちはお腹いっぱい食べて、夜には縁側で星を眺めた。


「こんなに星、たくさん見えるなんて……都会じゃ絶対無理」


 アリョーシャが夜空を見上げて呟く。その横顔がなんだか大人びて見えた。


「また来たい?」

「もちろん!」


 次の日の午後、アリョーシャはおばあちゃんとスーパーへ出かけ、俺は近所の裏山へ昆虫採集に出かけた。


(すっかり遅くなっちゃったな……)


 夕方の山道は茜色に染まり、木々の影が長く伸びていた。そんな中、草むらの奥から微かに聞こえたか細い鳴き声に、俺は足を止めた。


「……?」


 耳を澄ますと、何かが小さくうめいている。動物だろうか?好奇心に駆られた俺は、草をかき分けて声のする方へ向かった。

 そこには、罠にかかった小さなたぬきがいた。


 黒い足は泥まみれで、痩せ細った体は毛並みが悪い。たぬきは俺に気づくと、怯えた目でこちらを見上げた。


「大丈夫か……?」


 俺がしゃがみ込むと、たぬきは身を縮めて低く唸った。近づくな、と言わんばかりの態度だったが、その声は弱々しく、威嚇というよりも助けを求めているように聞こえた。


「怖くないよ……俺、悪いことしないから」


 そう言いながら、そっと手を伸ばす。たぬきは最初、びくっと震えたが、俺の手が触れると力なく目を閉じた。


「……よし、ちょっと待ってて」


 俺は罠を開ける。でもたぬきは動かない。持っていた昆虫採集用のネットを広げ、たぬきを包み込むようにして抱き上げた。軽い。罠の中にいたせいでろくに食べられていないのかもしれない。


「よし、家に連れて帰るからな」


 俺はたぬきを抱えたまま家に向かって走り出した。途中で何度かたぬきが小さく唸るたびに、「もう少しだから」と声をかけた。

 家に着くと、おばあちゃんとアリョーシャはまだ帰っていないようだった。俺は台所でこっそり水とパンを持ち出し、たぬきに与えた。最初は警戒していたが、空腹には勝てなかったのか、たぬきは少しずつパンをかじり始めた。その姿を見て、俺はほっと胸を撫で下ろした。


「よかった……とりあえずお腹は満たせたな」


 たぬきは、草むらに隠れていたせいで、体中が泥まみれだ。怪我があるか心配だけど、このままじゃ汚れがひどすぎて、確認もできない。


「ちょっと洗うぞ。痛かったらごめんな」


 そう言いながら、俺は風呂に向かった。たぬきは弱々しく唸りながら、俺の腕の中でじっとしている。きっと疲れて抵抗する気力も残っていないんだろう。


 蛇口をひねると、温かい水が勢いよく流れ出た。俺は手で水を受けて温度を確かめながら、慎重にたぬきの背中にかけた。


「ほら、大丈夫だろ? 」


 たぬきの茶色い毛から泥が流れ落ちていく。俺は片手で水をかけながら、もう片方の手で優しく毛を撫でて汚れを落とした。


「すごいな、お前。こんなに泥まみれなのに、ちゃんと毛の下はふわふわだ」


 そう言いながら、俺はたぬきの耳や尻尾の泥を丁寧に洗い流していく。耳の先に触れると、たぬきがびくっと体を震わせた。


「ごめんごめん、痛かったか? でも、耳もきれいにしないとな」


 俺は慎重に手を動かし、耳の泥を落とす。たぬきは最初こわばっていたけど、やがて力を抜き、目を閉じた。


「よし、次は尻尾だな。……お前、尻尾でかいな!」


 たぬきのふさふさの尻尾を持ち上げると、予想以上に大きくて重い。俺は笑いながら、水をかけて泥を流した。


「こんな立派な尻尾、きれいにしてあげないともったいないだろ?」


 尻尾を洗い終えると、たぬきの毛は少しずつ元の茶色い艶を取り戻してきた。

 最後に、怪我を確認するため、俺はそっとたぬきの体に触れた。たぬきは小さく鳴いて、俺の顔をじっと見上げた。


「大丈夫だよ。怖くないからな」


 俺はそう言って優しくたぬきの体を揉み洗いした。

 やがて、全身をくまなく触り終えて、怪我がないことがわかる。俺は、ホッとして手を離した。


「よし、これで終わり。きれいになったな」


 たぬきは濡れた体を震わせて水を飛ばし、少しだけ元気を取り戻したように見えた。その姿を見て、俺は満足げに頷いた。


「じゃあ、次はタオルで拭いてやるからな。待ってろよ」


 俺は脱衣所からタオルを持って戻ってきた。そして、たぬきの体を丁寧に拭きながら言った。


「これで本当にきれいになった。怪我もなくて良かった。なんかもっと食わしてやるから安心しろ」


 たぬきはじっと俺の手の動きを見つめていた。まるで「ありがとう」と言いたげな瞳に、俺は不思議な気持ちになった。



 その夜、俺はたぬきを父親からおさがりにもらった部屋に隠して、おばあちゃんの作った握り飯をあたえた。

 アリョーシャは、俺のことをいぶかしんでいる風だったが、俺は気にせずたぬきを隠し通した。

 翌朝、目を覚ますと、たぬきは丸くなって俺の足元で眠っていた。


「お前、もうちょっと元気になったら山に帰らないとな」


 そう呟く俺を、たぬきがじっと見つめている。


「ありがとう……助けてくれて」


 幼い女の子の声が部屋に響く。


「え……?」


 見る間に、たぬきの姿が変わり始める。あっと言う間に今までたぬきがいた所には、茶色い髪をした小さな少女が座っていた。その髪の中には、まだ小さなたぬきの耳がぴょこんと覗いている。

 俺は目を丸くして、唖然とした。


「き、君……誰……?」

「私は喜愛……」

 

 喜愛と名乗ったたぬき少女は、微笑んで言った。


「優しいね」


 何故か心がキュンと痛んで、俺は胸をおさえた。

 それ以来、喜愛は俺のそばにいる。


 ◯


 放課後の教室は、授業が終わった解放感で少しざわついている。小山清海こやまはるみは、窓際の席で、隣に座る大気味喜愛おおけみきあに話しかけた。


「なあ、喜愛。この問題、わからないんだけど……」


 数学の教科書を広げて指を差すと、喜愛は微笑みながら俺のノートに手を伸ばした。


「ここはこうやって……ほら、式を展開すればいいのよ」


 さらさらとペンを走らせる喜愛の手元を見ながら、俺は思った。人間の姿をしているけど、彼女の正体は普通の女子高生じゃない。


 喜愛は変化の術を使えるたぬきだ。


 幼い頃、清海が山で怪我をしていた狸を助けた。それが喜愛だ。喜愛は清海に懐いてくれた。それ以来、喜愛はずっと人間の姿で俺のそばにいる。普通にしていれば完全に人間と見分けがつかない。


「はい、これで解けるでしょ?」

「なるほど! さすが喜愛、わかりやすいな」

「ね、わかったでしょ?じゃ、帰ろ」


 喜愛がカバンを持って立ち上がる。

 清海もノートをカバンにしまって立ち上がった。

 学校から出て、清海と喜愛は、近所の公園に寄り道していた。セミの鳴き声が響く中、清海と喜愛は、ブランコに座って、ぼんやりと空を見上げていた。


「清海、覚えてる? 私たちが初めて会った日のこと」


 突然、隣で揺れるブランコから喜愛が話しかけてきた。その声はどこか慎重で、普段の明るさとは少し違う様相を呈していた。


「ああ、もちろん覚えてる。山で怪我してたお前を見つけて助けたんだろ?」


 俺が答えると、喜愛はふっと笑った。


「そうだね。でも……あたしね、本当は普通の狸じゃなかったんだ」

「え?」


 俺は思わず顔を上げた。喜愛は遠くを見つめながら、言葉を続けた。


「清海、私……実は、軍隊狸の子孫なの」

「ぐ、軍隊狸?」


 あまりにも突飛な言葉に、俺は思わず聞き返した。


「うん。昔、日本が戦争をしていた頃、私たちのご先祖様は、人間の軍隊と一緒に戦ってたの。変化の術や幻術を使って、敵を惑わせたり、仲間を守ったりしてね」


 喜愛はそう言いながら、地面を見つめていた。その表情には、どこか誇りと哀しみが混じっているように見えた。

 喜愛は、顔をあげると、ゆっくりと語り出した。


「伊予の大気味神社の境内にある大樹に住んでいた、喜左衛門狸は日露戦争に出かけた。小豆に化けて大陸へ渡り、上陸するとすぐ豆をまくようにパラパラと全軍に散り、赤い服を着て戦った。ロシア軍の将軍クロパトキンの手記には、日本軍の中にはときどき赤い服を着た兵隊が現れて、この兵隊はいくら射撃してもいっこう平気で進んでくる。この兵隊を撃つと目がくらむという。赤い服には、○に喜の字のしるしがついていた。と記されていたと言う」


 俺は言葉を失った。戦争に狸が関わっていたなんて、そんな話は聞いたことがない。

 喜愛は少し照れくさそうに耳を触りながら微笑んだ。その笑顔は、どこか誇らしげだった。

 その日、夕焼けの中で聞いた喜愛の秘密は、清海と喜愛の関係を少しだけ変えた気がした。でも、それが悪い変化ではないことを、清海は信じていた。


 その時、清海たちは気づかなかった。

 近くの草むらに、サバイバルゲームの装備をつけたアリョーシャが隠れていたことに――



 放課後の静かな屋上に夕陽が差し込む中、喜愛と清海は二人で風に吹かれていた。二人は、屋上でまったりとくつろぎながら、ぼんやりと遠くを見つめていた。


 そのとき、屋上の扉がバタンと音を立てて開いた。


「……やっぱりここにいたのね」


 鋭い声が響く。振り返ると、そこにはアリョーシャが立っていた。


「アリョーシャさん……?」


 喜愛が驚いてアリョーシャの名を呼ぶ。アリョーシャは二人にゆっくりと歩み寄った。その瞳は冷たく光り、まるで獲物を狙う鷹のようだった。


「昨日の話、全部聞いたわよ」

「えっ……!」


 清海と喜愛の顔が一瞬、青ざめる。


「軍隊狸……日露戦争……あなたが……」


 アリョーシャは喜愛に向かってびしりと指をさした。


「その子孫だってことも、清海にそれを明かしたことも」

「なんで、そんなこと……!」


「私がサバゲー好きだって知ってるでしょ。公園の茂みでブッシュサバゲーの気分を味わってた時、たまたま聞いちゃったの」


 喜愛と清海が顔を見合わせる。


「でも、驚いたわ。狸が変化して人間の姿になってるなんて、本当に信じられない話ね」


 喜愛は何も言えず、ただアリョーシャを見つめた。その沈黙を、アリョーシャが容赦なく破る。


「私の家系が誰の子孫か、教えてあげましょう」


 アリョーシャが高らかに宣言する。


「私、三上・黒鳩・アリョーシャの先祖は、露帝国陸軍総司令官アレクセイ・ニコラエヴィッチ・クロパトキン!」

「クロパトキン将軍……!」

「そう。日露戦争で日本軍と戦ったロシア軍の指揮官。そして、あなたたち軍隊狸の“敵”だった人よ」


 アリョーシャの声には冷たい。

 喜愛は一歩前へ出て言った。


「つまり、私の家系とあなたの家系は“因縁の相手”ってわけね」

「そう。それで、昨日調べたのよ。貴女の言ってた軍隊狸っていう伝説の存在。日露戦争で日本軍を助けたって。あなた、その末裔なんでしょ?」


 その言葉に、喜愛の目が鋭く光る。


「そうよ。私のご先祖様は、戦場で誇りを持って戦った軍隊狸の一員だったわ」

「でも、クロパトキン将軍の手記にはそんな記述は一切ないわよ」


 アリョーシャが冷静に言い放つと、喜愛は拳を握りしめた。


「それは、クロパトキンが認めたくなかっただけよ。狸に負けたなんて恥ずかしくて記録に残せなかったんじゃない?」

「逆よ。軍隊狸なんて存在しなかったから記録に残らなかったのよ。ただの作り話か、狸たちのプロパガンダでしょ?」


 二人の間で火花が散る。清海は慌てて間に割って入った。


「おいおい、二人とも落ち着けよ! こんなことで喧嘩するなんて……」

「こんなことって何よー!」

「重要なことでしょー!」

 晴天に、喜愛とアリョーシャの叫び声が木霊した。

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